5話──当たり前の夜空
その後、作業の途中でフォラスが作ってくれたサンドイッチを食べ、一緒に肉を切り分ける作業の続きをして、アスモが切っていた大きさは悪くはないけどもう少し大きめでも作業も楽だしいいかなと言われたりしつつ……三時間程度で作業を終えた。
時刻は十六時に掛かりそうな頃。続いてアスモに任されたのは部屋の片付け、整理整頓だ。
とはいっても、部屋全体の整理整頓とかではなく、特定の物の移動及び仕分けを任された。
「怪我しないように気を付けてくれよ。ものによっては本当に危ないからさ」
「そんな危険なんですか?」
アスモは、フォラスの家の中でも、まだ案内されていなかった部屋に入れてもらいそこで話を聞いていた。
「一歩間違えば腕が吹き飛ぶかもだからさ。本当に、気を付けてね」
「その言い方……本当に怖いんですけど……」
「まぁ、遊ぼうとしなければ危険は無いとは思うよ。で、一応この布を介して持ってくれると、怪我することも無くて安全度が上がると思うからさ」
「ありがとうございます」
白い布を手渡され、続けざまにフォラスは戸棚を開けた。するとそこには大量の、武器。銀色に煌めく刃物ばかり。他にも金属が使われてないと思われる物もあるが、形状は杖ぽかったり、ナックルダスターぽかったりと、どれもこれも武器のようだった。
きっと、フォラスは戦闘を生業とした職に携わっているのだろう。
「これらを……種類ごとに分ければいいって感じですかね?」
「そうだね。大まかで良いからさ、部屋のそれぞれの隅に大体で分けて欲しい。わからないものはそのままか、真ん中に置いといて良いからさ」
「わかりました。じゃあ、とりあえずやってみます」
「お願いね。それが終わって、その時に私がいなかったら子どもたちの相手をしてあげてくれるとありがたいね」
「子どもたちと……はい。わかりました。じゃあとりあえずは分けますね」
「頼むよ。私はちょっと出かけてくるから、もし誰か尋ねてきたら、対応してそう言ってもらえる?」
「はい。お任せ下さい!」
「頼もしい返事だね。よろしく」
そうしてフォラスは家を出て、アスモ一人となった。
アスモが悪人だったならば、フォラスがいなくなった時点で家を探索して金目の物を盗んで村から出ていくだろうが、そんな妄想すらしないくらいアスモはフォラスへ感謝し、恩を返そうという心意気であるため、フォラスの損失はゼロだ。
フォラスがそれを知っているかはわからないが、アスモ的には家に一人で任せられたという信頼を無下にしないために、絶対に期待に応えようという気持ちが沸き上がっていた。
「よし、やるか」
戸棚の中に乱雑に積まれた武器を、上から適当に取り出していく。
(とりあえず、剣っぽいものから、あっちに置いていくかな)
アスモは、長剣や短剣を隣り合わせつつ、部屋の右奥に置いていく。杖……ワンドは左奥。斧や鎌など、少し特殊な形状の刃物は右手前、その他は入口付近の左手前に置いておく。そんな感じで、渡してもらった布を使って持ち上げつつ、多分これだよなぁという曖昧な気持ちで分けていく。
作業を効率良く進めるのであれば、両手にそれぞれ持って運ぶべき。しかし、近くに誰もいない時に大怪我して、もし気を失ったりでもしたらおしまいだ。だからアスモは、少し時間が掛かっても良いからと、ちゃんとフォラスに渡された白い布でしっかり持ち手を覆いつつ、両手でゆっくり安全に運んだ。
もちろん刃の無い物にも布を使ったし、できるだけ重ならないように、刃物であれば、刀身の向きを揃えるなどの配慮も忘れない。
「…………? あれ?」
途中、ありえなく重く、どうやっても持ち上げられない武器に躓く。見た目はあまり他の物と変わらないが、どうやっても持ち上げられない。
(特殊な金属製かなにか、か……?)
