隊商が来ない!!
それからの数日は比較的平穏であった。
キルトランスも少しずつ村の人たちに怖れられなくなっていき、レッタもアリアも村人に必要以上に声をかけられる事も減ってきた。子供は相変わらず容赦なかったが、キルトランスも少しずつあしらい方を学びつつあった。
一回だけ狼の群れが東の平原に現れて牛を襲おうとしたが、駆け付けたキルトランスの咆哮で散り々々に逃げてしまった。
その手柄もあり、キルトランスは村の守り手としてさらなる信頼を得始めた。
もっともその時はキルトランスの咆哮に怯えた牛たちが恐慌状態になってしまい、自警団の仕事はもっぱら暴れ牛の制圧と脱走牛の回収になってしまったが。
アリアと言えば、レッタの家事を少しずつ手伝い始めており、今まで触った事もなかった物や、やったことも無かった事に挑戦しており、アリアの顔は充実の笑顔が輝いている。
しかしレッタの心配通りに彼女の体には生傷が絶えなかったが、そこはキルトランスの治癒魔術で綺麗に治していった。
食材の買い出しが普通に出来るようになってからは、自警団からの差し入れは必要なくなったものの、ホートライドは毎日のように顔を出していた。
当初の「出かける時は自警団の人を連れて歩く」という約束事は有名無実化してしまい、実質自由に歩き回れるようになっていた。もっともその約束は村人の怖れを軽減させるための対応策であって、村人の多くが普通にキルトランスに接してくれるようになった今となっては、あまり意味のある約束ではないのだが。
そんなある日、村の商人の一人がふと思った。
「そういや、いつもならそろそろ来るはずの隊商が来ないなあ…。」
タタカナルの村にはだいたい十日おきくらいに小さな隊商が立ち寄り、珍しいエンチャントや娯楽品、大都市で流行の服などを売っていた。
娯楽の少ない田舎の村タタカナルでは、行商人の来訪も娯楽の一つであった。
前回、隊商が立ち寄ったのは十二日前。つまりはキルトランスがタタカナルに来た日であった。
あの日の混乱で隊商は村から一目散に逃げ出してしまった。それ以来、隊商が来ていないのだ。
とは言ってもタタカナルは地方都市としては比較的豊かな方で、生活最低限の品は自給自足が出来ているために、数日遅れるくらいであればそれほどは困らない。
だが前回は昼間に隊商が逃げてしまったために、十分な買い物が出来なかった村人が多かった。だからいつもであれば二~三日ほど遅れても気にはならない村人も、早めに気が付いたのだった。
最初に気づいた商人は西の櫓まで歩いていき、見張りをしていた自警団に聞いた。
「最近は行商が来ないかね?」
「あー、そういやまだ来ないっすね~。」
問われた自警団員は暢気に答えた。
「まあ、影が見えたらすぐに鐘を鳴らすっす。待っててくださいよ。」
「そうかい。よろしく頼むよ。」
短く言葉を交わすと商人の男は村へ戻っていった。
その時の自警団員たちはそこまで深刻な状況だとは思っていなかったが、交代の時間が来て本部に戻りモルティ副団長と話をしてから事態は変わってくる。
「他に変わった事はありましたか?」
「う~ん…特には…。」
モルティの問いにいつも通り答える自警団員。しかし一人がふと思い出したように報告した。
「あ、そうだ。珍しく商店のおっさんが来て、行商がまだか?って聞いてきたっす。」 毎回「特に何もありません」ばかりで面白くもない団員が気を効かせて話した報告にモルティ副団長の眉が少しだけ動いた。
「そうですか。ありがとうございました。それでは次の番まで休んでてください。」
平静を装って定型の受け答えをして彼は団員たちを解放した。
団員たちはテーブルに戻って思い々々に給仕に酒や料理を頼み始める。
それを横目で見ながらモルティ副団長は先日に一度だけ、彼の脳裏をよぎった心配を思い出していた。
(キルトランスが来ることで、短期的な村の評判が落ちなければよいのですが…)
もちろん今となっては、団長の言っていた「ドラゴンに守護された村」という与太話も、あながち妄想とは言えない状況になり始めている事は分かっている。
しかし、それは彼の行動を知った村人たちの間の話であって、それを知らない他所の街の人にはどう認識されるかは分からないのだ。
もちろん長期的に見れば周囲も納得してくれるとは思うが、しばらくの間は怖い噂の方に惑わされる可能性だって十分にあるのだ。
モルティ副団長は黙って席を立つと
「少し席を外します。ホートライド君、私のいない間に何かあった場合はよろしくお願いします。」
と告げて本部を後にした。
