キルトランス、子供の洗礼を受ける
三人は食事を終えると予定していたレッタの家に向かう事にした。
キルトランスが門を出ると、道にいた子供が大声を上げる。
「あ、ドラゴンだー!」
声の方向を見ると二人の子供が全力でキルトランスの所へ駆け寄ってくる。そして少し手前で止まると、口々に感想を言いながらしげしげと彼を見ている。
子どもの好奇心とは正直なもので、珍しい物を見れば近くに寄って見たいのが性なのだ。だが若干の距離があるのは本能的に、彼を恐ろしい物だと認識しているからであろう。
それでも先日までの隠れてこそこそと観察される事を思えば大した進歩であるし、彼としても気分は悪くなかった。
「ねーねー。これ触ってもいい?」
突然子供の一人がアリアのスカートを引っ張って尋ねた事にアリアは少し驚く。
「えーっと…この人はね、キルトランス様って言うのよ。」
引っ張られた方向をから推測して子供がいるであろう方を見ながらアリアは彼を紹介する。
子供たちは「へ~。」と言いながら彼の名前を連呼する。
「触っていいかは本人に聞いてみればいいのではないかしら?」
と優しく子供たちに伝えると、小さな女の子の方が少し怯えながらも尋ねた。
「キルトランス、触っていい?」
その言葉にふとアリアが初めて彼を「見た」時の事を思い出しながら肯いた。
「ああ、構わない。」
「すげー!喋った!!」
なんとなく子供たちの中のキルトランスの認識が下等生物を見るようで癪ではあったが、子供が未知の生物に出会ったらこんなものなのだろうと思って気には止める事はしなかった。
二人の子供は許可が出るやいなや、全力でキルトランスに触り始めた。
だが小さな子供の手ではキルトランスの太もも辺りまでしか触ることが出来ない。
騒がしくも喜々としてキルトランスに興味津々な子供たちの声を聴きながらアリアは笑顔であった。彼が村に受け入れてもらえる事を最初から望んでいた彼女にとって、この第一歩は大きなものだからだ。
「うわ、ザラザラしてる!」
男の子がバカみたいに笑いながらキルトランスの足の外側の鱗をこする。
龍の逸話に「逆鱗に触れる」という言葉があるが、単に鱗を逆撫でされるとチクチクするし気持ち悪いのだ。
ちなみにドラゴンニュート族には逆鱗は存在しない。それでもやはりキルトランスは気持ちが悪く、触り方を注意しようと思った時にビクンと震えて慌てて後ろを向いた。
見れば女の子が珍しそうにキルトランスの尻尾を掴んでいるではないか。
「ねえ!キルトランス!尻尾触っていい?!」
いや、お前すでに触ってるだろう…と思ったが、なにせ子供のやる事にいちいち反応していたら身が持たない。
「ダメだ。」
と言うと尻尾を彼女の手から振り払った。
「えー!なんでー?!ケチー!」
ブーブーと文句を言いながらも先端を掴もうと必死になる女の子、それを見て男の子も加わった。
子供の魔の手から尻尾の先端をかいくぐらせて避けていると、ホートライドが見かねて
「こら、もうそのくらいにしなさい。キルトランスが嫌がってるだろう!」
と少女の手を掴んで引き止めながら注意をしてくれた。女の子は「ヤダー!!」と叫んで足をバタバタする。
「そうですよ。私たちは行かないといけないところがあるんです。遊ぶのはまた今度にしましょうね。」
(え…また…?)
アリアも優しく男の子の方に話しかけるが、彼は走り寄ってくると
「うっせー!!」
と叫んでアリアの尻を全力で叩いた。アリアは悲鳴を上げると少しよろめいたが、キルトランスがそれを素早く支えた。
彼はアリアを叩かれた事に少しだけ腹立たしさを覚えたのだが、あまりにも「少し」だったために彼自身、心の動きに気付いてはいなかった。
ホートライドが子供たちをなだめて抑えると、キルトランスはアリアの肩に手を置きながら歩き始めた。
「キルトランスー!またねー!」
歩き始めた彼らの背中で子供たちが大声で叫びながら手を振る。ホートライドがそれに手を振って応えた。
子供が遠ざかるとキルトランスは大きくため息をつきながら漏らした。
「…子供は苦手だ…。」
それを聞いて二人は笑った。強大な力を持つドラゴンが人間の子供に手を焼いているなどという事実が面白かったからだ。
「まあ、良かったじゃないですか。これなら少しずつ村のみんなも慣れていきますよ。」
慰めるように言うホートライドに微笑みながら肯くアリア。
キルトランスは子供が苦手であった。それはドラゴンニュート族の子供であってもだ。彼らはいかんせん遠慮と言うものを知らない。全力でかまってきて暴力に近いふれあいを求めてくるので静寂を好む彼は非常に疲れるのだ。
キルトランスの言葉にアリアが苦笑しながら話した。
「私も…、子供はちょっと苦手です…。」
ホートライドがその言葉を聞いて意外そうな顔をする。それは女は子供が好きだと言う先入観でもあり、アリアが普段から村で普通に子供たちと接していた様子を知っていたからである。
「子供って…突然何かするじゃないですか。」
「「…ああ~。」」
キルトランスとホートライドの声が重なった。
言われてみれば目の見えない者にとって、突然に何かをされるのは恐怖でしかなかろう。
最初にアリアのスカートを子供が引っ張った時に、彼女が少し驚いた声を出したのもそれが原因なのだ。まして先ほどのように突然体に痛みを感じるような事態があれば、その不安と恐怖は自分たちとの比ではないはずだ。
そして全く予期していない時の怪我などは予想以上に痛いと感じるものであり、逆に覚悟をしていればある程度の痛みと言うのは耐えられるものである。
視覚的な予測が不可能なアリアにとっては、日常のあらゆる刺激が「唐突」なのかもしれないと思い至った男二人は、内心で「今後はアリアの身の回りを少し気遣おう」と思った。その気持ちだけでも彼女の生活は少し快適で楽になるものだ。
広場を目指し通りを歩くと、少しずつ日常に戻り始めた村人たちと行き交いはじめる。
村人は昨日のキルトランスの活躍を知ってか知らずか、彼を見かけても慌てて隠れることはなくなっていた。
中には軽く挨拶をしてくれたり、昨日の話題を出してくれる人たちもいる。
それに対してキルトランスは挨拶を返したり、昨日の事を「いや、私は何も大したことはしていない。」と答えたりと、出来るだけ普通に接するように気をつけた。
もっとも前言は謙遜でもなんでもなく、本当に彼にとって大したことではなかったからなのだが。
それでも普通に話しかけてくれるようになった事が少し嬉しかったために、あまり人と接することが好きではない彼としては珍しく、殊勝に会話をしたのだった。
そうやって少しずつ村人たちとの距離を縮めながら、三人はレッタの家を目指して広場を横切って進んでいく。
そして子供たちは相変わらず容赦が無かった。