持ち上げられないものは仕方ないと、それ以外の武器を取り出して仕分けていく。それはフォラスが帰ってきたらお願いしようと考えつつ、白い布を介して手に取り、分けていった。
それから一時間。
「ふぅ……やっと終わったぁ……」
空が橙がかってきた頃合いに、アスモは仕分け作業を終えた。重すぎる物はそのままだが、それ以外は部屋の各所にそれぞれ分けた。
フォラスはまだ帰ってこなく、アスモ一人だけ。
「……サボってもいいけど、まぁちゃんとやるべきだよな」
分けた武器はそのままに、アスモはフォラスの家を出た。そして、昨日教えられた通りに、小橋を渡って、村の西側のヘカミアさんの宅の裏側に向かう。
するとそこには子どもたちが集合しており、
「あー!アスモー!」
「ピニオンに、エイルロン、ウィング、プリューム。みんなこんにちは」
ピニオンが一番早くアスモに気付き、アスモは子どもたちそれぞれの名前を呼びつつ、挨拶をした。
「もうこんばんはでしょって!」
「あー、エイルロンの言う通りだよ。こんばんは」
「今日も遊んでくれる?」
ブリュームが恐る恐るをいった様子で聞く。
「もちろんだよ」
アスモは可能な限り優しい声色で、微笑んで頷いた。
子どもたちの相手をした後はフォラスの家に戻って一日を終える。しかし、その日フォラスは帰らず、アスモは一人で就寝した。フォラスのことだから勝手に夕食を摂っても文句を言ったり怒ったりすることはないだろうが、無許可でそういう行ないをするのは気が引けた。
幸い、眠れないほどの空腹ではなく、疲労も相まってさほど気にせずアスモは眠りにつき──
──
──
「──あれ?」
アスモは、違和感が無いことに違和感を感じた。確かに眠っていたはずだったが、寝た気がしない。目覚めた瞬間から体調は万全で、眠気の一つもない。不思議なくらい身体が軽い。
窓の外は真っ暗。昨日の睡眠時間を考えると、数時間で起きるのも納得できないことはない。昼過ぎから九時頃まで、大まかに九時間の活動時間と考えると、こうして早く起きてしまうのも仕方ないだろう。
(妙なくらい身体が軽いのは……夕食を摂らなかったことが関係してたりするのか? まぁとにかく、この体調で二度寝は難しい……)
「おはようアスモ君」
「あ、おはようございます……? フォラスさん」
声を掛けられてやっと気付いたが、寝室には既にフォラスが居たようだ。
「疑問詞があるね。こんな時間帯だとそうなるもの仕方ないとは思うけどさ」
「まぁ、そうですかもね。というか、おかえりなさい」
「ただいま。ごめんね遅くなって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。俺はあくまでお邪魔してる身なので全然お構いなく」
「そう遠慮しないでいいよ。私からすればお客様だからさ。ところでアスモ君、このまま寝るかい?」
「……ちょっと眠れそうに無さそうですね」
一切眠気も疲れも無い。そんな状態で二度寝できる気がしなかった。
「なら、そうだね……散歩にでも行くかい?」
「はい。行きましょう」
アスモはフォラスの後に続き、家を出て村を出て、一日ぶりに村の外へ出た。
月明かりが世界を照らす中、フォラスとアスモは並んで歩く。空を見上げれば星々が点々と浮かんでいる。蒸し暑さも肌寒さも無い、散歩するには丁度いい気温だ。
「アスモ君はさ」
「はい」
「これから世界を見て回りたいんだっけ? それってどんな理由なんだい?」
(……ぁ)
それは、アスモの咄嗟の思い付きで告げたことだ。見知らぬ人に記憶喪失という弱点を晒したくないという考えからの発言だったが、今のフォラスはアスモにとっての恩人へと昇格している。
(フォラスさんに嘘を吐き続けるのも避けたいところだけど、別に訂正しないといけないほどの嘘でもないんだよな)
そう。訂正しなくても問題無いのである。逆に、訂正する必要が無い嘘を、わざわざ嘘でしたすみませんと謝ることで、フォラスにアスモは嘘を吐く人間なのだと思われてしまうことの方がマズい。
「そうですね。……本当に申し訳ないのですが、生まれ育った地について詳しく話すことはできません」
記憶に無いから、という言葉を抜いただけで嘘ではない。
