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080 お姫様

 ソルドが様々なセンサー系義体化(エンハンス)を搭載しているのには理由がある。


 目や耳という『人間に生来備わっているセンサー』は、電子義眼や電子鼓膜といったそれらの義体化も他の義体化に比べて広く普及しており、その分対策されやすい。

 日々を平穏につつましく暮らす者にとってはほとんど関係ないが、彼のように依頼人(クライアント)から汚れ仕事を請け負って生きる者にとってはハッキングによってほんの数秒視界を乗っ取られるだけで何も視えなくなるようでは命がいくつあっても足りない。逆に言えば、目や耳が潰れても周りを『視る』ことができるセンサーの数がそのまま生存確率に直結している。


 それ故にソルドは義体化に対する投資を惜しまなかった。

 そして自身の身体に搭載されたセンサーを総動員した彼が出した結論は、『ルミナス・ストリーム』上層階の宿泊施設内には、彼らの他に宿泊客は一人もいない、ということだ。


(工作員が消えたという地下へ続く階段、フェイクじゃなかったか)


 部屋の扉の内側にもたれかかったまま廊下に耳をそばだてること数時間、ソルドは少し拍子抜けした気分で背を離した。

 直後に扉がノックされ、扉を開けたソルドにホテルのボーイがカゴを手渡して去っていった。

 カゴの中身はパンと肉と……要するに朝食だ。

 手紙も一緒に入っており、「後ほど支配人が改めて伺います。本来のおもてなしができず申し訳ございません。簡単ではございますが軽食をご用意いたしましたので、ごゆるりとおくつろぎください」と丁寧な字体でしたためてある。 


(あちらさんから訪ねて来てくれるとは、早くも目標達成だな。ふざけた作戦の割にトントン拍子で進みやがる)


 ソルドが形容しがたい胸のむかつきを覚えつつ部屋に戻ると、いつの間にか起きたらしいステラがベッドの端に腰かけていた。カーテン越しに差し込む朝日に向かってぼーっとしていた令嬢は何やら気配を感じ取ったらしく、部屋に現れたソルドの方を振り向く。

 そして「うう~」とうめきながらヨロヨロと歩き、彼に抱きつきかかってきた。

 用意されたバスローブの下には何も着ておらず、つるりとした無改造の肌が所々露出している。


「ソルド……ああ、このハーブの様だけどハーブではない、銅像の様でそうでもないあなたの匂いは落ち着く……これだったらわたくし、何十時間でも寝ていられるのに……」

「まるで技術者のようなことを言うな。その匂いはおそらく義体化部位のオイルや冷却液の匂いだ。少なからず有害な化学物質だからあまり吸わない方が賢明だぞ」

「有害でもいい匂いならもうこの際関係ないわ」

「化学物質を吸いすぎてキマり始めた技術者みたいな事言ってるぞ。大丈夫か?」

「だって昨日は有害な上にひどい匂いだったんですもの……!」


 めそめそと訴えるステラが指差す先ではクロウが軽くいびきをかいて寝ていた。

 ステラと本来別のベッドだったはずが、どうやら彼女のベッドに潜り込んだようだ。クロウに割り当てられていたベッドの側には空いた酒瓶と細い葉巻。ソルドは彼女が何を訴えているのかを理解した。


「……さっき朝食を貰った。これでも食って気を紛らわすといい」

「そうする」


 頷いたステラにパンを手渡そうとしたソルドだったが、逆にその手を取られ、窓のそばのソファまで引っ張って連れて行かれた。令嬢はそのまま座るようにジェスチャー。素直に従った彼の膝の上に、まるで当然のようにステラが腰かける。


「いったい何のつもりだ」

「あなたの匂いに包まれながら食べようと思って。元はと言えば、あなたがわたくしと一緒に寝てクロウさんが入ってくるのを阻止していればこんなことにはならなかったのだし」

「俺はフロアの調査をだな……」

「ほら、食べさせて頂戴。殿方のお口とは違ってわたくしの口は小さいの。小さくちぎって食べさせてよね」

「はぁ?」


 ソルドは抗議の声を上げたが、ステラはあーん、と口を開けて動かない。

 仕方がないので、ソルドはパンやソーセージを本人の主張通りやや小さめな口元に運んでやった。


「ここのパン、おいしいわ。きっと素材の小麦がいい小麦なのね。ソーセージも。臭みも無いし、とってもおいしい!」

「小さな口で食べながら感想も言って、大忙しだな」

「なんでそんな言い方するの! もっと楽しく食事しましょ。ほら、あなたと初めて会った日のことを思い出さない? 村の酒場でこんなのを食べたでしょう?」

「確かに似たような食事だが……」

「あの時はソーセージを食べたことないって言うあなたにわたくしが色々教えてあげたでしょ。あの時のお礼だと思って、わたくしにもっと食べさせなさい」

「はいはい、お姫様……」


 色々言うのも面倒になってきたソルドは言われるがまま手を動かす。


(この女がハッキリとワガママを言ってくるのも珍しいな)


 ソルドはそう考えてふと、ステラがワガママを言うのは昨日一日『貴族』に戻れていたからかもしれない、と思った。

 本人にその気品が無さ過ぎて忘れそうになるが、ステラは貴族の娘だ。やはり貴族らしい暮らし・振る舞いが性に合っているのだろう。今まで浮浪者同然のその日暮らしだった反動もあるかもしれない。

 それならばストレス解消も兼ねて、この茶番には付き合ってやるべきなのだろう。


(金持ちの子供なんか、もっとムカつくもんだと思っていたハズなんだが)


 そんなことをボーっと考えていたからか、ほぼ無意識に目の前にある小さな後頭部を撫でそうになったソルドは銀の腕を緊急停止し、そのまま下ろした。

 我ながら油断しすぎだ。

 改めて自らを戒めたサイボーグは努めて機械的にパンをちぎっては運びつつ、視線を感じてベッドの方に目をやった。

 何故か全裸で四つん這いになっているクロウと目が合う。


「オマエら何朝からイチャイチャしてんの?」

「何してる? は俺のセリフだ変態猫耳獣人。理性を失って野生に還る前に服を着ろ」

「香水も忘れずにね。ひどい匂いだったわ、あなた」

「う、うるせーな。暑かったし、匂いに関しては、しょうがねえだろ……」


 のそのそとベッドを降りたクロウはローブを羽織りつつ、例の香水を首筋に吹きかける。

 そのプッシュ回数はソルドが記憶しているより2回多かった。

 もしかしたら傷ついたのかもしれなかったが、ソルドはワガママ令嬢の肩を持つことに決めていたので、特に慰めはしなかった。


 ーーーーー


 朝の支度を始めてからちょうど一時間経った頃、再びノックの音が鳴った。


 既にドレス(濡れたのをソルドが昨日乾かした)を着て準備万端なステラが扉を開けると、ひと目見て高級な生地だと分かるスーツを着た男がうやうやしく礼をした。


「お初にお目にかかります。(わたくし)は当施設の支配人、バージル・ハングドマン。特別なお客様がお見えになっているとお聞きし、お迎えに上がりました」


 顔を上げた支配人バージルはにこやかに言う。


「お客様にはぜひ特別な体験を案内したく、よろしいですかな?」


 その目は笑っていない。

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