円卓の七人 その1
一行が「北の山の果実園亭」に着くと、イルシュは黙って馬から飛び降りた。
「もう治ったのかい?」
ホートライドが心配そうに尋ねると、少し拗ねた顔で「当たり前じゃん…バカにすんな…。」と答えた。
馬を連れてきてくれたジャルバの所に行くと、黙って手綱を受け取った。
三人は本部の裏に馬を繋ぎに行った。
少し遅れて到着したアリアとレッタ、そしてキルトランスは番兵に挨拶しながら本部内へ入った。
奥ではモルティが書類整理の仕事をしていた。
「おや、みなさん。ホートライド君とは会いませんでしたか?」
キルトランス達を見つけると目をこすりながら話しかけるモルティ副団長。
「ああ、さっき会って一緒に戻ってきたところ。今、裏にいるよ。あと、なんか変な軍人の子も一緒に来てる。」
入口の方を指さしながら答えるレッタ。
「?…そうですか、もうお会いしたんですね。」
どうやらイルシュの話はモルティにも伝わっていたらしい。
モルティ副団長は入口の方を見ながら早口でキルトランスに伝えた。
「どうやら面倒な事になりそうです。今からここで会議をすると思いますが、はっきり言って話の流れは私でも読めません。あなたの事を庇いきれる自信はありません。その時は覚悟をしておいてください。」
その言葉に少し眉をひそめたメイド服のアリア。
せっかく村人と仲良くなり始めた矢先に、また揉め事が起こるのが嫌だったのだ。
「…よく分からぬが、降りかかる火の粉は自分で振り払う。」
そうキルトランスが答えた時に、ジャルバとホートライドに連れられてイルシュが店に入ってきた。
モルティは何もなかったように書類をしまい始めた。
「ねえ、アタシたちも居た方がいい?」
レッタがそう尋ねると、モルティは小さく『最大の当事者』の二人がいた方が良いでしょう、と口添えした。
ジャルバはイルシュに席を勧めると、自分はいつもの場所に座った。
一番奥のジャルバから右回りに、モルティ・ホートライド・イルシュ・レッタ・アリア・キルトランスの順である。
七人も座ると少し狭い円卓であったが、それはキルトランスがいるからであろう。
そういえば最近、自警団本部にキルトランス専用の椅子が用意された。
背もたれがある椅子では尻尾と翼が邪魔になり座りにくい。そんな彼のためにスツールをモルティが用意してくれたのだ。
モルティ副団長は決してキルトランスを嫌いなわけではない。ただ村の防衛上、好ましくないと思っていただけであり、それ以上でも以下でもない。
スツールにしても好意で用意したものではなく、効率と用途を考えた上で、彼の合理性にあったものを選んだだけなのだ。
全員が椅子に座ると、イルシュが口を開きかけたのをジャルバが制止する。
「まあ、まずは一杯頼んでからだ。お嬢さん、なんか食べるかね?」
それを聞いたイルシュの眼鏡が輝く。
風呂からの騒動ですっかりお腹が空いていた事を忘れていたからだ。
「い、いいだろう。こんな田舎の料理なぞ口に合うかどうか分からないが、食べてやらんこともない。」
湧き上がる喜びを必死に抑えつつ、偉そうに腕組みをするイルシュ。
彼女の胸がより強調される格好に、男たち(キルトランスを除く)の目がチラチラと注がれる。それを見たレッタが鼻で笑った。
「言ってくれるねえ。まあ、楽しみに待ってなって。」
ジャルバはニヤリと笑うと、カウンターの店主に矢継ぎ早に注文をまくし立てる。
その数と種類にアリアとレッタは呆れ、黙って嬉しそうなキルトランス。
ホートライドはジャルバの注文の合間に追加を入れていく。なぜなら彼に任せておくと出てくるのが全て酒の肴になっていまうからだ。
イルシュはどんな料理が来るのかとそわそわしている様子であった。
そして無言で注文を聞いていたモルティは、手を組んだまま最後にボソリと言った。
「これ、経費ですよね?」
「おうよ。お客様の接待費だぜ。」
豪快な笑顔で肯くジャルバに、こめかみを抑えるモルティ。
「だったら自分で計算と申請書やってくださいよ…。」
ほどなくして全員の前にグラスが用意された。料理は追って出てくるので、とりあえずの乾杯の準備は出来たのだ。
「それでは、珍しいお客さんに乾杯!」
そう言ってジャルバがグラスを高々と掲げると、全員がそれに倣う。キルトランスも慣れてきたようで、さまになってきた。
乾杯と同時にグラスの中身を一気に飲み干した。そう、なにせ七人の内の五人は風呂上りなのだから喉が渇いているのだ。
だがキルトランスだけは飲み物に口をつけなかった。魔術を使うのを控えたからだ。
「では、改めて自己紹介をしよう。」