「それを前提で聞いて欲しいんですけど、外の世界を一切知らないまま今まで生きていたんです。なのであの村、ケルビムのことも知らなかったように、その他の村、町、都市、平原、山、川、湖とか、人工物も自然物も全部知りません。場所も形も名前も知りません」
なにもかも知らない。初めて出会った生物がフォラス。初めて出会った人間がフォラス。初めて会話をして人間がフォラス。初めて触れた人間がフォラス。初めて他の人間へ、村へ連れていってくれたのはフォラス。
なにもかもに、初めてという言葉を付き纏っている。
「だから世界を見て回りたい。だから世界を知りたいんです」
「ふーん。なら、一つだけ聞かせてくれ。君はその世界を見る旅でなにを成し遂げたいんだい? それだけが気になるんだ」
「なにを成し遂げるか……」
なにを成し遂げるか。とても難しい質問だ。
アスモにとってのこの旅はまだ始まってすらいない。スタートラインにすら立てていない──否、フォラスの手によって、やっとスタートラインに立てた状態だ。
それなのに成し遂げるという、旅の終わりと言っても良い事柄を現時点で決定するのは困難を極める。この世界の誰よりもこの世界を知らないアスモにとっては、死を超越することよりも難しい。
もちろん上辺だけの答えなら簡単だ。
成し遂げたいことは無くて、ただ好奇心から世界を見て回りたいと思っただけだと言えばいい。しかしそれでは面白くない。フォラスが望んだ答えじゃないだろうし、アスモにとってもつまらない。そんな回答は、上っ面だけ仲良しな乾いた関係性の人間が行なうやり取りで生まれるものなのだから。
「成し遂げるとしたら自分は、世界を変えたいですね」
「世界を変える……それは随分大きく出たね」
「冗談……いや、冗談じゃなくて、もしそれができる能力があればやるかもって感じの話ですね。力があれば私利私欲に尽くすか、その反対か。自分はその後者を選びます。まぁこれは規模を大きくした話なので、今の自分に見合った規模にすると……人助けに励むといったところでしょうか」
理想を語るだけ。それでいい。
アスモはこうしてフォラスと会話と重ねることで、自身のこれからの道を築きつつある。偶然にも、アスモにとってこの時間は貴重なものになっていた。
「なので成し遂げるという言葉は似合わないかもですね。願いじゃなくて夢くらいの軽さで受け取ってもらえると」
「……間違っていなかった、か」
「フォラスさん? なんて言いました?」
「独り言さ。気にしないでくれ。夢というのはとてもいいね。素晴らしいよ」
フォラスは笑った。一度笑って、頷き、アスモの背中に優しく触れた。
「アスモ君は夢を見たことがあるかい? さっきの夢じゃなくて、寝ている時に見る夢のことさ」
「夢は……まだ無いですね。フォラスさんは?」
「私はもちろん見たことあるさ。でも不思議な夢ばかりでね、もう一つの人生を送るような、ストーリーになってる夢なんだ。所々に途切れはあるけど、それほど違和感を感じない。朝起きて、食事をして、誰かと会話をして、最後には寝る。そんな夢さ」
「不思議な……?」
「あぁそっか。夢を見たこと無いんだから、私の夢が不思議かどうかもわからないか」
フォラスの言う不思議な夢というものがアスモには当然わからない。しかしフォラスがそう言うのだから真実なのだろう。アヒルの子のように、初めて見たフォラスの言葉を信じる。アスモの脳が意識していなくても、心は無意識のうちに許している。
「俺も夢を見てみたいですね」
「見れるさ。君ならね」
「俺なら?」
「あぁ。もちろんさ。君には他人より何十倍も、その機会が訪れる」
「そうですか……」
具体的じゃないフォラスの確証。しかし実のところ、アスモの内側の興味は僅かに食い付いていた。一体どんな夢が見られるのだろうかと。どんな楽しい情景を感じられるのだろうかと。
「人生まだまだ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり夢見て、君のその夢を、人助けを実行するといい」
「──はい!」
その後、真夜中の散歩を終えたアスモとフォラスは村へ戻った。眠れないほどの寒さでもなく、蒸し暑さでもないのに、アスモは眠れなかった。
月明かり以外にも、村を照らす光が点々としていた。




