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078 イカサマバトル

「このテーブルで遊んでも?」

「……どうぞ」


 壮年のディーラーはその寡黙さをアピールするかの如くただ一言だけを告げ、ソルドは促されるままに着席する。

 テーブルにあるのは点数の配分表とダイスを投げ入れるエリア、銀色のダイスが7つ。

 そして他の席はテーブルを囲むように設置されていたが、観衆の誰もそこに座ろうとはしない。


「ではさっそく、始めましょうか」

「ええ。ですが、このゲームは一対一でも成立するものですか? 見たところ丁半博打(チョーハン・バクチ)のような雰囲気ですが」

「そのような名前はこのゲームにはありません。この地域特有の、伝統的な遊びです。私共は敬意を込めて『ゾディアック・ダイス』と呼んでおりますがね」


 言って、ディーラーは全てのダイスをカップに入れ、混ぜながらテーブルに伏せた。


「私が伏せたこのカップの中で、ダイスの出目がどうなっているかを当てる。それだけです。これだけであればありふれたダイスゲームですが……『ゾディアック・ダイス』の出目は少々特殊でして。このように」


 ディーラーによってカップが取られ、ダイスの出目が露わになる。

 3、4、4、1、そして、縦に積み上がったダイスが3つ。


「積み重なったダイスにも役があります。であればこそ、ダイスを振る我々にも高い技術力が求められる。『ルミナス・ストリーム』の名物と呼ぶ方もおられますな」

「成る程。立体的に積み上がるダイスの出目を『星座(ゾディアック・サイン)』に見立てている、と」

「左様で。美しいゲームでございます」


 壮年のディーラーは感じ入るように目を細めたが、すぐに冷静な仕切り屋としての表情に戻った。


「さて、最初の質問へお答えしましょう。本来であれば『ジャスト・ジャック』などと同じく数名のプレイヤーと私、ディーラーで勝負をしますが……お客様はどうやらかなりの実力者。せっかくの機会ですから、一対一の勝負といたしましょう。準備はよろしいですかな?」

「いつでも」

「では、参ります」


 ソルドの短い返事のあと、ディーラーは再びカップへダイスを投げ込み混ぜる。

 少し大きめに作られた紺色のカップの中で転がり跳ねる金色のダイスはまるで流星のよう。時折ぶつかり合ったダイスが心地の良い金属音を奏で、オルゴールに聞き入っているような心地の良い時間が流れる。

 そして……数秒の後、ディーラーは素早くカップを伏せる。

 音が止み、静寂が訪れる。


「ベット」


 ディーラーが短く発声。ソルドが役を当てる番だ。


「……ダブル・アンド・クロス」


 ソルドは手持ちの中から最低額のチップを賭けつつ、7つのダイスのうち2つ以上が同じ目、かつ、それ以外で接地しているダイスのうちひとつにのみ積み上げがある役を選択。


「ノーモア・ベット」


 ディーラーが言い、カップが開かれる。

 ダイスは、ひとつにのみ積み上げがあった。

 観衆がどよめく。


「流石です。一度見ただけでいとも簡単に当ててしまうとは」

「運が良かっただけです。続けましょう」


 当の本人たちはただ淡々とやり取りをし、次のゲームが始まる。


 ダイスが再び音を奏で、カップが伏せられ、開けられる。

 この単純な繰り返しで、ソルドは当然のように勝っていた。

 だが、それまでやったゲームと比べれば微々たるもの。

 2回勝てば2回負け、10回勝って9回負ける。

 まるで押し問答のように、きらきらと鳴る金属音の他には音もならないまま、静かにゲームが続いていく。


「……このゲーム、普通はまず無理っすよね」

「無理って、何が?」


 サイボーグが静かにギャンブルを行う中、それを後ろから見ていたクロウは呟くように言った。傍らで首を傾げたステラに、不良メイドは「これ、普通に役を当てられっこないっすよ」と補足する。


「こういうダイスのヤツは多くても3つしかありえねぇ……っす。それより多くなると出目を的中させるなんて難しすぎるし、何より役が爆発的に増えていくから覚えらんねえっす。だってのに加えてそこのそれはダイスが積み上がる可能性も考慮しなくちゃならないとか、現実的にゲームとして成立するわけないっすよ」

「でも『S』は現に何ゲームも続けているけれど、チップがあんまり減ってないわ。むしろちょっと増えているような?」

「それがあり得ねえって話で……『お嬢様』、あんな男どこで拾ってきたっすか」

「えっ!? それはアレよ、わたくしも賭けに勝ったのよ。ある意味で」

「あいつが『お嬢様』と一緒に行動をし始めた時期は知ってる。あいつが悪魔と呼ばれているのも。けど……」

「けど?」

「私にはそいつが、悪魔よりも恐ろしい何かに見えている」

「悪魔より、恐ろしい……」


 クロウのシリアスな口調に、ステラは思わずソルドの背中へと目をやった。


 鉄でできているかのように硬い、頼もしい背中。

 今まで遭遇したどんなピンチも彼が動けば全て解決した。

 まさに悪魔のような活躍。代償として魂を差し出す『契約』に相応しい。


 だが、確かに。

 魂を差し出すなんて、()()()()()()()でこんな力が手に入るものなのか?

