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084 殴り合い

 支配人バージルはタッ、と床を蹴り、躊躇なくソルドへと向かってきた。

 握りしめた拳の他に武器は見当たらない。

 脇を締め腰を落とし、隙を最小限にした格闘戦(ステゴロ)の構え。


 ソルドはステラを床に寝かせ、素早く応戦の構えを取った。ステラを戦闘に巻き込まないように場所を移動しつつ、繰り出される拳を躱しながら分析を進める。やはり凶器は検出されない。


「殺意の割には貧弱な武装だ。殺すって、素手で撲殺するつもりなのか? 野蛮だな」

「命を奪うのに野蛮も気品もありませんでしょう」

「同感だな。ただ」


 動作の解析完了。

 バージルの動きのクセを覚えた身体システムに従い、ソルドは銀の腕でカウンターパンチを放った。

 当然のように命中。両腕で防御したバージルが痛みにうめく。


「俺の拳は少々硬い。あんたよりはもう少しスマートに殺せるぞ」

「っ、そのようで……ですが、私も負けているつもりはありませんよっ」


 ソルドが次の攻撃に移るより早く構え直したバージルが殴り返す。その拳がクリーンヒットするよりもさらに早く、サイボーグに組み込まれた臨戦判断サブルーチンが彼の脳の判断を待たずに神経信号を発し、防御姿勢を取らせた。

 義体化していない者の素手攻撃の威力などたかが知れている。

 そのはずだった。


「ぐおっ!?」


 だが殴られた瞬間、ソルドの身体に衝撃が駆け抜け、視界が揺れる。

 身体システムがポップアップさせた警告を読まずとも、サイボーグにはその正体が分かった。

 筋肉を硬直させ、神経信号をかく乱する既知の感覚。

 感電だ。


「……あんた、身体改造は神への冒涜だとかなんとか言ってなかったか? どこの世界に拳からサイボーグを感電させるほどの電圧で電流を流すやつがいるんだよ」

「私はただより多くの者を救いたいだけです。たとえ私一人が神に見放され、地獄へ落ちるのだとしても」


 しゅる、と手袋を外すバージル。

 その素肌は、鮮やかな青色の鱗に覆われていた。


「ガレットでも竜と成った人間を見たと言っていましたね? その人たちがどうしていたのかは知りませんが、これもその一種です。もっとも、人間性を捨てないよう、部分的な竜化に留めていますが」

「成る程、ちゃっかり実験の恩恵は受けているってワケね。あんたの言動でうまくバイアスをかけられちまったようだ。最初から身体組成の方を分析していりゃ不意打ちもされなかった」

「さあ続けましょう。私の拳を受けて立っていられたのはあなたが初めて。正直驚いていますし、不思議な高揚感もあります」

「そりゃ普通は400(ボルト)で電気を流されたらどんな些細な電流でも即死するだろうからな。自分からチート使っておいて退屈だとか贅沢な事言ってんなよウナギ野郎っ!」


 床を蹴り、接近し、殴り合いが再開する。


 ソルドは臨戦判断サブルーチンの優先度を下げ、再学習が終わるまで自己判断を最優先する。

 彼はこの世界の来る前を含めても素手の攻撃で即死するレベルの威力の敵と戦ったことは無い。むしろ相手のほとんどは銃を持っていた。そういう偏りがある学習をしてきた臨戦判断サブルーチンに新たな概念を組み込むと、しばらくはどうしても判断ミスが付きまとう。

 一発や二発貰っても何の問題も無い相手ならあえて判断ミスを容認し、ミスるたびに強くフィードバックして学習速度を速める手もある。

 だが感電となると数発貰ったら身体システムごと逝きかねない。慎重にならざるを得ないのだ。


 数発避け、一発返す。

 その一発も威力より安全性を重視。カウンターを受けるわけにはいかない。


「どうしました? 攻め手が弱まっていますよ」


 一方で、バージルにとっては有利不利が逆転する。

 いくら硬く絶大な威力を誇るパンチを放ってくる相手でも、散発的にしか攻撃してこないならいなすのは容易。しかも、受ける部位さえ間違えなければせいぜい骨折する程度で済む。

 何より、この戦いは別に拳しか使えないスポーツではない。

 ゆえに蹴りも織り交ぜた絶え間ない攻撃が可能であり、しかも相手にとっては蹴りもまた、何か仕込まれていやしないかと警戒する対象。

 必然的に及び腰になるソルドへ、バージルは攻撃の間隔をどんどん狭めていく。


「そこです」


 じわじわと後退するソルドの懐へ大きく踏み込み、バージルはストレートパンチを放つ。

 隙が大きく、本来であれば()()()()如何様にでも対処できる攻撃。

 だが機械的な判断を行えず、無改造の反射神経で戦っている今のソルドは回避するしかない。


 大きく後ろへ飛び、距離を取るサイボーグ。

 それを見た支配人は笑みをこぼす。


「その距離であれば、間に合いませんねっ!」

「っ!」


 まずい。

 声を出す暇もない。

 バージルはソルドに背を向け、倒れているステラの方へと向かっていた。

 距離にして数メートル。ソルドの脚力では、出力の限界までいってもステラへの攻撃を阻止できない。


(砲が撃てる状態なら……!)


 今更後悔しても遅かった。

 靴を飛ばして時間稼ぎにしようにも、計算速度も神経伝達速度も足りない。

 全てが手遅れ。サイボーグを感電させる電撃が少女の身を焼くーーーその、直前。


「ごふっ!?」


 大きく踏み込み拳を振りかぶったバージルの頬にカウンターパンチが突き刺さる。

 その拳の主は、当然ステラではない。


「あーくっそ頭いてえ……! 聞こえなくなったら頭痛も終わるもんかと思ったのに!」


 悪態をつきながら、その女は更に数発のパンチと蹴りをバージルに叩き込み、強制的に後ろに下がらせた。


「クロウ……!」


 ソルドが安堵と驚愕の入り混じった声をかけると、その立ち上がった猫耳獣人メイド、クロウは彼の方を向いて「ああん?」と睨みつけた。


「何か言ったか? 鼓膜を破ったせいでほとんど何も聞こえてねえぞ!」


 宣言通り、クロウは耳の穴から鮮血を垂れ流しながら叫ぶ。

 激痛のはずだが痛がる様子はない。

 その代わりとばかりに、怒りの籠った視線をバージルに向ける。


「さあこれで2対1だぜ、クソヤローが」


 そしてビッ! と二本の指を揃えて突き立てて宣戦布告(ファックサイン)


「妙な音波をぶつけてきたのはテメーだ。卑怯とは言わねえよな?」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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