円卓の七人 その2
一堂の視線を集め、面倒臭そうに立ち上がるキルトランス。
どうしたものかと考えたが、ゆっくりと口を開いた。イルシュの表情が真剣になる。
「ふむ…。ドラゴンニュート族のキルトランスだ。…エアリアーナの家で世話になっている。」
そう言うと、イルシュの視線がものすごい勢いでアリアの方に向けられた。
「は?!あんた、こいつと一緒に住んでんの?!」
突然の剣幕に驚きつつも、首を縦に振るアリア。
予想外の事実に混乱するイルシュにジャルバ団長が追い打ちをかける。
「で、あと自警団の仮団員でオレ達の手伝いをしてくれてるぜ。」
イルシュの目が点になる。そしてゆっくりと男たちの方を向くと、全員が首を縦に振った。
「ああ。とても心強い味方ですよ。」
「そうですね…。正直、助かっていると言わざるをえないでしょう。」
「はっきり言って、強すぎる。」
三者三様の賞賛を聞いて、イルシュは頭を抱えた。
「魔物が女の子と住んで、村の平和を守ってるとか…意味分かんないんだけど…。」
それを聞いて全員が笑った。だがその笑いの中で漏れる言葉はどれも肯定的であった。
「ま、そうだろうなぁ。オレ達だって、こんな事になるなんて思ってもいなかったからよ。」
「私も同感です。もっとも敵に回すには強すぎるから、個人的には致し方なしと言ったところですが。」
「初めて来たときは、村人全員ビビってましたけど、今ではみんな慣れました。」
「はー…。アリアの家にさえ住んでなければいい奴なのにね…。」
「キルトランス様は優しい人ですから、イルシュさんもすぐに仲良くなれますよ…。」
そのあまりの全幅の信頼に頭の整理が追いつかず、イルシュは机に突っ伏した。
そしてゆっくりと首を曲げてアリアの方を見ると、ふと頭に浮かんだ素朴な疑問を尋ねた。
「あんた…えーっと、エアリアーナだっけ?ドラゴンと一緒に住んでて怖くないの?」
その問いにアリアの顔が心の底から不思議そうな表情になる。
「はい。まったく怖くありませんけど?…むしろキルトランス様がいる方が安心できます。」
イルシュは彼女の表情を見て、その言葉に偽りはないと確信した。どうやらこの魔物は本気で村に馴染んでいるようだ。
そして気の抜けた頭に思い浮かんだ質問が漏れる。
「…もしかして一緒に寝て「それはない。」
言い終わる前にレッタがなぜか即答した。驚いて首をもたげるイルシュ。
「なんでアンタが「アリアはアタシと一緒に寝てるから大丈夫。」
レッタは真顔であった。
だがイルシュの頭の中には(いや、年頃の女子が一緒に寝てるってのもどうなのさ)と、そっちの方が気にはなった。
だがエアリアーナが盲目なのを考えれば、風呂屋から気にはなっていた二人の距離感も、過剰なスキンシップも納得はいく。要はレッタはエアリアーナの介護をしているのだ。
少なくともイルシュはそう納得した。そして次の疑問が彼女の脳に浮かんだ。
「そういやアンタ、さっき『キルトランス様』って言ってたけどさ、そのメイド服、もしかしてそのドラゴンに仕えてる…?」
その言葉を聞いて少し照れた表情をしたアリアであったが、答えは隣のレッタから返ってきた。
「あー違う違う。これはアリアが自分の家事は自分で少しやりたいって言ってるから、汚れてもいいようにアタシが着せてるだけ。」
そう言って半笑で手をひらひらと振るレッタ。
「…いや、別にアンタに聞いてるんじゃないんだけど…。」
ジト目でレッタを見るイルシュ。
だが次の瞬間、レッタの目が暗器の切先のように鋭くなってイルシュを貫く。
「…イルシュ・バラージだっけ?軍曹だか何だか知らないけど、次にアリアの事を『アンタ』って気安く呼び捨てたら…許さないからね。」
