イルシュの湯さがし一人旅
イルシュは馬に歩みを任せながら村の大通りを東に進む。
大通りとは言っても、馬車が二台すれ違うのが難しいほどの狭さであり、彼女からすれば大通りという名前すらおこがましい。
ミナレバの中央通りならば馬車四台でも余裕の広さがあり、彼女の生地である帝都イルラティオならば通りを横切るのも一苦労な広さの通りがある。
「ま、田舎だからこんなもんか。」
普通ならば口に出さない悪態を平然と口にするイルシュ。
しかし先達てからの彼女の行動を鑑みるに、もしかしたら単に無自覚に口から出てしまっているだけなのかもしれない。
彼女の進む道の右手には食糧関係の店が並び、左手には道具関係の店が並んでいる。
とは言っても、家々の間隔が空いている上に四十軒程度の小さな規模であり、全部見て回っても一時間はかからないであろう。
見る者が見れば、小規模ながらも商品のバランスの良さに気付き、タタカナルの地が比較的恵まれた土地だと言うことに気が付くかもしれないが、金持ち軍人家系の彼女がそんな事に気が付くはずがない。
まばらにいる村人たちは彼女を見ると頭を下げたり、そそくさと隠れたりした。
それは彼女自身も、軍服も見慣れていない様子であり、彼女は少しだけ優越感を感じながら馬を進めた。
ほどなくして通りの向こうに広場が見えてくるが、どうやらそこが村の中心部のようだ。
広場に入ると彼女は馬を止めた。
ここまで来ると家の密度はそれなりになり、そこそこの街っぽさは出てくる。
見渡せば四方に彼女が通ってきたような大通りがあるのが分かる。つまりは井戸を中心に放射線状に広がっていくという、よくある地方都市の構造だ。
「食べる店は…そこそこあるっぽい。」
広場を見ながら店の値踏みをしているイルシュはハッと気づいて首を振った。
「店に入る前にお風呂を探して体を綺麗にしないと!汗まみれで食事してるところなんて田舎者に見られるわけにはいかないし!」
そもそもここに来るまでに散々見られている上に、彼女なりの嗜みは十分口から漏れて、近くの村人に聞かれていた。
もっとも、村人たちもタタカナルが田舎だと言う自覚はあるし、恐らく帝国軍人と思われる服装をしている人が偉そうに見下しても、はいそうですね、位にしか思わないが。
イルシュは近くの店先に腰を下ろして、ボケーっと彼女の方を見ている中年のおじさんを見つけると近寄り、馬上から彼女なりの高圧的な態度で質問をした。
「そこの者。この村に風呂はあるか?」
彼女が自分の所に来ることは分かっていたおじさん。そして恐らく偉そうな軍人だという事も分かっていたおじさん。だからこそ、彼女の予想外の質問に呆気にとられた。
「は?………あ、ああ。あっちの方に少し行ったところにあるよ。」
指さす方向を見ると、東に向かうの大通りがあった。彼女は礼も言わずに馬を歩かせ始めた。
残されたおじさんは、彼女の小さな背中を見ながらポツリと言った。
「おっぱいでけぇ…。」
広場を抜け東へ進むイルシュ。ここでまた彼女は田舎の洗礼を浴びる。
先ほどのおじさんは、少し行ったら風呂屋があると言った。
彼女の中の「少し」とは百メートル以内、もしくは数軒先であった。ところが実際には風呂屋は一キロ近く向こうにあった。田舎の「少し」を舐めてはいけない。
「おいおい、風呂屋ねーじゃんかよ…。」
少しイライラしてきた時、彼女は二百メートルほど進んでいた。
何度か振り返り、自分が看板を見逃していないかを確認しだして三百メートル。
「あのおっさん、嘘つきやがったか?!」
もはや独り言ではない声の大きさで四百メートル。道沿いの家がまばらになってきて、畑で農作業をしている村人たちが見えるようになってきた。
彼女の我慢の限界、五百メートル。
その時であった。
すれ違いざまに挨拶をしてきた老夫婦二人の首に、タオルがかかっていたのを見つけたイルシュは確信する。
こっちが風呂か!と馬を走らせるイルシュ。
すると道のすぐ隣に風呂屋独特の構造をした家が見えて、煙と湯気が立ち上っているのが分かった。
「やったー!三日ぶりに風呂だー!」
