悪党だらけの街とかいう夢の狩場
リメインの街へ到着した海斗たち。
しかしそこは、盗賊団『黒い牙』によって支配された恐怖の街だった。
住民たちは怯え、絶望し、誰も逆らえない。
――だが海斗にとって、その恐怖は最高のごちそうでしかない。
そして早速、盗賊団の追手たちが現れる。
正門をくぐり抜けた先。そこに広がっていたのは、外から見たとき以上に狂った不夜城の光景だった。
きらびやかな魔導具の光に照らされているのは、大声を上げて酒を酌み交わす品性の欠片もない男たち。対して、その路地の片隅では、ボロ布を纏った住人たちが息を潜め、怯えたように地面を見つめて震えている。
「……カイト様、こちらです。大通りはあいつらの息がかかった者が多すぎます」
シエラがフードの隙間から周囲を警戒し、手招きをして薄暗い裏路地へと俺を誘導した。
彼女の足取りは重い。それもそのはずで、かつて自分の父親が治めていた平穏な街が、今や悪党どもの欲望と暴力にまみれたスラムへと成り果てているのだ。
すう、と鼻から息を吸い込む。
(……間違いない。どこを向いても、最高のごちそうの匂いがする)
他人の負の感情に敏感すぎる俺の体質が、防壁の内側に入ったことで完全に歓喜の悲鳴を上げていた。
大通りから伝わってくるのは、いつ理不尽に暴力を振るわれるか分からない住人たちの『慢性的な怯え』。
そして裏路地の奥からは、借金や飢えに苦しむ平民たちの『底なしの絶望』。
それらの感情が、目に見えない濃厚な霧となって、このリメインの街全体をどす黒く覆い尽くしているのだ。現実世界の学校で感じていたようなチミチミした悪意とは、文字通り桁が違っていた。
「ねぇ、シエラ。あそこにいる人たち、みんな何にそんなにビビってるんだ?」
あえてトボけた調子で、物陰から見える住人たちを指差して聞いてみる。
「……すべて、バルドたち『黒い牙』のせいです」
シエラは悔しそうに拳を握り締め、声を震わせた。
「あいつらは、逆らう者の家を焼き、見せしめに広場で暴力を振るいます。衛兵隊も買収されているから、誰も助けてくれません。住人たちは、明日は我が身かと、毎日怯えて暮らすしかないのです……」
彼女がそう語った瞬間、彼女自身の胸の奥からも、悔しさと恐怖が混ざり合った、極上の青白い霧がふわりと立ち上った。
俺はそれを歩きながら、サプリメントでも摂取するかのように自然に吸い込む。
「なるほどね。要するに、街の全員がそのバルドって奴に怯えてるわけだ」
「はい……。だから、誰もあいつらには逆らえないんです」
シエラは悲しそうに目を伏せるが、俺の胸の内はまるで逆だった。
(街の全員が怯えている。……ってことは、この街そのものが、俺にとっての『食べ放題のバイキング会場』ってことじゃん)
そう気付いた瞬間、ゾクゾクとした鳥肌のような快感が背筋を駆け抜けた。
なんて素晴らしい世界だろうか。人間の汚い感情に苦しめられていた俺が、ここではその汚い感情があればあるほど、無限に強くなれる。この環境こそが、俺にとっての本当のユートピアだったのだ。
「カイト様……? 急に黙って、どうされたのですか……?」
シエラが、俺の不気味な沈黙を察知して、不安そうに覗き込んできた。
その瞳には、先ほど正門で見せた俺の『怪物じみた力』への畏怖が、未だに濃く焼き付いている。
「いや、なんでもないよ。ちょっと、良い街だなと思ってさ」
「え……っ? この街が、ですか……?」
シエラは信じられないというように絶句した。
無理もない。どう見ても地獄のような治安の街を、迷い込んできたばかりの人間が「良い街」と評したのだから。変人だと思われても仕方がない。
「そうさ。これほど活気に満ち溢れた街は、そうそうないよ」
俺はクスクスと笑いながら、彼女の案内について裏路地の奥へと進む。
目指すのは、彼女が没落した後に身を寄せているという、旧市街の廃屋だ。
しかし、目的地まであと数メートルというところで、前方から不穏な足音がいくつか近づいてくるのが聞こえた。
「――おい、探せ! 正門を派手にブチ破ったバケモノと、ルミナス家のお嬢ちゃんがこの付近に逃げ込んだはずだ!」
「バルド頭領からの命令だ! 見つけたらその場で四肢を叩き折っても構わん、連れてこい!」
松明の明かりが、薄暗い壁を赤く照らし出す。
現れたのは、総勢十人以上の、武装した盗賊たちだった。先ほどの門番が、ちゃんと頭領に報告したらしい。伝書鳩並みのスピード感である。
「ひっ……!? もう追手が……っ!」
シエラが悲鳴を上げて俺のブレザーの裾を掴んだ。
彼女から噴き出す恐怖の霧が、周囲の空気を一気に美味しく染め上げていく。
「カイト様、囲まれました……っ! どうしましょう……っ!」
「どうしましょう、だって?」
俺は掴まれた裾を優しく解き、一歩、松明の明かりが照らす路地の中心へと進み出た。
集まってきた十人以上の悪党どもが、一斉に俺へと凶悪な視線を向ける。
人間の、新鮮な敵意と悪意。そして、獲物を見つけたという下卑た歓喜。
だが、彼らが俺の姿を視界に捉えた瞬間、俺は口元をこれ以上ないほど大きく歪め、獰猛に笑ってみせた。
「決まってるだろ。――お夜食の時間だ」
俺の体内から、どす黒い魔力の粒子が、不気味な音を立てて大気中へと吹き出し始めた。
読んでいただきありがとうございます!
ついにリメイン編へ突入しました。
海斗にとっては地獄のような街ではなく、むしろ理想郷みたいな環境ですね。
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