悪党どもは最高のごちそうだった
いつも読んでいただきありがとうございます。
シエラを保護した海斗は、彼女の案内で辺境都市リメインへ向かいます。
しかし、その道中には彼女を追う盗賊団の見張りたちが待ち構えていました。
人を恐怖で支配してきた悪党たち。 そんな彼らが、本物の怪物と出会った時――。
第4話、どうぞお楽しみください。
「――おいおい、見ろよ。ネズミが罠にかかってやがるぜ」
鬱蒼とした森を抜け、辺境の街リメインへと続く寂れた街道に出た、まさにその時だった。
行く手を遮るようにして、ねじくれた大樹の影から下卑た笑い声を上げて姿を現したのは、三人の男たち。
一様に薄汚い革鎧を身に纏い、手には血の跡がこびりついた錆びた長剣や斧を握りしめている。
シエラが言っていた、街を牛耳る悪質な盗賊団の見張り――つまり、人間の悪党どもだ。
「ひっ……!? バ、バルドの部下……っ!」
シエラが短い悲鳴を上げ、俺の背中の後ろへと、弾かれたように隠れた。
それと同時に、彼女の華奢な身体から、甘くて濃厚な青白い『恐怖の霧』が再びブワブワと噴き出し始める。
相変わらず素晴らしいごちそうだ。だが、俺の視線はすでに、目の前にいる三人の悪党へと釘付けになっていた。
「おいおい、お嬢ちゃん。そんな妙な格好のガキの後ろに隠れても無駄だぜ?」
中央に立つ、前歯の欠けた大男が、品定めするような下劣な目でシエラを見つめて笑う。
人間の悪意。他人の怯えを愉しむ、ドロドロとした醜い感情。
他人の感情に人一倍敏感だった俺の体質が、彼らの心を手に取るように伝えてくる。
こいつらは平民を痛ぶり、怯えさせ、その絶望を支配することで優越感に浸っている、文字通りのクズだ。
だが、今の俺にとっては、そんなクズどもの悪意すらも、最高のスパイスにしか見えなかった。
「なぁ、シエラ。こいつらが、お前をいじめてる盗賊団の仲間か?」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、振り返らずに尋ねた。
「は、はい……っ! 街を支配している『黒い牙』という盗賊団の下っ端です……。カイト様、危険です! あいつらは、一般人なんて平気で殺すような狂犬で……っ!」
背後でシエラが必死に警告してくれる。彼女の怯えが強まるたびに、俺の体内の魔力はさらにパチパキと熱を帯びていく。
本当に、この子は最高の相棒だ。
「あ? なんだお前、その舐め腐った態度は」
俺の様子が気に入らなかったのだろう。前歯の欠けた大男が、イラついたように斧を地面に叩きつけ、凄んできた。
「ガキのくせに、ルミナス家のお嬢ちゃんを連れて逃避行か? ああ? 命が惜しかったら、その女を置いてさっさと失せな。そうすりゃ、手足の一本くらい残して……」
大男がそこまで言いかけた、その瞬間だった。
「……ねぇ。お前ら、早くしろよ」
「あ? 何をだと?」
俺はゆっくりと、ポケットから両手を引き抜いた。
そうして、獰猛な笑みを隠そうともせずに、三人の悪党たちを一瞥する。
「何って、決まってるだろ。早く俺を『怖がらせて』みせろよ」
「……は?」
盗賊たちは、一瞬、俺が何を言ったのか理解できずに呆然と顔を見合わせた。
無理もない。命乞いをするか、腰を抜かすはずの日本の男子高校生が、自分たちを前にして『もっとビビらせろ』と要求しているのだ。狂人の台頭である。
「このガキ、頭が湧いてやがんのか……?」
「おい、バルド頭領に女を連れてくだけだ。このガキはここでブチ殺しちまえ!」
大男の隣にいた、痩せ型の男が邪悪な笑みを浮かべて長剣を抜いた。
そして、一足飛びに俺との距離を詰め、その鋭い刃を俺の首筋めがけて力任せに振り下ろしてきたのだ。
「死ねやぁッ!!」
キィィィィン――ッ!!!
