囚われった少女
レッタの家の前に立つ三人は疲れていた。
アリアの家からレッタの家まで距離にしておよそ一キロほど。
その間にたくさんの人と出会い、話をした。もっとも疲労のほとんどは子供が原因ではあったのだが。
レッタの住む場所は商売をしている人の多い地域で、大通りに入ると人はさらに増えキルトランスとアリアはそれだけで疲れ、その二人を守ろうとしたホートライドも神経をすり減らしたのだ。
ホートライドがレッタの家のドアを叩くと、ほどなくしてレッタの母親が扉を開けた。
そして扉を開けてキルトランスの姿を見たとたんに慌てて扉を閉めようとするが、ホートライドが素早くそれを阻止する。
「お母さん、大丈夫です。」
諦めて少しずつ扉を開ける母親だったが、その視線はキルトランスを警戒していた。
「こちらが先日もお話した、この村に来たキルトランスさんです。」
そう言って手を向けると、キルトランスは少し頭を下げた。道すがら出会った人たちから学んだ挨拶の作法だった。
それを見て母親も少しだけ会釈を返した。
するとホートライドの声を聞きつけて奥から父親も現れた。
「…お前さんがキルトランスだね。」
物静かな言い方ではあるが、その語気には色々な感情が含まれていた。
父親は少し頭髪が薄くはなっていたがレッタを思わせる亜麻色の髪をしており、母親の目元はレッタによく似ていた。
「はじめまして。キルトランスだ。」
そう言って改めて挨拶をする彼に二人はしぶしぶ挨拶を返す。
「お父様、お母様、こんにちは。」
少し遅れてアリアが挨拶をすると、二人は視線をようやくアリアに移した。それまでキルトランスの存在感に意識を奪われ過ぎていて、アリアの存在に気が付かなかったのかもしれない。
しかし二人の視線はキルトランスへ向けられたような警戒のものでは無く、少しの憎しみを湛えたものであった。
それも仕方なかろう。レッタの一連の無謀な行動はすべてアリアのために行われたものだと分かった。アリアさえいなければ、たった一人の愛娘がこんな行動をする事もなかっただろうに。そう彼らが思っても決して責められるわけではない。
もちろん娘とアリアが昔から仲良いことも、娘がアリアの世話を一生懸命している事も知った上であえてそれを許していた。
母親は年頃の娘が結婚相手も見つけずに、少女の世話に明け暮れている事も苦々しくは思っていた。しかしアリアの世話をするために、家にいる時には一生懸命に家事を覚えようとしていた娘に対して、これも将来の花嫁修業になるのなら、と見逃していた点はあった。
そして父親はアリアの父に色々な恩もあったが故に、娘の献身をその恩返しとして見逃していたし、変に村の男と付き合うくらいなら同性のアリアと一緒に居た方が気が楽だとも思っていた。
しかし今回の一連の騒ぎで、娘の度が過ぎた行動に両親の怒りが沸点を越えてしまったために、今こうやってレッタは家から出られなくなっているのだ。
「あの…申し訳ございませんでした!」
そう言ってアリアが両親に対して頭を下げて謝った瞬間であった。
ドンッ!!
家の奥から激しい音がしてレッタの叫び声が聞こえてきた。
「アリア?!アリアなのね!!」
ホートライドとキルトランスが家の奥に目をやると、木戸が激しい音を立てて内側から叩かれていた。
その扉には閂がかけられていて、内側からは開けられないようになっていた。
キルトランス達は見てはいないが、彼女が先日飛び出した部屋の窓も外から板が打ちつけられているために、彼女は完全に部屋に監禁された状態であったのだ。
「うるさいレッタ!静かにしろ!」
父親が怒号を発するがレッタには効かない。
「お父さん!お母さん!ごめんなさい!ここを開けて!!」
と今にも殺される捕虜の如く叫ぶレッタ。ホートライドはそれに驚いて慌てて中に入ろうとする。
「お父さん、もう開けてあげてもいいでしょう?!レッタも、もう十分反省していますよ!」
真剣な眼差しで両親の眼を見つめるホートライド。なおも鳴り響く扉を叩く音の中、両親は眼を合わせてお互いの顔色を見ると、大きくため息をついて首を振った。どうやら諦めたようだ。
「レッタ。開けるからどいていなさい。」
そう言いながら父親が扉の前に行くと、先ほどの狂乱の音が嘘のように静まった。
閂を外してゆっくりと扉を開けると、中からレッタが飛び出してアリアに抱きついた。
「ううー!!アリア!会いたかった!!」
そう言いながらアリアを抱きしめて全身で彼女を感じるアリア。アリアも謝りながらも数日ぶりのレッタの体温と匂いを肌で感じて嬉しそうであった。