ホートライドは他の団員と話をしつつも、少しだけ胸騒ぎがしていた。モルティ副団長が具体的に理由を言わないで本部を出る時は、たいていの場合、なにかの相談事をしに出かける時だからだ。
はたしてモルティ副団長は、西の櫓にいるジャルバ団長の元に向かっていた。
彼が馬で櫓に着くと、次の番と交代したジャルバ団長が下に降りてきたところであった。
ジャルバはモルティを見ると他の団員に先に行かせて、二人で少し離れた場所に移動した。彼が団長の所に来ると言うことは、何か急ぎで相談したい事がある場合だからだ。
「先ほど団員からの報告で気が付いたのですが…。」
いつものように淡々と話し始めるモルティを、ジャルバは不敵な笑みで制止した。
「当ててやる。行商の連中が来ない、って言うんだろ?」
「気づいていましたか…。気づいていたのなら早めに連絡してください。」
そう言ってため息をつく。
「いや、オレも昨日の夜にふと思いついただけなんだ。」
そう言って笑った。
「ま、それは今はどうでもいいです。自警団として対応が出来ることはありますか?」
あくまでも職務に忠実なモルティ。その頭の固ささえなければなぁ、と内心苦笑するジャルバ。
「とは言っても、少しずつ信じてもらえるようにするしかないだろう。」
「しばらくはこっちから商人を送って噂を流すしかないだろうよ。」
そう楽観的に笑うジャルバにモルティは、そのいい加減さでなんで団長が務まるのだろうと頭を抱えた。
良くも悪くも対照的な性格の二人だからこそ、今のタタカナル自警団は成り立っているのかもしれない。
だが二人の想定を超える事態が翌日に起こった。
朝もまだ早く、村人たちは朝食の支度をしていた頃であった。
まだ店の主人がカウンターに入る前の酒場に集まり始めた、ホートライドを始め数人の自警団員は静かな朝の空気の中に銅鑼の音を聴いた。
方角は西の櫓、警戒は一段階で単なる報告の鐘だ。間隔は普通で特に急ぎの要件でもなさそうである。
だいたい櫓からこの音が聞こえてきた時は、遠くから誰かが来た場合だ。
昨日の副団長と団長のやりとりを知らないホートライドであったが、副団長が昨日一人で本部を出た事が少し気にかかっていた。だからその鐘の音を聴いて
「俺が確認に行ってきます。」
と言って本部を出た。
まだ朝の眠気が抜けきっていない他の団員たちからは、気の抜けたおざなりな返事が返ってきただけであった。
春の朝の空気は少し冷たい。その中を馬に乗って速足で向かうホートライド。
鐘の音はすでに鳴りやみ、空気は家々から流れる煮炊きの匂いに包まれていた。
店の多い西大通りを進んで櫓を目指す。
櫓が見え始めると、向こうもこちらを見つけて手を振ってくる。その様子を見る限り緊急事態ではなさそうだ。
胸騒ぎが杞憂であったことに胸を撫で下ろすと、馬の歩みを少し遅めて櫓に着いた。
「どうしました?」
ホートライドが見張りの団員に尋ねると、視線をそのままに報告した。
「ミナレバ方向から馬が走って来ています。数、一。」
「馬?…早馬かな?」
こんな朝に一人で馬に乗ってやってくるのは、大抵は何かの伝令の場合が多い。
ホートライドも櫓に登って、見張り番が指す方向に目を凝らす。
馬は徐々に近づいており、もう馬上の人の姿も確認できるようになってきた。ただ、馬の速度を考えると襲歩でも駈足でもないようだ。
「あれ…?軍の人じゃない…よな?」
ホートライドが確認すると、隣の団員もうなずく。その間にも馬は確実に近づいてくる。
「と言うか…あれ行商のノノロラさんじゃね?」
団員が言うと、ホートライドも答えた。
「あ、本当だ。ノノロラさんだ。…でも馬で一人で帰ってくるなんて珍しい。いつもは他の人たちと馬車で帰ってくるのに…。」
「もしかして、ノノロラさんの隊商に何かあったのか…?」
団員の間ににわかに緊張が走る。
「どうする?鐘鳴らすか?」
団員の提案を抑制するホートライド。
「少し様子を見よう。あの走り方だったら、そんなに緊急ではないはず。」
ホートライドは櫓から駆け下りると、馬に跨り迎えに出た。櫓の上では団員たちが手を振って彼を迎える。馬上のノノロラもそれに気づいたようで手を振りかえした。
ホートライドとノノロラの馬が近づき、お互いに止まる
「ノノロラさん、何かあったんですか?!」
「ガルのとこの坊主!村は大丈夫か?!」
同時に問いかけて一瞬の沈黙。
「え?」
「へ?」
何か誤解が生まれていると思ったホートライドは口をつぐんだ。息を切らせたノノロラが息を整えながら言葉を発するのを待った。
「村がドラゴンに襲われて全滅したって聞いて!!」




