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085 使命

「……見くびっていました。あなたのような亜人は本来、この音を聞いていては立ち上がれないほどに虚脱状態になる。鼓膜を破るなど、万に一つもできないはずでした」


 頬の傷を拭ったバージルは血を吐き捨てて言う。

 鼓膜を破ったのだ。その言葉は当然クロウには聞こえていない。


「いまオマエ亜人っつったな? 最初からそんな気がしてたぜクソ野郎」


 だがクロウは対峙する男を睨みつけながら言い返し、メイド服のスカートをばさりと翻す。

 太ももに括りつけられたベルトから取り出されたのは大振りのアーミーナイフ。

 猫耳獣人はその刃で長いスカートを素早く切り裂き、筋肉質のしなやかな脚が露わになる。


「純粋な人間(トールマン)以外は皆畜生(ケダモノ)ってな。クソみてえな説教が二度とできないよう、そのクソったれの舌は切っておかなくちゃあなっ!」


 啖呵を切り、ヒールを脱ぎ捨てて走り出すクロウ。

 通常の人間を遥かに凌駕する速度で床を蹴るがほぼ無音。

 バージルが防御態勢を取る暇もなく、アーミーナイフの間合いとなる。


「っ!」


 顔面を狙った一閃を回避した支配人が無言だったのは、宣言通りに舌を切り取られることを恐れたからか。バージルは続けざまに次々繰り出される突きを竜鱗が覆う腕でいなし、反撃にフェイントを織り交ぜつつ獣人からナイフを取り上げようと試みる。


「奪わせるわけねえだろっ!」


 だがクロウが一枚上手。

 バージルの電撃爪は獣人のメイド服を掠めるばかりで決定打とならない。逆に、時にナイフを足に持ち替え、時にはためいた衣服で目隠しをするクロウの手品のような格闘に翻弄されるばかりだ。


「ならば、無理やりにでも!」


 バージルはアーミーナイフの一撃をわざと肩で受け、わずかに動きが鈍ったクロウにカウンターを放った。

 身体中を義体化しているサイボーグですら感電させる高電圧を帯びた竜の爪。生身の獣人に少しでも食い込ませることができれば文字通り瞬く間にノックアウトできる。


「頭下げろ!」「迎撃任せる!」

「ぐあっ!」


 しかし竜爪は獣人の肉体を引き裂くことなく宙を掻き、代わりに金属質のハイキックがバージルの顔面に叩きこまれた。

 まるでピックアップトラックに撥ねられた小鹿のように吹っ飛び、床を転がるバージル。

 彼を蹴ったのはもちろんサイボーグ。

 ソルドはクロウが避ける前提で彼女の後頭部めがけてハイキックを放ち、獣人は期待通りそれを避けた。結果として、獣人の前に立っていた男はサイボーグに蹴られた。

 事実としては、ただそれだけ。

 だが。


「あなた、耳が聞こえていないのではないのですか……!」


 よろよろと立ち上がりながら支配人は問う。


「なぜ確認もせずに、背後からの蹴りを避けられる……!? なぜその亜人が避ける前提で蹴れる!?」


 その問いは怒りであり、嘆きでもある。


「……そうだな」


 答えてやる義務はないが、傍らの獣人に「あいつ何言ってんだ?」の顔をされたサイボーグは気まぐれに口を開く。


「この女は反乱軍で騎士をやっていて、戦闘経験は人並み以上。そしてこの女は自ら鼓膜を破った。俺も少し驚いたが、反乱軍の兵士をやっているようなアホが負けるために戦うわけがない。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならばこいつは耳が聞こえなくても戦えるはずだし、数秒観察しただけでそれが事実らしいと分かった。だからだ。こいつが背後からの蹴りを避けられる理由の方は、俺には分からんがな」

「おうおう! 言ってやれ言ってやれ! テメエみたいなクソ野郎には地獄がお似合いだ!」


 冷酷な判断を淡々と述べる男。

 耳が聞こえないせいでテキトーに野次を飛ばしている女。

 不釣り合いな二人に追い詰められた男は状況の馬鹿馬鹿しさを嗤いながら、吹っ飛ばされた自分が激突してひしゃげた檻から鉄の棒を折り取った。

 高電圧を発生させる竜の手がそれを握りしめると、低く唸るような音と共に青白いスパークが弾ける。


「……もう良いです。分かりました」


 立ち上がったバージルは電気を帯びた鉄の棒を二人の敵に向かって突きつける。


「この身が畜生になり果てたとて、私は大いなる者の信徒であり、国を憂うひとりの男。何人束になってかかって来ようと、あなた方のような冒涜の体現者に、負けるわけには……いかない!」


 叫び、床を蹴ったバージルの腕を一気に鱗が侵蝕する。

 異形化は肘まで進行し、バチバチと危険な青白い閃光が迸る。

 ただの鉄の棒が帯びる電圧はもはやサイボーグでも致死的であると、ソルドは観測するまでもなく悟った。


「おい、アレと格闘するのは流石に厳しいぞ!」

「今のは……三秒待て!」


 ソルドが身構えた時には既に、クロウはバージルとは反対方向に駆け出している。

 そこは部屋の最奥。両開きの大扉。

 クロウが手を伸ばすと同時に大扉が開き、その向こうからひとりの男が現れた。


「ソルドへこれをっ!」


 聞き覚えのある声のその男は……クロウの相棒の騎士、オウルは叫び、何かを放り投げた。

 カーブした細長いシルエット。

 ソルドが没収された刀だ。


「オマエのだ、ソルドっ!」


 落下する前にそれをキャッチしたクロウは鞘を外し、剥き身の刃をソルドに向かって投げつける。


「グッドタイミングだ、オウルっ」


 ソルドが向かってくる敵を睨みつけたまま後ろに伸ばした手に、最初からそうなることを約束されていたかのように刀の柄が収まった。


 直後、電撃を纏う半竜の男とサイボーグの影が交差する。

 振り抜かれた刀は白銀に輝き、生き残った男を祝福するかのように、徐々にズレていく断面から鮮やかな赤が噴き出す。


 ばたり、と。

 両断され、声を上げることもなく絶命したバージルの死体を見下ろしながら嘆息し、ソルドは呟く。


「排除、完了」


 そして視線を上げ、()()()()()()()()()()()()()()オウルを詰問しようと大扉の方を振り向いた時……()()()()()()()()()()()()()()()は、ゆっくりと拍手をしながら言う。


「よいショーだった、お疲れ様。おかげで久しぶりに部屋を出られたよ。このレットン・グリドール、最大級の感謝を君に捧げようじゃないか」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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