悪事は千里を走り、商魂は万里を超える
モルティ副団長が自警団本部の前に着くと、ちょうどそこに団員に連れられた村の行商人ノノロラが到着したところであった。
団員が敬礼をすると、モルティはそれを返す。
「ノノロラさん、朝早くからすみません。」
そう言って馬を降りると、ノノロラの下馬を手伝う。事情が上手くつかめていないノノロラは戸惑いながらも従う。
「ど、どうしたんだ?自警団本部に呼ばれるなんて。」
「ああ、そこまで深刻な話ではありませんよ。ただ少しお話を聞かせてもらいたいだけです。ああ、馬を休ませておいてください。」
団員は返事をすると二頭の馬を引き連れて店の裏側に行った。
「それではこちらへ。」
そう言いながらモルティがノノロラを本部に招く。
中に入るとジャルバ団長がいつもの位置に座っていた。ちょうど店主も来たばかりの様でエプロンを付けていた。
たしかホートライドの話では、私の所に来る前に団長の家に寄ったと言っていたはず。そこから私よりも早く店についているとは。奥さん…ユナナがよほど頑張ったのであろう。あの人はおっとりしているようで、怒ると怖いからな…。
「ノノロラさん、お久しぶりだな!」
そう言うとジャルバは二人を手招きする。
「おやっさん!こっちになんか飲み物を。ああ、そっちが落ち着いてからでいいからよ!」
店主は無言でうなずくと本日一組目の客の準備に取り掛かった。
「きょ、今日はどうしたんだ?」
普段、自警団に呼ばれるなどという経験が無いノノロラは少々怯えていた。
「いやな、ミナレバで面白い話を聞いたってんで、それを教えてもらおうとしてさ。」
その言葉にノノロラは恥ずかしそうに頭をかきながら話し出した。
「いやぁ、今となっちゃ恥ずかしい早とちりだったんだが…。ミナレバの市場で商売してたらよ、タタカナルがドラゴンに襲われて全滅した、って噂が流れてきてよ。」
「それで、おらぁ慌てて早馬借りてよ!で、みんなで戻ってドラゴンに襲われちゃたまらんから、他のみんなは残して、俺だけ飛び出してきたってわけよ!」
途中から少しずつ言葉がのってきたノノロラは一気にまくしたてた。
「わはははは!そりゃおっさんのいつもの早とちりだぜ!」
そう言って二人で豪快に笑う。
「いやぁ、それにしても何ともなくて良かったよ…。」
そう言いながら額の汗を拭くノノロラ。普通なら二~三日かかる道のりを、恐らく一晩で走ってきたのであろう。
「ノノロラさん。」
突然のジャルバの真剣な声に彼の手が止まった。
「その噂、半分は嘘だが…半分は本当だ。」
「…え?」
その意味が分からず、目を瞬かせるノノロラ。眼を閉じて静かに聞くモルティ。
「ドラゴンが村に来たってのは本当なんだよ。」
「…じゃ、じゃあ村に被害は…?」
ジャルバはにやりと笑って言葉を続ける。
「ただ、そいつはいい奴だった。」
「は?」
意味が分からずにぽかんとするノノロラ。周りにいた団員がジャルバの言葉に同意する。
「信じられねえだろうが、村に来たドラゴンはいい奴で、実は今もこの村で暮らしてるんだ。」
「そ、そんなはずがあるわけない!!」
「本当です。」
慌てるノノロラを冷静に否定するモルティ。
「ホントだよ!今じゃ自警団に入って一緒に戦ってくれてるんだ!」
周囲の団員たちも次々に彼の活躍を囃し立てた。
「普通に話せるし、村にもなじみ始めてるんだぜ。オレなんかこの前一緒に風呂に入ったしな。」
団員がどよめく。そしてモルティの眉がしかむ。
「この前、仕事中にどっかいなくなったと思ったら…。」
「あ。」
副団長の言葉にジャルバが固まった。
「だから、仕事中に風呂に行かないでくださいと何度言ったら…!」
「お、おう、すまん。」
団員たちが一斉に笑う。その様子を見てモルティは額に手を当てて盛大にため息をつく。
