12話──さよなら
昼過ぎにフォラスが村を出て、アスモは失礼ながら家の中を物色させていただいた。許可を貰っていても、若干の罪悪感と背徳感を感じる行為だった。
せっかくなので、自分も手伝って作った干し肉を頂戴する。それと、なんにも使われて無さそうな、埃を被っていた袋や布。できるだけ量は多くならないように考えつつ、荷物をまとめていく。
静まり返った家の中。フォラスが出掛けていた時と同様なはずなのに、今は空虚な雰囲気だ。胸が熱くなるのは、悲しいからか、これからの旅が楽しみだからか……結論は出さない。
「よし」
死にたくないけど、もしもの時はこの村に戻ってこれる。リスポーンという未知の事象によって。
だからちょっとだけ気楽に、外に続く扉を開けれた。
「あら、アスモ君」
「アラディアさん」
家から出るとちょうど家の前を横切るようにアラディアが歩いており、扉が開く音に気付いたのかこちらを見ていた。
そして視線を少し下げ、なにかに気付いた顔をする。
「もしかして、もう行っちゃうのかしら?」
「フォラスさんから聞いてたんですね」
何故アラディアがアスモが村を出ていくことを知っているのか。その理由にはすぐ勘付いた。フォラスだ。彼女が、村を出ていく前に挨拶をしたのだろう。そこで、アスモも村を出ていくと教えた。だからアラディアは、アスモが肩からバックのように下げた袋を見て、村を出る準備が整っていると判断したのだろう。
「はい。おっしゃっる通りで、これから別の町に行こうと思います。五日間お世話になりました」
しっかりと、頭を下げてお礼を言う。
そういえばフォラスには感謝さえ言ったものの、こうして腰を折って頭を下げることはできていなかった。次会えたときは絶対に態度でも感謝を伝えつつ、出世払い分の恩を返せそうと、アスモは決意を胸に秘めた。
「寂しくなるわねぇ。フォラスさんもアスモ君も居なくなるんだから、活気が無くなっちゃうわ」
「そんなことないですよ。ケルビムには子どもたちもいますし、アラディアさんもまだまだ元気じゃないですか」
「そうねぇ。でもあの子たちと遊んでくれる子がいなくなるのは、あの子たちにとっても悲しいでしょうねぇ。それと……あたしがまだまだ元気ってどういうこと? そもそもあたし、元気だって持ち上げられるほどの歳じゃないと思うんだけれど?」
表情は優しい。しかし、何故だろうか。怒気が混じっている気が……気ではない、絶対に今のは失言だった。このまま無言の時間が続くのはマズいと、アスモは慌てて訂正する。
「すみませんそういう意味で言ったんじゃなくて……!」
「冗談よ」
うふふと笑うアラディア。しかし、冗談だとは思えない凄味を感じる。もしかしたらフォラスよりも底知れない人なのかもしれない。
「ま、まぁ、とにかくお世話になりました。アラディアさんが引っ越したりしないなら、また俺ここに帰ってきたりするので、その時はよろしくお願いします」
「あらそうなの? あたしてっきりお別れだと思ってたわ。ならちょっとだけ寂しいわ」
「お別れじゃないとちょっとになるんですね」
なかなか掴めない雰囲気の女性だ。しかし、不思議と怖くはない。
──子どもたちよりもずっと。
「じゃあ、他の方たちにも挨拶をして、ここを離れます。ありがとうございました」
「えぇ。また会いましょうね」
足が震えているのは気のせいじゃない。アスモは竦んでしまっている。
意味は分かった。異常じゃないということも。それでもあれは、脳裏に張り付いて離れないトラウマとして、心を縛り付けている。
「ふぅ……」
いざとなっても生き返れる……はず。そんな不確定な希望に身を任せ、礼儀と義理を果たしに行く。
村の中の少し開けた場所に集まっていて、おかげで探す手間は省けた。
「アスモだ!」
「お兄さん!?」
「こんにちはアスモさん」
「今日も来たな!」
エイルロン、ブリューム、ピニオン、ウィング。四人は今日も親しげに遊んでいた。
しかし、アスモには小さな悪魔にしか見えない。無邪気な子供だからこそ、殺し殺されも遊びの中に含まれる。ちょっかいをかける軽さでいきなりに剣を向けられ刺されてもおかしくないと、アスモは純粋な子どもたちに向く疑いの心を消せない。
三秒に一回は、ウィングの腰に今日も携えられている剣を見てしまう。