 あの日自分が召喚したのは、本人も言うように悪魔では無いのだとしたら、一体ーーー


「こんなに賭けが強いなんて、悪魔なんかじゃねえ……! 神だよ、神! こんなのが味方になるんだったら、自分の命どころか親と子供と孫の魂まで売ってもお釣りが来るぜ!?」

「『C』、ギャンブル中毒すぎて素の育ちの悪さが露出していますわ。仕舞いなさい」


 ステラは興奮して手をわきわきし始めたクロウのあばらに軽くパンチしつつ、ほっ、と息を吐く。

 心配しすぎても仕方がない。

 今は『復讐』のため、悪魔でも神でも勝ってもらわなくては。


「が、頑張れ~『S』~」


 隣のチンピラメイドのように漂う緊張感を台無しにしないよう、没落令嬢は小声で応援する。

 その声を聞いたソルドはフッ、と笑った。


(頑張れ、な。確かにそうだ)


 自分の額に手を当てると、熱病にかかったかのように熱い。

 そして視界の端では身体システムが計算負荷の限界が近いと警告を発している。


(このままだとまずい。おそらくディーラーと俺と、お互いに)


 高熱は高い計算負荷が由来。その計算負荷の原因はこのゲームそのものにある。

 現在、ソルドは周辺のスキャンを常時行い、かつ、聞こえた音や手から伝わる振動、カップに投げ入れられた7つのダイスの角度などを常に計算し続けている。

 その上で大勝ちできていない。むしろ、負けないで居られているという状況。


 そう、このゲームは()()()()()()()()()()()()

 その表情からは全く読めないが、ディーラーもソルドが何らかの手段でダイスの目を読み取ってくることを前提で、イカサマで出目を操っている。

 確たる証拠こそないが、そうでなければとっくに大勝ちしているハズである。


「……なあ、ディーラーさん」

「何でしょうか」

「次の一投、()()()()()をしないか?」


 だから、ソルドはディーラーに持ちかけた。

 このままではつまらない勝負を積み上げた末にどちらかが破滅するのは避けられない。


「俺は『視ない』し、『聞かない』。あんたは『動かさない』し、『崩さない』。その代わり、俺は手持ちを全額張る。乗るか?」

「おっしゃっている意味が分かりません……などと、とぼける意味は無いですね。良いでしょう」


 ディーラーはおそらく、ソルドが出したのと同じ結論に達していた。

 だからこそ彼はカップを持つ手に妙な角度をつけるのをやめ、そこへダイスを落ちるがままにカラカラと全て入れた。


「私もここまで熱く滾る心地がしたのは久しぶりでして。言った通りの条件で、一回勝負です」

「そう来なくてはな」


 チップの小さな塔が全てテーブルの中央へ差し出され、その持ち主たるサイボーグは目を閉じ、テーブルから離した手でそっと耳を塞いだ。

 意味不明の高リスク行動に文句をつけようとした『お嬢様』の口を獣人メイド『C』が抑え、訪れた静寂の中、きらきらとかすかな金属音がして、カップが伏せられる。


「ベット」


 短い発声。


「セブン・アラインメント」


 短い回答。


「ノーモア・ベット」


 カップが開かれ、ソルドも目を開く。

 ダイスは、7つすべてが、6の目を下に、1の目を上にして、一直線の塔として積み上がっていた。


「……完敗、ですな」


 ディーラーが微笑むと、観衆からは自然と拍手が聞こえ始めた。


「部屋を用意させますので、今日はもうご休憩なさると良いでしょう。今この建物にある銀貨を全て集めても、あなたに払い戻すのに足りない。支配人には連絡しておきますから、明日またお見えになってください」

「そうさせて、もらいます」


 ふらふらと立ち上がったソルドは驚愕のあまり完全に硬直してしまっているクロウとステラの元へと戻る。


「ひとつだけ」


 と、その背中にディーラーが言う。


「……あなた、目以外で何かを『視て』いましたね?」


 手の内が見透かされたサイボーグはただ笑う。

 呼吸すら止めて、金で出来たダイス同士が衝突した際の電子のわずかな励起と、放出されている放射線の微弱なゆらぎを文字通り全身のシステムと計算リソースを集中させて検出した事、そして実力者なら最高難度の『技』を仕掛けてくるであろうという直感から答えを導き出したとは明かさず、一言だけ。


「次の機会があれば、また」

丁半博打(チョーハン・バクチ)

ソルドがいた世界にあったギャンブル。かつて極東に存在した日本という国からアジア人街に持ち込まれた。ディーラーが客に見えないようにダイスを振って、客がその合計が奇数か偶数かを予想するシンプルなゲーム。日本の伝統衣装を着た白塗りの女ディーラーが特殊な掛け声を掛けながら進行するエンタメ性がウケてカジュアルな人気があった。実行した瞬間を押さえられなければイカサマを黙認する独特のルールがあるが、もしバレると(それをしたのがディーラーであれ客であれ)その場で指を切り落とされる非常にスリリングな側面もある。


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