081 地下牢
「昨日あなた方が交換を希望したチップの分の銀貨ですが、少々用意に手間取っておりまして。同額の金であれば明日には用意できますが、いかがいたしますか? 重たくはなってしまうのですが」
「重量については気にしなくて結構ですわ。木箱か何かに入れておいてくださいな」
「承知しました。申し付けていただければ馬車まで運び、積ませます」
「それも大丈夫。ね?」
「……善処します」
支配人バージルの案内するままに歩きながら、ソルドは令嬢の言葉に曖昧な返事を返す。
偽造銀貨が大量に流通していることを考えると金での支払いは好都合だったが、ステラが期待しているように木箱に入った金のインゴットを丸ごと持ち上げられるかは未知数だ。まだ無視できる範疇ではあるものの関節部アクチュエータの性能も徐々に落ちてきているし、動作エラーも増えている。
(ほとんどノーメンテなんだ、当然といえば当然だな)
内心自虐しつつ、サイボーグは先日交換したばかりの右手を握り、開いてみる。手袋に包まれた銀色の指は何のエラーも起こさずスムーズに動作した。
義体化した部位で唯一健全と言えるのはこの銀の腕。詳しい原理は未だ不明ながら、寿命を消費して得られる電力さながらのエネルギー『魔力』で動いている。
今のところ動作不良を起こす様子もなく、タインルフェ商会へのカチコミで酷使した割には機械的な消耗も少ないようだ。いざとなれば他の義体化部位も魔力で動作するものに交換してしまうのもアリかもしれない。
(そんなことができる技術者、トールとスタームァ以外にも存在するのか?)
結局あの二人とは船で別々になって以来だ。
また会えると良いのだが。
「これからお連れいたしますのは、特別なお客様にのみ案内を差し上げているプレイルームです。くれぐれも他言なさらぬよう……」
と、ソルドの思考に支配人バージルの声が割り込んだ。
初日に仮面を受け取った受付を過ぎ、『ルミナス・ストリーム』のフロアに続くドアではなくその更に奥の廊下へと案内される。
ソルドたちは昨日受け取った仮面を引き続きつけていたが、どうやら仮面の有無に関係なく『ルミナス・ストリーム』のフロアを横切らないようにするための順路らしい。洒落た装飾が施されているが『関係者専用』と書かれた看板を過ぎ、突き当りの簡素なドアの向こうへ。
絢爛豪華なカジノフロアとは異なり簡素な事務所のようにしか見えないが、制服を着たスタッフたちが通路の両脇にずらりと並んでお辞儀をしている。
「ここが……」
クロウが呟いたが、それ以上は言わない。
そう。おそらくここが、先行して潜入していた反乱軍『フェンリル』の工作員が消された場所。
ソルドは清潔なはずの空気に漂う死の雰囲気に仮面の奥で顔をしかめつつ、周辺を軽く見回して、立っている者たちの網膜を軽くスキャンする。
(オウルは、ここにはいないみたいだな)
反乱軍のさわやか騎士オウルはソルドたちの『おじさま』に化けていたのだから当然ではあるが。
彼のバックアップは、あまり期待できないかもしれない。
「何ここ。こんなところで別の遊びができますの?」
「いえ。目的地はもう少し先でございます」
「あらそうなの。それじゃあもう少し我慢します」
「恐れ入ります」
いかにもアホっぽい質問を繰り出すステラに、支配人バージルは丁寧に答えた。
ステラの態度はおそらく真の目的を悟られないようにする演技だろうとソルドは推察するが、ちょっとわざとらしすぎる気もする。
あるいは、本当に先祖返りならぬ『貴族返り』を起こしているのかもしれないが。
「下りの階段がありますので、足元にご注意を。魔力ランプを人数分用意しておりますので、ご活用ください」
「それって、使ったら寿命が減るんじゃ……!」
「ご安心を。魔力はあらかじめ充填済みですのでお客様の生命力を消費することはありません」
支配人バージルがさらにもう一枚の扉を開けている間に、スタッフたちから一行へランプが手渡される。一見普通にマッチか何かで火をつけて使う構造に見えて、下部にあるトグルスイッチのようなものを倒すとぱっ、と炎がついた。ほぼ電池式と同じ使い勝手だが、充填されているという魔力のおかげだろう。