「っ……」
奥歯でも噛み砕けないような固い恐怖で喉が詰まる。
「どうしたんだ?」
罪悪感なんて一切無い、無垢な表情で悪魔が見上げてくる。否、罪悪感を感じる必要は無い。この世界ではアスモの思考こそ異質なのだから。その思考さえなければ、ただの可愛い子ども。
『この世界の人間はみんな気楽に生きている。怠惰に生きても明日を生きれるんだ。心配する必要なんてない。君が考えるべきことは、如何にして今日を、明日を楽しむか。それだけさ』
「……こんにちは。みんな今日も元気いっぱいだね」
「今日も遊んでくれるの?」
ブリュームがわくわくを隠せない様子でウィングの隣に並ぶ。
ウィングに対しての恐怖心は無いようだ。考え方の違いだとわかっていても、アスモはブリュームが自分よりも強く眩しく見えた。そして、近寄られた瞬間に拳に力が入ってしまっていた。
「ごめんね。今日は遊べないんだ。みんなは僕がこの村の住民じゃないことは知っているでしょ?」
子どもたちは揃って『うん』と言いながら頷く。
「僕、他の町に行くことにしたんだ。だから、今日でお別れ」
「えーーー!!」
ウィングの驚きが早く、続いてブリュームたちもアスモの言葉を理解する。
「お別れなの……?」
悲しげに俯くブリューム。
何故、その様子を見て罪悪感が湧くのだろうか。恐怖の対象に罪悪感を抱くというちぐはぐ。アスモは己の思考が理解できない。
「……でも、ちゃんとまた帰ってくるよ。長めのお出かけをするみたいな感じだから」
「ほんと……?」
「もちろん。僕が嘘付いたことある?」
自分でも、五日間の交流でなにがわかるんだと、信頼を試すような言い方に反吐を感じた。子ども相手だからこう言えば頷かせられると、ブリュームとしてではなく単なる子ども扱いをした。
嫌だった。
ブリュームが嫌なのではない。自分自身の態度に怒りが湧いていた。
「ううん」
ゆっくりと首を振り、潤んだ瞳でブリュームはアスモを見上げる。
「わかった。ぜったいだよ……?」
「絶対帰ってくる。約束だ」
「ん! やくそく!」
ブリュームは小指を立ててアスモへ突き出す。
「…………うん」
同じように、小指を立てて、ブリュームの小指へと絡めた。
「ずるい! おれも!」
「ぼくもやくそくしたい!」
「……やくそくですよ」
寂しそうに、ウィング、エイルロン、ピニオンも小指を突き出した。
『気楽に、ね』
蘇る言葉を反芻しつつ、左手で右腕を掴んで震えを悟られないようにした。一人一人と、小指を絡めて約束をする。
「また遊ぼうね、エイルロン」
「うん! 次はいつなの? 明日!?」
「明日は難しいかな。でも、すぐだよ。寝て起きてを繰り返せば、すぐだ」
「そっかぁ。わかった!!」
「ピニオンも、またね。次遊ぶときはもっと上手に絵を描けれるように練習しておくよ」
「はい。ぼくももっと上手になれるようにがんばります」
「一緒にお絵かきして、二人の作品とかも作れたらいいね」
「はい!たのしみです……!」
「ウィング」
「よし、こい!」
一拍の躊躇いの後、指を絡めた。
「……ブリュームを泣かせたりしたらだめだよ?」
「あたりまえだ! アスモも泣かせたりしたらだめだからな!」
「誰を?」
「ほかのばしょの女の子とか? もし泣かせたら、おれがお仕置きするからな!」
「っ……そうだね。なら絶対泣かせないように頑張らないとだ」
小指を離し、四人に向き直る。
「みんな仲良く、元気に過ごすんだよ」
四人の迷いのない肯定を耳にしたアスモは、強火から弱火になるように、心の痛みが和らぐ感覚がした。
それから、子どもたちの両親に挨拶に行く。運悪く出かけている人には身内や隣家に言伝を頼んだ。子どもたちの両親以外の、アラディアを除く大人たちとは深く関われていなかったが、嫌な顔も面倒そうな顔もせずに温かく送り出してくれた。
「慣れれば、本当にいい場所なんだろうなぁ……」
ケルビムの出入り口に差し掛かり、なんの脈絡もなく振り返る。
「……」
不思議と口角があがった。疼く恐怖を超えて、子どもたちの別れの言葉と大きな手の振りがアスモの背中を強く押してくれた。
「よし。いくか」
走り続けた記憶が鮮明に蘇る。更に歩けば、踏んだことのない地面へ変わる。
新天地へのワクワクが、アスモの足を軽やかにさせた。