レッタの顔は泣きはらした様子もなく、ホートライドから見てもいたって普通に見えた。
もっともレッタの性格からして、アリアに会えない事を悲観しておいおいと泣き崩れるような事は無いだろうとは思ったし、そんな暇があれば虎視眈々と脱出の方法や、チャンスを窺う強かさを持っているのがレッタ・コルキアと言う少女なのだ。
しばらくぶり、と言ってもたった二日だけなのだが、抱擁を堪能したレッタがようやくアリアから体を離すと顔をふと上げて、初めてキルトランスを見つけたようにわざとらしく言った。
「あ、キルトランス。いたんだ。」
呆れたように何も応えないキルトランス。
レッタ。それはさすがに酷過ぎるよ…と内心笑ったホートライドだが、彼に至っては未だに存在を認識すらされていない事に彼は気が付いていない。
アリアにべったりのレッタ。黙って立っているキルトランス、そして複雑な顔で視線を泳がせている両親。
そんな微妙な空気を打開すべく、ホートライドは努めて明るい声で話を切り出した。
「お父さん。さすがにもうレッタの外出を許してあげてくださいよ。」
そうホートライドが言うとレッタが振り向いて小さい声で「あ、ホートライドいたんだ。」と呟いた。本気の言いかたであった。
「それはダメだ。」
毅然とした態度で断る父親と、同意する母。それにカッとなって食いつこうとするレッタをアリアとホートライドが諌めた。
「まずはご両親の言い分を聞きこう。」
要約すると話はこうであった。
ホートライドに無理やり連れ戻された日に、ホートライドも含めた四人で話した時に、レッタは「これからはアリアの家に住む!」と言い出した。そんな事をさすがの温厚な両親も許すはずは無く話は平行線に終わったのだ。
そして娘の行動力を知っている両親は、知らないうちにまた家を飛び出していかないように軟禁したのだった。
その場に居合わせたホートライドも、さすがにレッタの主張に賛同はしかねた。
ホートライドもキルトランスの安全性に関して両親に自警団の見解を伝えたが、まだその時は信頼をしていたわけでは無く半信半疑であり、どちらかと言えば両親の味方であった。
そしてレッタはキルトランスについて賛否が出来ない状態であった。それが彼女の立場をより悪くする原因になってしまったのだ。
なぜなら「彼は安全だ」と言ってしまえば「アリアを守るために私が付いてないと」という主張は崩れる。しかし「彼が危険だ」と言ってしまえば、そんな危険な場所に娘が行くことを承知する親などいるまい。
そうなればただのレッタのエゴである「アリアと一緒にいたいだけ」という主張が上手く伝わるはずもない。
もっとも魔獣騒ぎの結末が両親にも知られてしまった今となっては、そもそもレッタがアリアを守る事など不可能だと分かってしまったのだが。
だが色々と話していくうちに、両親ともキルトランスが本当に人間に害意があるドラゴンで無い事は少しずつ信用してくれるようになった。
自警団団長、幼馴染の自警団が説得にあたり、さらに本人まで来て話したのだから、少なくとも娘の危険性に関しては認識を改めざるを得ない。
だが、それとレッタのオレガノ邸宿泊とは別問題である。
嫁に行った訳でもない娘が、いくら仲が良いとは言え他人の家にずっと住むなど許されないし、そもそも両親が愛娘と離れて暮らしたくないのだ。
しかしレッタが「もう嫁に行くような歳なんだから、帰ってこなくてもいいじゃん!」と言えば「だったらいい人探しなさいよ!」と言われるのがオチなので彼女は黙っていたが。
喧々諤々の話し合いが続くコルキア家ではあったが、最終的にはホートライドの取り成しもあり、妥協した選択肢が絞られたのだった。
それは「毎日行ってもいいが、必ず日が沈む前に帰ってくる」というものと「泊まってもいいが、二日泊まって一日は自宅で過ごす」という二択である。
レッタは散々不満を言ったが、ホートライドから見れば愛娘のためにここまで妥協をしてくれた両親に、むしろ感謝をするべきであろう。
そしてどちらの案にも「自警団が毎日様子を見に行く」というホートライドの助言があり、そこで両親の態度がようやく軟化したのだった。
それは暗に「無理やりにでも僕たちがレッタを連れて帰りますから安心してください。」という意味でもあったからだ。
だが、このどちらかなら許す、と言った両親の宣言を聞くと、腕を組んで静かに目を閉じてレッタは悩み始めた。
そしてたっぷり五分の沈黙の後、彼女は大きなため息をつくと、はっきりとした声で宣言をした。
「アリアの家に二日泊まったら、一日は家にいてお父さんとお母さんの手伝いをする。」