そう叫びながら疾走して風の如く風呂屋の前に滑り込むと、なぜか突然落ち着きをはらって馬を止め、馬留めの柱に手綱を結んだ。どうやら先ほど叫んだのが少し恥ずかしく思えてきたようだ。
ちなみに先ほどの二人のタオルは、単に野良仕事の汗拭き用であって風呂とは何の関係もなかったが、結果的には正しかったと言える。
それはともかく、彼女は馬のサドルバッグから必要な物を取り出すと、咳払いをして軍人らしい歩調で歩き始めた。だがその行き先は昼間の風呂屋である。
この時、イルシュ・バラージはすでに「村長の家に行き一筆もらう」という目的をすっかり忘れていた。
わざとらしく軍靴の音を鳴らして番頭の前に立つと、番頭のおっちゃんは驚いた顔をした。
「おやまあ、女の軍人さんかね。珍しいこともあるもんだ。一人かね?」
なぜか大きな胸を張って高らかに宣言するイルシュ。
「そうだ。私は帝国陸戦部・第三方面部隊・第二諜報課のイルシュ・バラージ軍曹である!」
少なくともおっちゃんの番頭人生において、風呂に入るために名乗りを上げた人物は初であった。そして最後であろう。
「…そ、そうか…ですか。えっと、その軍曹様がなんの用事でここっ…ちらへ?」
「え?えーっと…お風呂に入りに来た。」
「…。」
なれない敬語で尋ねてみれば、当たり前すぎる答えが返って来て絶句する番頭。
「い、いらっしゃいませ。」
「お、おう。」
少なくとも目の前の小娘が何者であろうが、風呂に入りに来た以上は客である。当たり障りのない定型句で迎える他は無い。
なんだかバツの悪くなったイルシュは、そそくさと銅貨を数枚渡すと女湯の方へと入っていった。
珍妙な客の小さな背中を見送ったおっちゃんはポツリと呟いた。
「おっぱいでけぇ…。」
イルシュは脱衣所に入ると周囲の籠の状況を確認した。脱いだ服から推測するに、恐らく中には二人いるのだろう。
彼女は服の入っている籠から一番遠くの籠を選び、いそいそと服を脱ぎだした。
まずは剣帯を始めとした武具を外し、持ってきた布で丁寧に包むと籠と壁の間に隠した。
軍人の命とも言うべき剣だが、さすがに風呂の中に持っていくわけにはいかない。さりとて初対面の番頭に預けるのも気が引けたのだ。
まず帽子を取るとミディアムショートの髪がふわりと揺れた。
女性は髪の長さが大切だと思われているこの時代でも、女性軍人に長髪は許されていなかった。それでも女性軍人として許されるギリギリの長さまで伸ばしているのは、彼女の女としての矜持なのかもしれない。
次にブーツを脱ぐと、ただでさえ小さい彼女の印象が際立つ。ブーツのヒールで二センチは身長を稼げていたからだ。たかが二センチと思うが、彼女の身長からすればそれは大切な二センチである。
軍服の上着を脱ぐと汗ばんだワイシャツが現れ、それだけでも彼女の印象は大きく変わる。
やはり軍服は直線的に見えるデザインがされており、彼女の持つ女らしい曲線が隠されるのだ。
次にそのワイシャツのボタンを一つずつ外すと、その小さな躰に不釣り合いな二つの乳房を支える下着が見えてきた。
しかし彼女の上半身を見ると今度はそのギャップに驚く。その体に付いた筋肉が彼女が軍人である事を雄弁に物語っているのだ。
パンツを脱いで現れた太ももは騎手のそれであり、年頃の乙女のそれとは大きく違っている。
彼女自身、帝都で美女と持て囃されるような女らしい体つきに憧れた時期もあったが、自分の体型の現実と家系の宿命に絶望し、ようやく最近になって諦めの境地に近づきつつあった。
しかしだからこそ、この無駄に大きい乳が彼女の悟りの邪魔になるのだ。
そして最後に眼鏡に手が伸びたが思い留まった。慣れた風呂ならまだしも、初めて入る薄暗い風呂に裸眼で入る勇気はなかったのだ。
すべて(眼鏡を除く)を脱ぎ終わると、彼女は丁寧に服を畳んで籠にしまった。そして一見で軍服だと分からないように上手く隠すと、タオルで胸を隠しながら浴室に向かった。
彼女の胸は同性からもジロジロ見られるので、こういう場所では必ず隠すようにしていた。もっとも隠しきれるものでもなかったが。
私自身が予期せぬサービス回になりました。




