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盗賊に支配された街へ、怪物は笑いながら入場する

辺境の街へ向かう途中、盗賊団の見張りを軽く返り討ちにした海斗。

彼らから奪った情報によって、街「リメイン」が盗賊団によって恐怖支配されていることを知る。

そして海斗は気付く。

その街が、自分にとって最高の狩場であることに――。

「……嘘。カイト様、本当に、人間なのですか……?」

街道に立ち上る土煙がゆっくりと引いていく中、背後からシエラの、かすれきった声が聞こえてきた。

振り返ると、彼女はエメラルドグリーンの瞳を限界まで見開いたまま、信じられないものを見る目で俺を凝視している。その華奢な肩は痛々しいほどに震えており、全身からは、先ほどよりもさらに純度の増した、澄み切った青白い『恐怖の霧』が絶え間なく立ち上っていた。

「人間だよ。ちょっとばかり、他人の気持ちに敏感なだけの、ただの高校生さ」

俺はニヤリと笑い、拳に纏っていた黒い魔力の残滓を霧散させた。

そうして、光の粒子となって消滅した魔獣とは違い、気絶してピクピクと痙攣している三人の盗賊たちの元へと歩み寄る。

なぜなら、こいつらはまだ生きているからだ。死体からは恐怖の霧は出ないが、意識を失う寸前まで極限の絶望を吸い尽くしたため、今のこいつらは文字通りの『出がらし』だった。

「さてと。ただで街まで送るのも退屈だし、少し小遣いでも稼がせてもらうか」

俺は屈み込み、前歯の欠けた大男の革鎧の懐に手を突っ込んだ。

ガサゴソと探ると、中からジャラジャラと音を立てる布製の袋と、数枚の汚れた羊皮紙が出てくる。袋を開けると、中には見たこともない奇妙な刻印が押された、鈍い輝きを放つ銀色のコインが詰まっていた。

「カイト様、それは……この世界の通貨、銀貨です……。あいつらが平民から略奪した物だと思います」

シエラが恐る恐る距離を詰めながら、解説してくれた。相変わらず俺の一挙手一投足にビクビクしているが、それでも見捨てられるわけにはいかないという必死さが伝わってくる。

「へえ、銀貨ね。これだけあれば、とりあえず飯くらいは食えるか」

布袋をポケットに放り込み、次に俺は羊皮紙を広げた。

そこには、拙い文字と簡単な地図で、辺境の街「リメイン」の勢力図のようなものが描かれていた。どうやら、彼らが所属する盗賊団『黒い牙』は、街の権力者である悪徳貴族と裏で繋がり、街の治安維持組織(衛兵隊)すらも買収して、実質的に街を支配しているらしい。

「思った以上にドロドロだな、この街」

俺が呟くと、シエラは悲しそうに視線を落とした。

「はい……。かつては、私の父が治める平和な街だったのです。でも、父が謎の病で倒れ、領主としての権力を奪われてからは、一気に治安が悪化してしまって……。今では、あいつらバルドの一味が、逆らう者を恐怖で支配しているんです」

「恐怖で支配、ね」

その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で、カチリと何かが噛み合うような音がした。

人間を恐怖させて支配する悪党。そして、街全体に蔓延る平民たちの怯えと絶望。

(……最高じゃん。その街に行けば、俺の『ごちそう』が無限に転がってるってことだろ?)

ジュルリ、と心の底でヨダレが垂れる音が聞こえた気がした。

他人の感情の泥に塗れた現代社会は、俺にとって息が詰まる檻だった。しかし、この魔法界のドロドロとした環境は、俺にとってはむしろ、極上の料理が無限に提供される最高級のレストランにしか見えなかったのだ。

「よし、シエラ。情報は大体わかった。このまま街へ向かうぞ。案内を頼む」

「あ、はい……っ。こちらです」

シエラは俺の凶気的な笑みを目の当たりにして、またしてもビクッと身体を震わせ、大急ぎで街道の先へと歩き出した。彼女の背中からは、歩くたびに新鮮な青白い霧がゆらゆらと立ち上り、俺の鼻腔をくすぐる。

本当に、彼女を助けたのは大正解だった。こうして一緒に歩いているだけで、最高に美味い前菜バフをタダで供給し続けてくれるのだから。

街道を歩くこと、さらに数十分。

鬱蒼とした森の境界線が途切れ、ついに視界が大きく開けた。

「……あれが、リメインの街です」

シエラが指差した先。そこに、巨大な石造りの防壁に囲まれた、中世ヨーロッパを思わせる古めかしい街並みが姿を現した。

しかし、その活気はどこか歪んでいた。

日はすでに完全に落ちているというのに、街の中心部は魔導具と思われる怪しい光で不夜城のように照らされ、そこかしこから粗暴な男たちの笑い声や、何かに怯えるような、押し殺した悲鳴の波動が、風に乗って俺の元へと届いてくる。

すう、と息を吸い込む。

間違いない。街全体が、濃厚な『負の感情』で満ち満ちている。

他人の感情に敏感すぎる俺の体質が、防壁の向こう側から伝わってくる膨大な「怯え」「絶望」「焦燥」を敏感に感知していた。

「カイト様、あそこが正門ですが……」

シエラが街の入り口を指差しながら、声を潜めて言った。

見れば、頑丈な鉄格子のゲートの前には、槍を持った数人の男たちが立っている。だが、彼らが身に着けているのは街の衛兵の制服ではなく、先ほどの盗賊たちと同じ、薄汚い革鎧だった。

「正門の見張りまで、盗賊団の身内が交代してるみたいですね……。普通に入ろうとすれば、すぐにバルドに密告されて、捕まってしまいます……」

シエラは再び強い恐怖に囚われ、ガタガタと震え始めた。

彼女から噴き出す青白い霧が、夜の空気の中に濃く溶け込んでいく。

「捕まる? 結構なことじゃないか。向こうからごちそうが歩いてきてくれるんだろ?」

「え……っ?」

俺は震えるシエラの肩をそっと叩き、一歩前へと進み出た。

「安心しろよ、シエラ。お前をいじめる奴らは、俺が全員『美味しく』いただいてやるからさ」

俺は、これから始まる最高のディナーを前にした子供のように、純粋で、そして圧倒的に狂った笑顔を浮かべて、リメインの街の正門へと堂々と歩き始めた。

現実世界への未練? そんなものは、この街から漂ってくるあまりにも美味そうな「恐怖の匂い」の前に、完全に吹き飛んで消え去っていた。

第5話を読んでいただきありがとうございます!

ついに物語の最初の舞台となる辺境都市「リメイン」が登場しました。

普通の主人公なら「危険な街だ……慎重に行動しよう」となるところですが、海斗の場合は「恐怖が多い=ごちそうが多い」という発想なので完全に逆です。

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