3話──フォラス
「じゃーねー!」
「絶対明日も遊んでね!」
「絶対だからな!」
「またね」
子どもたちに手を振られ、アスモもゆっくり大きく手を振り返した。
「うん。また明日も遊んでくれると僕も嬉しいよ。ばいばいみんな」
子どもたちは散り散りとなり、それぞれの家に走り帰っていく。
「さて、まだ挨拶できてない人はいるかな」
子どもたちと遊ぶ中で、アスモは同時並行で村の人たちとも交流を深めた。様子を見に来た人や、子どもたちに連れていかれた先で出会ったりと、自然と輪に入ることができていた。
ただ子どもたちとの数時間で、村人全員と顔合わせができたとは思えない。
(にしても、夕焼けになるまで遊ぶことになるとはな……)
「おつかれ、アスモ君」
「フォラスさん」
フォラスは、アスモが子どもたちに声を掛けた辺りでその場から離れていたが、ちょくちょく様子を見に来てくれていた。
「どうだった? あの子たちは」
「そうですね。ウィング、ピニオン、エイルロン、プリューム。四人とも素直で良い子たちでしたよ。無邪気過ぎて疲れるくらいには良い環境で育ったんだなーって感じですね」
「それはよかった。……さて、私個人として君には聞きたいことが色々あるんだけど、それについては歩きながら話そうか。ほら、着いてきて」
「はい。俺も聞きたいことがあるので、その後いいですか?」
「なら先に答えるよ。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます。では──」
フォラスの後に続き、村の中心を走る小川に架けられた橋を東へ渡る。
ケルビムは、小川の西に六軒、東に三軒建てられている。ちなみに子どもたちは四人とも西側の家の子なので元気な声は後ろから聞こえてきていた。
また、ケルビムには村長的な役職などは無く、強いて言うならフォラスが村をまとめているらしい。移住してきたフォラスだが、まとめる役に抜擢されるということはそれほど彼女が優秀だということなのだろう。
近くの大きな町までは三十分ほどかかるらしいが、それはあくまでフォラスの移動速度での話なので、アスモが一人で目指そうとしたら相当日数が必要になる。ケルビムくらいの小規模の村なら五キロほど先にあるらしく、フォラスもその村からの帰りに偶然アスモと出会ったとのこと。
仮にフォラスと出会えなかった場合、アスモはあの道を右に進むつもりでいたため、結局人里に辿り着くには相当時間がかかっていただろう。
(大袈裟だけど、九死に一生を得たなぁ)
「こんばんはアラディアさん」
「あらフォラスさん。こんばんは。隣の子は確かアスモ君……だったかしら?」
小川を渡ってから一軒目を通り過ぎようとしたところで、偶然その家から出てきた人と目が合う。
アラディアと呼ばれた人とはまだ顔を合わせたことがなく、それでもアスモのことを知っているのは、フォラスか、他の村の人伝いで聞いたのだろう。
「はい。アスモと申します。少しの間ですがお世話になります」
「あらあら、ご丁寧にどうもありがとうねぇ」
アラディアはうふふと、手で口元を隠しながら笑った。ご婦人という言葉が良く似合う女性だ。
「ところでアスモ君はどこで寝るのかしら?空き家なんて無かったわよねぇ……?」
「アスモ君の寝床はちゃんと整えてあるから大丈夫さ。セーブについては問題ない」
「あらそうなのね。なら良かったわ」
「じゃあまた明日。夜更かししないでちゃんとリセットするんだよ?」
「そうねぇ。あたしったら、この間もちゃんと時間見てないせいで一日無駄にしちゃったのよ。もったいないことしたわ。あたしが言えた口じゃないけど、フォラスさんもアモス君も、リセットの時間には気を付けるのよ」
「もちろん」
「あ、あぁはい」
(……セーブ? リセット? この辺りの方言的ななにかか?)
