079 鉄則
「わっ! 見てソルド、バルコニーに湖が!? 『ぷーる』とはこれの事だったんですのね!」
靴を脱ぎ、スカートを少し気にしつつもドタドタとバルコニーへ出るステラ。
汗ばんでいるその背中をなるべく直視しないようにしつつ、ソルドも後に続いた。
西部劇的な街並みの中で、ガス灯がケーキの上のろうそくのように揺れている。
一階部分に『ルミナス・ストリーム』を構える白き塔、その高層部分は貴族階級向けの宿泊施設になっていた。
さながら企業の連中が好んで泊まる高級ホテルのようだったが、流石に高さはソルドの知るそれには及んでいない。仮に及んでいたとしたらここまで上がってくるのに使用した原始的な昇降機では到底たどり着けていなかったはずなので、結果的に良かったかもしれないが。
なお、ソルドは身体重量を考えると(ガレットで見たような魔力仕掛けの高級品ではない)昇降機を使うのが躊躇われたため、緊急時用の階段で登ってきていた。おかげでイカサマ対決のせいで上昇した体温は未だ下がっておらず、身体システムの警告は出っぱなしになっている。
「砂漠のど真ん中でこんな高い場所に水を運んで溜めておける、ってのが一種のアピールってワケか。確かにすごいが、気に食わねえよな」
と、ソルドを後ろから追い越しつつバルコニーに出たクロウが言った。
いつの間にかメイド服を脱ぎ、簡素な肌着に短パン姿になっている。
「……頭に獣の耳がついてるから、首から下も毛むくじゃらかと思っていたんだが」
「そういう連中もいるけど、オレは違うな。歴代のご主人様たちの長きにわたる努力の結果、オレの血筋だと代々こんな感じさ。首から下はぜーんぶつるんつるんだぜ。見てみるか?」
「いや、いい。とりあえず俺は、休ませてもらうぞ……」
ソルドは上着、シャツ、靴および靴下を脱ぎ捨てると、水の中へ両足を突っ込みつつプールサイドに腰かけた。
下を履いたままにしているので、水を含んだ布が肌に張り付いて心地いい。背中の排熱用ヒートシンクも展開し、身体全体の急速冷却を図る。
「うわっ!? 何だオマエその背中の、えっ、マジで何……?」
「ソルドはあまりに暑いと背中からその突起を生やして熱を下げるんです。不思議ですけど、何やらそういう仕組みらしいですわ」
ドン引きのクロウに、ソルドを真似して水に足を突っ込んだステラは涼し気に答えた。
「ええ……確かにイカサマは凄かったけど、『悪魔』だって話は冗談じゃなくてマジなのかよ」
「俺は人間だぞ。信じなくてもいいけどな」
「まあ、つま先はヤギのひづめじゃないしな……まあ、味方ならなんでも良いけどさっ」
バシャーン! と水しぶきが上がり、顔をしかめるステラとソルド。勢いよく踏み切ったクロウが水中に飛び込んだのだ。
「うわっ、ちょっとクロウさん!? はしたないですわよ!」
「何マジメぶってんだよ! オマエだってじっとり汗かいてるじゃねえか。こういう時は、一気に水を被っちまった方がいいぜ!」
「引っ張らないで! ソルド、ちょっとたすけわぶっ」
悪ノリした猫耳女によって水中に引きずり込まれる没落令嬢。
冷却中のサイボーグにはクロウがステラを本気でおぼれさせようとしているわけではないと分かっていたので、ひとまず静観。
「やってくれましたわね……! 全身ずぶぬれになってしまったじゃないですかぁ! このっ!」
「お? 戦争か? 負けねえぞっ」
ばしゃばしゃと水を掛けあう女が二人。
ステラはドレスのままだったので、水を含んだ布が身体にじっとりと張りついていく。
「満足したらカゼ引く前に上がって来いよ」
「あら? ソルドはもう涼まなくてもいいの?」
「もっと効率的に身体を冷やさなくちゃならないんでな」
言いつつ、ソルドはなるべくステラの方を見ないようにしながら部屋に戻る。
以前に緊急排熱用のヒートシンクが展開した時の記憶はまだないが、ふと、どうしてそうなったのかに思い至ったのだ。
「……調査でもしてくるか」
自分が任務中であると思い出すべく、あるいは気分転換のために、ソルドはひとまず宿泊施設部分で行方不明の工作員の痕跡が無いかを探索することにした。
(別に生身の女の裸くらい、どうってことないと思っていたんだがなぁ)
同じ過ちは犯さない。
それが、傭兵として生き残るための鉄則である。
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