そう言うとジャルバは立ち上がった。
「オレはジャルバ・ミランドール。このタタカナルの村の自警団団長だ。」
それを聞いてイルシュは眼鏡を直した。
「やっぱそうなんだ。ただのおっさんではないと思ってたけどね…。」
そう言ってイルティも立ち上がって握手をする。
先ほどまで横柄な態度をしていたイルシュが、少しだけ殊勝な態度になった。
正式に帝国軍を派遣していない村では、自警団が帝国軍代理として動くことが決められている。
つまりは正式ではないが、自警団は帝国軍にとっての提携先でもあり、有事の際には連携が求められる関係なのだ。
正式に名乗った以上、帝国軍から派遣されたイルティとタタカナル自警団は友好関係でなければならない。
自警団団長の挨拶を受けて、イルティが返礼をする。
「私は帝国陸戦部・第三方面部隊・第二諜報課のイルシュ・バラージ軍曹だ。」
ちなみに第三方面部隊とはラクメヴィア帝国南部を管轄する部隊である。
その後、モルティ副団長とホートライドが挨拶を交わす。
そして全員の視線がレッタに注がれる。順番的には次だからだ。
レッタは一瞬きょとんとすると、全員を見渡した。
「え、アタシも挨拶すんの?自警団関係ないのに?」
それに対してイルシュが驚く。
「は?あんた関係無いの?!ずっと一緒に来てたから、てっきり関係者だと思ってたんだけど!」
「ないね。あえて言うならお風呂仲間?」
そう言ってグイッとグラスを傾けた。イルシュはそれを聞いて少し恥ずかしそうにした。風呂屋での醜態を思い出したのか、それとも風呂場でのレッタを思い出したからか。
それに対してモルティ副団長は静かに促した。
「いえ、完全に無関係ではありません。一応、自己紹介をしてください。」
「…?まあいいけど。」
レッタは面倒くさそうな顔をしたが、考えながらなんとか自己紹介らしきものをした。
「アタシはレッタ・コルキア。う~んと…アリアの友達です。あとは…ホートライドの幼馴染?そのくらいかな。」
その言葉を聞いて、イルシュはチラリとホートライドを見た。
(そっか。ホートライドとレッタは幼馴染なんだ。ふむふむ。)
そう一人で納得して腕組みをする。どうやらこれは彼女の癖のようだ。
そしてレッタが座るとアリアの手をそっと握った。
彼女の手を支えに、アリアもゆっくりと立ち上がった。
「えっと…エアリアーナ・オレガノです。他は…特にありません。」
そう言って椅子に手を添えてゆっくりと座った。
それを見てイルシュがずけずけと言い放つ。
「アンタさ。もしかして目が見えない?」
しかし、それに対してアリアも当然のようにはにかみながら答える。
「はい。そうですよ。」
村の人たちには言われる事もなかったが、旅人や行商などの初対面の人にはさんざん言われ慣れているからだ。
それに対してイルシュは「ふ~ん」と軽く流した。
軍隊にいれば、戦争などで身体障害を持った軍人や、退役軍人など珍しくもないからだ。だが、それ以上に興味のあるものがあった。
「でも、どこかで働いてるんでしょ?メイド服着てるんだから。」
風呂屋からずっと気にはなっていたのだ。この面子の中になんでメイド服がいるんだろうと。そしてメイドであるのならば、当然どこかで働いているのだろうと思っていた。
「え…あの…。」
彼女は言葉に詰まる。
アリアは自分がどんな服を着ているのかを、正しい意味で把握できていない。
言葉としてメイド服を着ている事は理解している。そしてメイドの意味も理解はしている。だがレッタに着せられているだけであり、現実的にどう見られているかを自覚していなかったからだ。
そしてレッタがさらりと言ってのける。
「いや、働いてないよ。てか意味なんかない。かわいいから私が着せてるだけ。」
その唐突な言葉にイルシュが「なんだよそれ。アンタの趣味かよ。」とうなだれた。
「ま、でも確かにかわいいから許すわ。」
よく分からないが、イルシュからお墨付きをいただいたアリア。
かわいいと言われて照れながらも「は、はい。ありがとうございます。」と答えた。
アリアからすれば、そもそも自分の顔も見た事がないのだから、美醜など判断のしようがないからだ。
それでも小さい時からレッタや一部の人たちにかわいいとは言われていたために、かわいいと言われたらとりあえずはお礼を言っておけばいい、という対処法は学んでいた。
それよりも、自分が言われた訳でもないのに隣で鼻高々なレッタの方が気にはなる。
そしてイルシュ・バラージの視線はアリアの隣に平然と座っているドラゴンに向けられた。
こちらが本命だ。