森の空気に、甲高い金属音が鳴り響く。
だが、次の瞬間、街道に広がったのは、圧倒的な『静寂』と、盗賊たちの驚愕の表情だった。
「――え?」
痩せ型の男の手が、恐怖でピキリと凍りつく。
なぜなら、彼が放った渾身の一撃は、俺の首に届く前に完全に静止していたからだ。
俺の、左手の『人差し指と中指』の二本だけで、長剣の刃の先端を、パチンと挟み込むようにして受け止めていた。
「う、嘘だろ……!? 剣を、指二本で……っ!?」
男が必死に剣を引き抜こうと力を込めるが、俺の指は万力のように固定され、ミリ単位すらも動かない。
第2話で魔狼の恐怖を完食した俺の肉体は、すでに人間の領域を遥かに超越していた。
「な、なんだあいつは……!? 化け物かッ!?」
後ろで見守っていた大男たちから、突如として、細く青白い霧が立ち上り始めた。
素晴らしい。ついに、悪党どもの心に『理解不能の恐怖』が芽生え始めたのだ。
「ほらほら、どうした? その程度かよ。お前ら、人間を怯えさせるのが得意だったんだろ?」
俺はニヤリと笑い、挟んでいた長剣の刃を、指先の力だけで強引に捻じ曲げた。
パキィィィンッ!!!
ガラスのように脆く、粉々に砕け散る鋼鉄の刃。
「ひ、あ、あああ……っ!?」
武器を破壊された痩せ型の男が、腰を抜かして地面にへたり込む。
その瞬間、彼の全身の毛穴から、今までにないほど濃厚で、どす黒い青色の『恐怖の霧』がブワァァァッ! と、まるで火山のように噴き出した。
人間の悪党が、完全に社会的立場も強がりも失い、ただの『弱者』に成り下がった瞬間の、最高に泥臭くて、最高にジューシーな恐怖の味。
「待ってました! いただきまーす!」
俺は笑いながら、男の顔面に手を伸ばし、空間ごと、その膨大な恐怖の霧を思い切り吸い込んだ。
――グゥウウウウウウウッ!!!
「、あ、は――……くぅぅぅぅぅっ! 効くぅ!!」
脳髄がカッと焼き切れるほどの、強烈な快感が全身を突き抜ける。
人間の悪意が混ざった恐怖は、野生の魔獣のものよりも何倍も刺激的で、一度味わったら二度と忘れられないほどの中毒性があった。
体内の魔力が爆発的に膨れ上がり、俺の周囲の地面が、プレッシャーだけでズズズ……と低く沈み込んでいく。
「ひ、ヒィィッ……!? こいつ、霧を、何かを吸ってやがる……っ!」
「化け物だ! 悪魔だぁぁぁッ!!」
残された二人の盗賊は、目の前で起きた異常現象に、完全に精神の限界を迎えていた。
彼らの全身からも、信じられないほどの量の青白い霧が噴き出していく。
もはや街道一帯が、俺にとっては最高級のフルコースが並ぶ『バイキング会場』と化していた。
「あはははは! いいぞ、もっとくれ! もっと俺を怖がれよ!」
俺はへたり込んだ男の胸ぐらを掴み、そのまま後方にいる大男たちめがけて放り投げた。
ドガッ!!!
「ギャッ!?」
三人の身体が重なり合い、街道の地面を転がる。
彼らはもはや、戦う意志を完全に喪失し、ただの怯える家畜のように「助けてくれ」「来るな」と涙を流して命乞いを始めていた。
だが、俺の手は止まらない。彼らから溢れ出る極上のスープ(恐怖)を、一滴残さず飲み干すために、俺はギラギラと黒く輝く拳を、彼らに向けてゆっくりと振り上げた。
背後では、シエラが、言葉すら失って、ただただ俺という『怪物の食事』を、信じられないものを見る目で見つめていた。
彼女からの畏怖の霧もまた、最高に美味い隠し味として、俺の力へと変わっていく。
「ごちそうさまでした。――じゃあ、お片付けな」
俺の拳から放たれた黒い魔力の衝撃波が、街道の土煙と共に、悪党どもの悲鳴を完全に掻き消した。
第4話を読んでいただきありがとうございました。
今回は海斗にとって初めての「人間相手の捕食」でした。
魔獣とは違い、人間には悪意や打算、プライドがあります。
だからこそ、それらが恐怖によって崩れ去った瞬間に生まれる感情は、海斗にとって格別なごちそうです。
一方でシエラから見れば、盗賊たちよりも海斗のほうが恐ろしい存在になりつつあります。
果たして彼女は、この怪物と行動を共にできるのでしょうか。




