11話──別れ
「……質問、いいですか?」
「構わないよ。森羅万象を知り尽くしているわけじゃないから、答えられることには限度があるけどね」
「いつかは死ぬって、いつですか……?」
不老不死ではない。だが、死んでも生き返る。そんな世界の終着点はどこにあるのか。聞かずにはいられない。死への恐怖心を和らげたい。
命の価値が軽い。
もしかしたら、アスモも昨日ウィングに殺されていたかもしれない。命の価値が軽い人間たちに囲まれれば、ちょっとしたことで殺されるかもしれない。些細なキッカケも無く、唐突に殺されるかもしれない。
コミュニケーション程度に殺される可能性だって、あの子どもたちの様子を見れば考えるまでもないほどにありえる話だ。
だから、死を遠ざけたい。知りたいと、アスモは拳を握り締めながら、フォラスの答えを聞き逃さぬよう耳に集中し、目で口の動きを記憶した。
「六十年。赤子として産まれてからではなく、受精してから六十年だ。だから実際にその日を特定することは難しいけど、六十年経過すると……消える」
「消え……る?」
「さっきは死ぬって言っちゃったけど、果たして死ぬって言い方が正しいかは私にはわからない。六十年経過した人の身体は無くなるんだ。死体も、衣服と所持品すらも残らない。なんの予兆も無く居なくなる。でも、その後再び現れることはないから、実質的な死として私は考えている」
六十年という確定した寿命。どんなに足掻いても、怠惰に過ごしても、六十年経てば等しく消える。
余命宣告された気分だった。しかし同時に、安心感も覚えた。死にたくないけど、死んでも必ず生き返ることができる。それだけでも、子どもたちへの……この世界の人間たちへの恐怖心が和らいだ。
「他にも生きていくための常識を教えてあげよう。あまりゆっくりしていられない事情があるから、今日の内に聞きたいことは全部…………いや、ごめんアスモ君。ちょっと想定外だ」
「え……? なにが……」
「こっちの話なんだけど、急用ができた」
突然、なんの前触れもなくフォラスは急用だと淡々と告げる。
急用ならば、予想していない外的要因によって発生するはず。しかし、妙な音や震動はアスモには感じられず、訪問者も居ない。なのになぜ急用が発生するのだろうか。
「簡潔に言う。生きていくに必要なことだけ。いいね?」
「は、はい」
展開に追い付けないアスモに、新たな情報が与えられる。
「今のアスモ君が死んだとき、生き返るのはこの家のベットだ。アスモ君が寝ていたベット。そこが今のセーブ地点だ。どんなところで死んだとしても、リスポーンはこの家のベット。あぁそうだ、セーブ地点っていうのは、君が睡眠を取った場所のことね。新しい場所で寝ればセーブされて、この家じゃなくその場所で生き返ることができる。まぁ、リスポーン地点の変更だね。そこら辺を覚えておけば、最低限この世界で生きていくには十分さ。変に怪しまれることもない」
フォラスは立ち上がり、口を付けていないカップをすぐ近くの台所へ持って行く。
「この村の人たちを頼ると良い。私は少しの間、村を離れる。用事が終われば戻ってくるけど……いや、そうだな。君はどうしたい? この村に残りたいなら、この家を使い続けてもらって構わない。もし村から出て、世界を見に行きたいなら、いくつか道具と路銀をあげよう。選択は自由さ」
「ちょっと待ってくださいよ。まだ理解が追いつかなくて……!」
まくしたてるように浴びれられた情報に、アスモは混乱に追い込まれる。
「離れるって……フォラスさん、一体なにが!?」
最も気になったのは、フォラスが村から離れるということ。この村ではどうにもならないほどの大きな問題があるのではないかと、アスモは心配せずにはいられなかった。しかし──
「詮索はしない方が身のためだよ」
「っ……!」
気になる。ただの好奇心以上に、もしフォラスになにか大変なことが起きているのだとしたら、恩返しをしたい。命を捧げるとまでは嘘でも言えないが、そんなアスモでも少しでも力になれるのであればと。
だが、フォラスに詮索するなと言われれば、それこそその問題に突っ込もうとすることが迷惑になるということにほかならない。口を噤んで、了承するしか、アスモという弱い人間にはできないのだ。
「なに、どうってことないことさ。さっき言っただろう? 六十年経過しない限りは、何度でも生き返ることができる。私は死なないよ」
「ですよね……」
それでも一抹の不安が残る。ただそれは、この世界の常識に順応できていないアスモだからこそ感じる不安であり、実際はフォラスの言うようにどうってことないことなのだろう。
「ほら、深呼吸して。さっきは急用って言ったけど、言い換えれば用事ができたから出掛けてくるってだけのことさ」
「……」
アスモは目を閉じて、深呼吸。リラックスはできていないが、何も喋らず、深呼吸という行動だけに集中することで僅かに冷静さを取り戻す。
「わかりました。確かに、フォラスさんの言う通りです。……もっと気楽に生きるべきですよね」
「その通り」
フォラスはカップをから水気を拭いて棚に片付ける。
「この世界の人間はみんな気楽に生きている。怠惰に生きても明日を生きれるんだ。心配する必要なんてない。君が考えるべきことは、如何にして今日を、明日を楽しむか。それだけさ」
フォラスは微笑む。先ほどまで部屋に張り詰めていた緊張感は霧散し、アスモの肩から力が抜ける。
「……俺、世界を見に行こうと思います」
「なるほど。君はそっちの選択をするのか。後悔はしないかい?」
「そう言われると、せっかくの決意が揺るぎそう……というか、揺れちゃったんですけど……」
ジト目で訴えるような視線をアスモに向けられたフォラスは、茶化すように笑う。
「他人の言葉に揺さぶられるようじゃあ、まだまだだね」
「今度フォラスさんに会った時は、見返してやりますよ」
「そうだね。期待してるよ。……楽しみにしてる。気楽に、ね」
確かに、アスモは不安から焦燥感を抱いていた。しかし、その不安のほとんどは死の一文字が関わることであり、その死の謎も、フォラスがフォローしてくれた。
「じゃあ、約束通り色々渡すから、少しだけ待っててくれ、と言いたいところなんだけど、探したりまとめたりしてる時間が惜しいから、てきとうに取ってっていいよ」
「適当にですか?」
「うん。てきとうに」
「わ、わかりました」
急いでいることはわかるので、遠慮するより頷いてしまった方が良い。
「ほら」
フォラスが手のひらに収まるほどの小袋を投げる。慌ててキャッチすると、想像よりもずっしりとしていて、ジャリという金属が擦れ合う音がした。
「路銀に使っていいよ」
「本当に、至れり尽くせりで……本当にありがとうございます」
「なに、困ったときはお互い様ってやつさ。出世払いでいいよ」
五日間。長いようで短い日々だった。
フォラスにとっては人生二十数年くらいの中のたった五日間だろうが、アスモにとっては人生の百パーセント。
充実した日々だったし、絶対に忘れられない思い出となるだろう。アスモの手では零れてしまうほどの恩も残っている。年齢差を考えると失礼に値するかもしれないが、アスモにとって今のフォラスは母親も同義。先生であり、母親。
不安はあるが、フォラスに危険は無い。そうわかるからこそ、気楽になれる。
「はい!」
だから、笑顔で送り出せた。
いつかラス姉と呼べるくらい親しくなれたらいいなと、閉まった扉を見て思った。