その凄みに男たちすらも凍り付いた。
そして射抜かれた当のイルシュは小刻みに震え、涙目になりながら黙って首を縦に振り続けた。
「は、はい…ホントすんませんでした…。私が調子こいてました。お姉さまの仰せのままに…。」
その萎縮たるや、風呂屋の時に勝るとも劣らない。
凍り付いた場の空気を和ませようと、アリアは慌てて取り繕う。
「あ、いえ、いいんですよ?私は全然気にしてませんから…。アンタでもアリアでもお好きなようにお呼びください。」
だがイルシュは心の底からレッタに畏怖をして、それ以降、レッタに対しては頭が上がらなくなってしまったのだ。
「それはともかく…」
場を仕切り直すように冷静にモルティ副団長が姿勢を正す。
その時、給仕の女性たちが大量の料理を次々と運び始めた。
その結果、モルティ副団長に集まり始めた全員の視線は、一気に料理へと向かってしまった。
テーブルの上は一瞬にして豪華絢爛に早変わりし、外からの訪問者を饗応するにふさわしい食卓となった。
「いや、団長。これはさすがに多すぎないですか?」
所狭しと並ぶ皿を目の前にホートライドが呆れながら言う。
「せっかくの帝国軍曹様のご来訪なんだから、ケチケチしたら申し訳ないだろ。タタカナルの底力を見せつけてやんねえとな!」
ジャルバ団長は相変わらずの豪快な笑いである。
そして今月の残予算を脳内で計算しながら、無言でこめかみを抑えるモルティ副団長。
「い、田舎の酒場と侮っていたが、なかなかどうして…や、やるではないか…。」
抑えられない食欲と、未知の料理に対する興味と、帝国軍人としての体面の激しいせめぎ合いが、表情から手に取るように分かるイルシュ。
キルトランスは黙っているが、食事を楽しみにしているのはイルシュと変わりない。
今ではすっかりアルビの食文化に魅せられ、新しい料理を食べることが楽しみとなっていた。
隣に座るアリアも、今まで嗅いだことのないような大量の種類の料理を前に、控えめな笑顔である。
そしてその笑顔を見てご満悦のレッタ。別に彼女が払う料理でもないのだが。
「それはともかく…」
ようやく給仕の配膳が落ち着いた頃にモルティ副団長が咳ばらいをした。
「は?」
もはや手元が落ち着かないイルシュが、真剣に「コイツ何言ってんの?」といった表情でモルティを見下す。
そしてなぜかイルシュは首をゆっくりとまわしてレッタの様子を見る。その表情はお預けをくらっている犬の様でもあった。
どうやら予想以上にレッタとイルシュの上下関係ははっきりとしたようだ。
レッタも(なんでアタシを見る…)とは思ったが、そこは場の空気を読んで和やかに。
「まあ、さ。せっかくの豪華な料理が冷めちゃうのも店主に申し訳ないから、ここはひとまず食べちゃおうよ。」
そう言って、ごめん、といった感じでモルティに目くばせするレッタ。
その少しだけ色っぽい仕草に見惚れるホートライド。惜しむらくは、その目線が自分の方を向いていない事だろう。
「さすがお姉さま!!話が分かる!」
イルシュが全力でレッタの肩を持つ。いつの間にやら「お姉さま」になっている。
「ま、話なんて食べながらでも出来るからよ!」
そう言ってモルティ副団長の肩を叩くジャルバの手にはすでに大きな肉が。
「タタカナルの幸に乾杯!!」
ジャルバ団長の言葉で豪華な宴会が始まった。酒場が一気に活気づいて華やぐ。
やはり自警団本部とは言えどもここは酒場、北の山の果実園亭なのだ。
至福の歓声と食べる音、皿の音色に舌鼓。
この喧騒こそが最も似合う場所なのだ。
そんな中、モルティが一人、肩を落としていた。




