噂の速さと馬の速さ
その一言でホートライドはなんとなく事情を察した。
「それ、デマですよ。」
意図的にしれっと言い切るホートライド。
確かにドラゴンが来たのは事実だが、そこを言えば恐らく彼の恐怖を煽るだけになるだろう。十分に落ち着いてから事情を話せばいいだろう。
「なんだよ~、嘘かよ…。」
現に、緊張から解き放たれた彼は馬上で力が抜け、馬の首に倒れ掛かった。落馬しないように隣に立ちいつでも支えられる体制になるホートライド。
「あはは、おじさんも早とちりですね。そんな噂、どこで聞いたんですか?」
極力平静に話を続けると、ノノロラもすぐに恥ずかしそうに体勢を立て直した。
「いやあ、ミナレバの街で噂で聞いてよ。」
ミナレバとはタタカナルの西にある大きな都市で、ラクメヴィア帝国とガヴィーター帝国の国境を守る軍事都市だ。タタカナルの商人は地元で作ったものをミナレバに売りに行くこともある。
「そうなんですか。俺はてっきりおじさんの隊商が、途中で魔獣に襲われて全滅したのかと思って、慌てて飛んできちゃいましたよ。」
そう言って笑う。
「んなわけねえっーの!こっちはその噂聞いて、他のみんなは安全のためにミナレバに残して、馬借りて飛んで来たのによぉ…。」
口調は怒っているが、心底安心したように力なく笑うノノロラ。
二人はゆっくりと村の方に馬を進めながら話を続ける。
話ながらホートライドは思った。間違いなく噂の元は、あの日逃げ出した隊商であろう。
「んで慌てて戻って来て、ようやく村が見えたと思ったら、いつも通りに鐘が鳴るのが聞こえてきて。あれ?全滅したんじゃねえのかよ…って思って近づけば、なんかもう普通に朝飯の煙とか出てるし…。」
自分がようやく早合点をして飛び出したのを理解したノノロラは、恥ずかしさを紛らわせるために少し饒舌であった。
櫓の近くに来ると、団員たちが手を振って挨拶して彼はそれに苦笑いしながら振り返した。
ホートライドは少し小走りで櫓の下にいた団員に駆け寄ると、小さな声で指示を出した。
「ノノロラさんをゆっくり本部まで連れてきてください。僕は急いで団長と副団長を呼んできます。あと、絶対にキルトランスの事を言わないように。」
事情が分からぬ若手団員であったが、ホートライドの指示通りに時間稼ぎを始めた。
馬の轡を取ると、歩きながら村の中へ進み始めた。
ホートライドはそれを見届けると馬を飛ばして、まずは一番近いジャルバ団長の家を目指した。
家の前に駆け込むと荒々しく馬を止め飛び降りる。
馬を落ち着かせながらも、本人も落ち着いて扉をノックした。
するとすぐに玄関の扉が開いた。
「おはよ…、あらホートライドくんじゃない。どうしたの?そんなに慌てて。」
顔を出したのはジャルバの奥さんであった。どうやら馬の音に驚いて彼女も出てこようとしてたらしい。
「奥様、おはようございます。すみません、朝早くにお邪魔してしまって。」
まだ落ち着かない馬をなだめつつ、出来るだけ冷静に話す事を心がける。
「うちの人?一応起きてるのか寝てるのか分からない状態だけど…急ぎ?」
そういって少し家の奥に目をやって苦笑する。
「はい。緊急事態ではないですけど、出来るだけ早く本部に来るようにお願いしてください。」
冷静を心がけてはいたが、動揺を隠しきれないホートライドの心を見抜いた奥さんは、スッと落ち着きを払った声になり笑顔で答えた。
「…分かったわ。すぐに行かせるから待っててね。」
「いや、俺はすぐに行くところが…。」
「モルティのところ?」
「あ、はい、そうです。」
この人は昔からおっとりしているようで勘が鋭い。恐らく今朝の鐘がらみだと見抜いたのであろう。さすがはあの団長の奥さんだと内心舌を巻いた。
「気を付けてね。いってらっしゃい。」
そう言うと静かに扉を閉めた。思わず頭を下げたホートライドであったが、我に返ると馬に飛び乗って走り出した。
アリアの家の近くを通ってモルティ副団長の家を目指すホートライド。
オレガノ邸が見えた時に家の様子を見たが、煙突から煙は出ておらず三人ともまだ寝ているのかと思った。
この騒動の原因が安穏と寝ていると思うと、少々腹立たしい気持ちもあったが、それを抑えて馬を走らせた。
モルティ副団長の家に馬を止めると、ホートライドが扉を叩く前に扉が開いて中から彼が顔を出した。
「ホートライドくんですか。先ほどの鐘に関係がありますか?」
彼はすでにしっかりと服を着込んでおり普段通りのモルティ副団長であった。
さすがは几帳面なモルティだと関心はしたが、その少し度が過ぎている性格が故に、この歳まで良縁に恵まれなかったんだろうなあ、と思うと素直に尊敬が出来ないホートライドであった。
ただ、片手に持ったスプーンが食事中だったと言うことを示しており、邪魔して申し訳ない気持ちにはなる。
「はい、ノノロラさんがミナレバから急いで戻ってきたのですが…。」
そこまで言ってモルティは即座に状況を理解した。
「キルトランスの噂の件ですね?」
「はい、その事で先ほどジャルバ団長にも声をかけてあります。」
「良い判断です。私もすぐに本部へ向かいます。あと村長様にも報告をしましょう。これは村全体の問題になると思いますから。」
状況への即時順応、適切な指示、さすがは参謀の副団長である。モルティは家の中に駆け込むや否や、間をおかずに飛び出してきた。そして愛馬に飛び乗ると二人で走り出した。
その時にホートライドは気が付いた。
彼が先ほど家の中に急いで戻ったのは、スプーンを片付けるためだったことに。
(生真面目なのは悪い事ではないんだけどなあ…。)
少し釈然としない気持ちを抑えて二人は走り出す。
「噂の、内容は?」
「タタカナル、ドラゴンに襲われ、全滅。」
最低限の要点だけを伝達する二人。疾走る馬上で下手に話せば、舌を噛みかねないからだ。
(予想外の悪評ですね…。これでは来る人が減るとか以前に、誰も近寄らなくなる内容だ。だが対策を考えるのはこれからであり、今悩んでもしかたないでしょう。)
「あなたは、村長へ。」
「はい。」
そう言うと二人は大通りに出て分かれた。
モルティはジャルバのいるであろう本部へ、ホートライドは村長の家へ。