(寿命が長くて魔力の消費に躊躇いが無いマッドエルフをまだ一人も見かけていないこの街で、一体誰の魔力を充填しているのかは、今は気にしない方が良さそうだな)
ソルドは浮かんだ疑問を胸の内に仕舞いつつ、火のつけ方を分かっていなさそうなステラにスイッチの場所を教えてやった。クロウの方は使ったことがあったのか、既に点火済みだった。
「十分明るくなりましたね。それでは降ります」
全員のランプが点火したのを見たバージルはにこりと笑い、扉を開けた先の階段を下っていく。
かつ、かつ、と複数こだまする音がらせん状の階段を震わせている。
「ま、まるで地下牢に下っていくような気分ですわ」
「地下牢……確かに、このミステリアスな雰囲気をそう呼称するお客様は過去にもいらっしゃいました。それに、ある意味では似たようなものかもしれません」
「えっ……?」
ソルドの右腕がぎゅっ、と引っ張られる。
傍らを歩くステラがバージルの言葉にビビッて抱きついてきたからだ。
「『お嬢様』、あまり強く掴むとうっかりバランスを崩した時に共倒れになってしまいますよ」
「そ、そしたら『S』、あなたが転ばないように踏ん張ればいいじゃない。力持ちなんだから、それくらい余裕でしょ。それにわたくし、別に強く掴んでなんかいないわ。念のため、少しだけ掴んでいるだけ」
ステラは口ではそう強がりつつもますますソルドの腕を引く力が強まっていくうえ、段々階段を降りるスピードも落ち始める。
(尋常じゃない怖がり方だ。原因は分からないが、もしかして俺が背負って降りた方がいいか?)
などとサイボーグ執事が考え始めた、その時。
「うっ、何か頭が痛くなるような音がしてきたっす……」
ずっと黙っていたクロウが額に手を当てて呻く。
聞き返そうとしたソルドの電子鼓膜も、ほぼ同時に高周波のような音をキャッチした。キンキンして不愉快な、モスキート音に似た音だ。
「『お嬢様』は大丈夫ですか? 不愉快な音がしているようですが」
「音? 皆の足音しか聞こえないけれど……」
ソルドが『電子鼓膜』に高周波音をキャンセルさせつつ問いかけると、ステラはそもそも高周波音が聞こえていないらしく、きょとんとして首を傾げた。
「……環境的に、特に獣人の方はもしかすると不愉快な音を聞いてしまうことがあるかもしれません。必要でしたら耳栓を持ってこさせますが」
「いや、いいっす……『お嬢様』の声が聞こえなくなったら、それこそ一大事なんで……!」
クロウが断ると、支配人バージルは少し頭を下げて再び階段を下り始める。
そして数十秒後、とうとう螺旋階段を下り終わると、再び細長い通路。
その突き当りにあるドアを開けつつ、バージルは言う。
「お待たせいたしました。ここが目的地でございます」
がちゃ、と開け放たれて目に飛び込んできた光景にソルドは思わず、まあこんな事だろうと思っていたさ、と言いたくなるのをこらえる。
すり鉢状の観客席。
その底にある円形のアリーナ。
戦い合う二人の闘士は双方様子がおかしく、身体の一部が変色・変形しているように見える。
そしてどちらかの攻撃がヒットするたびに、観客席からは怒号と歓声が沸き上がった。
「……成る程、あそこの野蛮な闘技で賭けができる、ということですか?」
絶句しているステラの代わりにソルドが問うと、支配人バージルはふっ、と笑って、言う。
「いいえ。確かに見学の時間を設けても構いませんが……今は時間がありません。ですが、礼節をおざなりにするわけにもいきますまい。改めて、ご挨拶を」
ソルドたち一行に向き直り、男は深く礼をし、顔を上げた。
その顔には、もはや笑顔はない。
「ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト様。そしてその護衛ソルド。反乱軍『フェンリル』の工作員、クロウ。演技はもう結構です」
「っ……!」
三人が動揺するのを無視し、バージルはコロッセウムの方へ降りる方の通路とは反対方向……別の部屋へと続く通路を歩き始める。
「私は他ならないあなた方に問いたいことがあって、ここまでお連れ致したのです。文字通り、命懸けでね。さあ、どうぞこちらへ」
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