「…まあ、その話は後です。今は対策を考えるべきでしょう。」
だかこの一連の笑いで、ノノロラはドラゴンが来たことと、それが村で仲良くやってる事を確信できた。
その時、店の玄関に息を切らせたホートライドが戻ってきた。
「村長は?」
「…すぐ…来るそうです…。」
そう言いながらよたよたと奥に来ると椅子にどっかと座って大きく息を吐いた。
「おう、お疲れ!おやっさん、彼にもなんかあげてくれ!」
ほどなくして全員に飲み物が配られた。
「それじゃ、タタカナルの平和に…乾杯!」
ジャルバ団長の唱和の元に全員の杯が鳴る。
今ここにいる四人は普通に話しているように見えても先ほどまで全員が走っていたのだ。乾杯と共に流し込まれた酒は、それぞれの乾いた喉に沁み渡ってゆく。
「村長さんがすぐ…来るわきゃないから、もうしばらく時間はありそうだな。」
笑いながらジャルバが茶化す。村長の寝起きが悪いのは村では有名な話であり、馬に乗れないために歩いてくるのだ。どう速く見積もっても三十分はかかるであろう。
ノノロラがふと話を切り出した。
「そういや、そのドラゴンは今どこにいるんだ?」
「ああ、今はアリアちゃん家に住んでるぜ。」
事もなげにジャルバは言う。
「クレストん家に住んでるのか…。まあ、あそこなら大きいし部屋も余ってるだろうから…。」
クレスト・オレガノはエアリアーナの父親の名である。生きていればノノロラと同じような歳であったであろう。
「なんか、アリアちゃんをいたく気に入ったようで、二人で仲良く暮らしてるぜ。で、いつも通りレッタちゃんもいるし。」
その言葉を聞いてノノロラは少し眉をひそめた。だがジャルバはそれを見なかった事にして話を続けた。
「で、ミナレバで聞いた噂ってのはもう街中に知れ渡ってた感じなのかい?」
「ああ、もう今頃は街中の噂の的だろうよ。」
「そっか、そりゃマズいな…。」
一同が渋い顔をする。
「道理で誰も行商に来なくなったわけだぜ…。」
ジャルバが深刻そうな顔をするとノノロラも肯く。
自警団の者たちが、キルトランスが来た日の事をノノロラに説明してゆく。それを聞きながらノノロラは自分が聞いた噂との整合性を取っていった。
「…まあ、そりゃドラゴンに襲われた村なんて、誰も寄ろうとは思わないだろうからな…。」
しばしの沈黙の後にノノロラは話し始めた。
「噂は間違いなく、その日に逃げ出した隊商が流したものだね。ドラゴンに襲われたから全滅したと思い込んだんだろうさ。」
「ま、普通ならそう思ってもおかしくはないでしょうね。」
モルティがうなずく。
「って事は、東のドーンにも知れ渡ってるって事か…。」
苦々しい顔で呟くジャルバに淡々と告げるモルティ。
「噂の速さを侮ってはいけません。恐らく数日中に帝都イルラティオにも届くでしょう。」
その言葉を聞いてジャルバが珍しく頭を抱える。
「おいおい、まさか帝都聖騎士団が動いたりしないだろうなあ…。」
帝都聖騎士団とは、ラクメヴィア帝国の力の象徴とも言える皇帝ラクメヴィア直属の中枢精鋭軍である。
それは五十年足らずで周辺四つの国を蹂躙し、現在の帝国の形を作った最強の名を冠する軍だ。
聖騎士一人が一騎当千の力を持ち、中には魔術を使える騎士もおり、対外的な戦争から、領内に魔族が出現した時の討伐も行うという、帝国の威信そのものの存在でもある。
最強を金科玉条とし、帝都聖騎士団に入れるものは家柄血筋は不問であり、強い事と帝国への忠誠だけを要求されるのだ。
縁故採用が無いために一般人でも入隊の道が残されており、市井の一市民が入隊すれば、村を上げて祝宴が開かれるほどの栄誉なのだ。
しばし無言で考え込んでいたモルティが、ゆっくりと目を開けて話しはじめた。
「それは…考えにくいでしょう。動くとしても時間はかかるはず…です。」