アスモにはなんのことだかよくわからない単語が、フォラスとアラディアの口から発される。言葉の意味自体はなんとなくわかるが、この話の流れに繋がる単語ではないと、アモスは脳は判断する。
セーブは保存。リセットは消去。アスモのパッとした認識だ。先ほどの会話のそれを入れ替えると、
『アスモ君の寝床はちゃんと整えてあるから大丈夫さ。保存については問題ない』
『じゃあまた明日。夜更かししないでちゃんと消去するんだよ?』
こうなってしまい、全くと言っていいほど意味がわからない。
(……まぁいいや)
話の流れから意味を読むなら、睡眠関係の方言なのだろう。それさえわかっていれば詳細を知る必要は無い。
「そういえばフォラスさん。あなたに用のある方がいらっしゃったのよ」
「私に?」
「えぇ。なんの用なのかは言ってなかったけれど、ウィアードさんが訪ねていらしたの。あなたにもそう伝えれてって、そう言ってたわ」
「……ウィアード」
フォラスは顎を触って思案する。
「なるほど」
「ご存知の方かしら?」
「存じてるよ。それはそれに申し訳ないことをしたね。ちなみにどこに行ったかわかるかい?」
「ごめんなさいねぇ。他の人にも聞きに行ったみたいなのだけれど、その後はいつの間にかケルビムを出ていっちゃったらしいのよ」
「そっか。ありがとう教えてくれて。また何かあったら教えてよ」
「もちろんよ」
「おやすみ」
「おやすみなさい。また明日ねぇ」
「えぇ。また明日。じゃあ行こうか、アモス君」
「はい」
「って言っても、目的地は隣なんだけどね」
「隣……あの家ですか?」
アラディアの家の隣。アラディア家と比べ一回り大きく、一人暮らしの大きさではないように思える。二段の段差を経た玄関から、左方向に膨らんだ形状で、奥行きもある。屋根は平ための四角錐。
「そうさ。あれが私の家で、君が今日寝る場所でもある」
フォラスは頷き、そしてアスモを唖然とさせる言葉を告げた。つまりアスモはフォラスの家でお世話になるという事だろう。空き家や、多種多様な人へ貸し出す専用の宿屋ではなく、個人の自宅。
フォラスはそこに出会ったばかりの人間を泊めると言っているのだ。
「俺が寝る……フォラスさんの家……? じゃあフォラスさんはどこで寝るんですか?」
「なに言ってるんだい。私の家なんだから私もここで寝るに決まってるだろう」
「旦那さんとか兄弟はいます?」
「私は一人暮らしだよ」
「……わざと直接的な言い回ししますけど、出会って一日も経ってない異性を家に入れるのはいかがなものかと。俺が年端も行かない子どもならまだしも……これですよ?」
アスモは身振り手振りのジェスチャーで自分自身を示す。悪意は一切無いのでアスモ的には構わないが、警戒心ゼロなのはさすがに指摘せざるを得ない。
「そうして指摘してくれるアスモ君だから私も家を貸そうと思ったんだけどね」
「信用してくれるのは嬉しいですけど…………わかりました。誓って、変なことはしませんので、少しの間住まわせてください」
「もちろんだとも。明日か、明後日か、君には……」
「なんでしょう?」
「……いや、聞かなかったことにしといてくれ。それが今日の家賃だ」
「家賃と言われればもう俺はなにも詮索できませんよ」
アスモは手を頭の位置まで上げて、降参のポーズを取った。
「ならよし」
フォラスはアスモの言葉に頷くと、玄関のドアに手を掛けた。
「一応うちは土足厳禁だから、そこだけは頼むよ」
「はい。ルールにはちゃんと従いますよ」
「従ってくれるのは嬉しいし、従うには良いことだけど……無理はしないようにね。それだけは心に留めておくことをオススメするよ」
「えぇ。そうさせてもらいます」
「うん。ほら、どうぞ入って」
そんな言葉を交わしたのちに、フォラスはアスモを改めて迎え入れた。
「せっかくだ、何か食事するかい? お腹が空いていればだけど」
「いいんですか?」
「もちろんさ。とは言っても、急遽ではあるから豪勢なものは用意できないんだけどね」
「なにか手伝えることはありますかね」
「いやいや、君はお客なんだからゆっくりしといてくれ。一応君の寝る場所ももう用意してあるから、そこで身体を休めておいてくれ。きっと明日も子どもたちに連れまわされるだろうからさ」
手伝えることは無いかと提案したものの、家事ができる自信はアスモには無かった。だから一度大丈夫だと言われたら、もう食い下がらずに素直に頷く。
「本当にありがとうございます」
その後アスモは、フォラスが作ってくれた食事を美味しく頂いた。このような村では保存を重視するためか、干し肉を主体とした料理だったが、保存食らしさを一切感じさせない調理でとても満足度に長けたものだった。
また、フォラスは寝室の床を綺麗に掃除した上で布団を敷いてくれていて、床の材木の硬さも気にならない。なんだかんだ疲労は蓄積していたのだろう。同室のベットでフォラスが眠っていることも気にならず、寝具に違和感を感じることもなく、アスモはすぐに眠りに落ちていた。