一堂が静まり返り、彼の言葉に耳を傾ける。
「ここ南キルメトアは元シャクノー共和国。帝都からすれば魔術帝国ガヴィーターとの緩衝地帯としての価値以外は薄いと思います。」
シャクノー共和国とは昔、南キルメトア山脈の南部に栄えた国家で、タタカナルの東にあるドーンという街を首都としていた。
帝都聖騎士団に滅ぼされた四国の内の一つであり、今なお帝都への反感は強い。
「まして、その地方の一農村であるタタカナルがドラゴンによって滅ぼされたとしても、それ以上の被害が拡大しない限りは指一本動かすことはないと思います…。」
そう話すモルティの声に少しだけ憎しみが籠っていた。
帝都聖騎士団はその強さと同時に、傲慢さ・残虐さも有名であり、目的のためなら手段を選ばぬことでも有名であるのだ。
皇帝の威信を守るためであれば、都市一つを平気で灰燼に帰し、住民ですら皆殺しにする事も厭わない。
彼らがもしやってきたら、ドラゴン討伐と言う名目でタタカナルの村そのものを破壊しつくしてもおかしくは無いのだ。
「まったく。魔族のドラゴンよりも、人間の帝都聖騎士団の方が恐ろしいなんて皮肉なもんだぜ…。」
ジャルバが苦笑しながら酒を一気にあおる。
「もし帝都聖騎士団が来たら、キルトランスに守ってもらいましょう。」
そう言ってホートライドが渇いた笑いをすると、団員たちもそれに倣った。
「ほんと、そうだぜ。キルトランス殿の方がよっぽど信頼できそうだ。」
ジャルバも笑うと店主に無言で酒の追加を要求する。
そこから団員たちは帝都騎士団とキルトランスだったら、どちらが強いだろうという話題に盛り上がった。
やりとりを聞いていたノノロラは、そのキルトランスという名のドラゴンが本当に自警団の連中から信頼されているのだと判断した。
顔の緊張が解けたノノロラを見てモルティが話し出す。
「ノノロラさん。噂には噂、それと事実の証明で対抗するしかありません。」
「おお、俺も今そう思ってたところだよ。」
そう言ってにやりと笑った。
「どうせ俺も馬を返しに行かにゃならんし、あっちに残した仲間も連れてこにゃいかん。行ったついでにタタカナルの無事と、良いドラゴンだったって噂を流してきてやる。」
「それに『ドラゴンに守護されし村』なんてカッコイイじゃねえか!もしかしたら、それで一儲けできるかもしんねえしな!」
そう言って笑うノノロラ。そうやってすぐに儲けにつなげようとする、商魂のたくましさが彼ら商人を商人たらしめているのだ。
「おっさんはすぐ金だ。まったくがめついもんだぜ。」
そう言って大笑いするジャルバと団員たち。だがその言葉は彼ら商人にとっては褒め言葉でしかない。
「タタカナルの隊商根性、舐めてもらっちゃ困るぜ。そうと分かれば即行動だ。」
そう言って立ち上がったノノロラに、ホートライドが付きそう。
「それじゃ、ひとまず百聞は一見にしかず。キルトランスに会いに行きましょう。」
「おう、ガルんとこの坊主も気が利くようになったじゃねえか。」
そう言ってホートライドの頭を鷲掴みにするノノロラ。だがその手は彼の頭よりも上であった。
「だからいつまでも坊主あつかいしないでくださいよ。もうノノロラさんよりも背も高いんですから…。」
苦笑しながら手を振り払うホートライド。
「おお、しばらく会わねえうちに坊主が一丁前に言うようになったじゃねか!だったら偉そうに言う前に、レッタちゃんに一発ヤって嫁にもらっちまえよ!」
と下衆な笑いをすると、団員たちが爆笑する。ホートライドは苦笑するほかなかった。
その日からノノロラを含むタタカナル商人組合は、積極的に四方の街に出向いては村の無事と、村を護るドラゴンの話をして回るようになった。
ちなみに村長が店に来たのはひとしきり話が盛り上がった後であった。




