077 発達したイカサマは魔法と見分けがつかない
「……もう一度遊んで行かれるのですね」
「ええ。お嬢様がぜひ腕前を見せてくれとおっしゃるので。運がいいだけの素人なので、お手柔らかに」
引きつった笑みを浮かべるディーラーとは対照的ににこやかに笑って、ソルドは異世界版ブラック・ジャックこと『ジャスト・ジャック』の席に着く。
「では、始めます……」
ディーラーがカードを配り始めるが、同じ卓についている他のプレイヤー含み、周囲の人間の視線はソルドに注がれていた。
『ジャスト・ジャック』に使用するカードは、ソルドのいた世界におけるトランプの亜種のようなものだ。
1~10の数字、4種の紋章に関してはほぼ同じ。絵札はジャックに当たる絵柄が無いので、11が女王、12が王だ。
(名前には『ジャック』ってあるのに。まあ、その歴史を掘り下げるほど暇でもないが)
自然主義者カルトの占い師なんかに聞けば、若き者の不在は暗い未来の暗示だ、とか騒ぎ立てていたところだろう。
だがあいにく、ソルドはオカルトやらスピリチュアルから最も遠いサイボーグだ。
彼は淡々と、手元に来たカードを『処理』していく。
「ではもう一枚だけ引かせてもらおう……お、ラッキーですね。ぴったり20だ」
「なっ……!」
ソルドの申告に観衆はどよめき、ディーラー自身も動揺を隠さない。
それもそのはず。
彼は数回の『処理』においてほとんど負けておらず、負けるときは少額ベット、しかもディーラー側の数値が19、20など高い場合のみなのだ。
何かが起きているのは明らかだった。
「フロアルールによると、プレイヤーが20を出した場合、ディーラーは自身の状況に関わらず負けとなるとのことで……いやぁ、大きく張ったタイミングだったので緊張しました」
心にもないことをつらつらと述べながらチップを受け取るソルド。
当然ながら、彼はイカサマをしている。『ジャスト・ジャック』において彼は使用されたカードの全記憶……いわゆるカウンティングを行っていた。
普通はカードを注視する所作などで見抜かれ、摘発される初歩的なイカサマ。
しかし義体化によって視界に入ったものすべてがいったん電子記憶に記録されるソルドにとっては、ただ盤面をサッと見ればそれでいい。
あとはディーラーの心拍数や血流、生体電気のスキャン結果から隠しデッキ……ディーラー側のイカサマ用カードの存在を仮定して期待値を計算すれば、あとは勝てる勝負に高く勝ち、負ける勝負に安く負けておくだけでいいのだ。
というわけで、その後も同じことをさらに数セット繰り返し、ディーラーの心拍数が限界に達しつつあるのをスキャンしたソルドは「では、これはここまでにしておきましょう」と席を立つ。
彼が移動し始めると、周囲の観衆も伴ってぞろぞろと着いてきた。
「な、なんかすごいことになってきてしまいましたよ……『S』、これ大丈夫かしら」
「『おじさま』も大いに目立てばよいと言っていたではありませんか。それに、『お嬢様』にとっても社交界のよい話題になりますよ。ジョージ様の顔を立てる意味でも、ここは派手にやらせてもらいましょう」
当初とは別の心配をし始めたステラににこやかに微笑み返しつつ、ソルドが次についたのはルーレットボールの卓。ゲーム内容にはやはり多少の差異はあるが投げ込まれたボールがどの穴に落ちるかを予測するのは同じで、ゲームの名称もソルドの知っているのと同じだった。
「それでは、次はこれにしましょうか。ディーラー様、次のゲームから参加させてください」
「かっ、かしこまりました……!」
こちらのディーラーは『ジャスト・ジャック』を担当していた者よりも若い。
すでに動揺が目に見える彼だったが、街で一番のカジノに居るだけはあってやはり腕はいい。投げ込まれたボールがスムーズに盤を回り、穴に落ちるまでをひと通り見届けたソルドはチップを賭けていく。
「……ねえねえ、これはどうやって遊ぶの?」
「おっ、『お嬢様』も興味があるっすか? こいつはあのディーラーが投げた玉がどこに入るかを賭けるんすよ。ホラ、今投げた玉があの赤と白の数字のどれに入るかを予想する感じで」
ソルドがあまりにも淡々としているからか、逆に退屈してきてしまったステラが傍らのクロウの袖をちょいちょいと引っ張ると、猫耳獣人メイドは「とりあえず語尾を『っす』にしておけば敬語が崩れ過ぎずに済むな?」と考えたのか、チンピラ感マシマシで嬉しそうに答えた。
彼女は、クロウは酒と煙草とギャンブルが好きなのだ。かなり終わっている。
「例えば私なら……今の玉はキレが悪い気がするから白のどれかに入ると思うっすね」
「ああ、色で賭けられるのね。数字でしか賭けられなかったら当たりっこないと思ったんだけど」
「他にも下半分とか上半分とか色々あるっすけど、基本絞った方が倍率は高くなるっす。数字をピンポで当てた時の脳汁がたまらなくて……」
「『C』、あなた本当にギャンブルは控えなさいね? ところで『S』はまだどこに玉が入るか予想していないみたいだけど……」
「ああ、ボールが転がり始めてからしばらくはまだ大丈夫なんすよアレ。だからさっきの私みたいに玉の動きを見てから言えるっす」
「へぇ……じゃあ色でいくか数字でいくかを迷っているのかしらってえ!?」
「おわっ! マジか!」
呑気に話していたステラが声を上げた理由は単純だ。
一体何が見えているのか、ソルドが手元のチップを19番に全て押し込んだのだ。
「の、ノーモアベット!」
今まさに賭けを締めきろうとしていたらしいディーラーが我に返ったように発声し、ボールは盤の中心へと近づいていく。
観衆が固唾を吞んで見守る中……ボールは19番、ソルドが賭けた場所へと沈んだ。
唖然とするディーラーが他のベテランディーラーから死ぬほどアイコンタクトされているのを見て笑いながら、ソルドは言う。
「ラッキーでしたね。それでは、チップの配分をお願いします」
その後もボールが転がり、穴に入り、ソルドの手元にチップが移動する展開が続く。
そう、もちろん今回も彼はやっている。
今回は電子義眼、電子鼓膜による精密スキャンと義体化によって手に入れた計算リソースの暴力。
ボールの物理的な特性と投げ込まれた際の角度と速度、回転を元に、どの穴に入るのかを割り出す。そして当然、ディーラー側の『操作』も計算に入れている。
客にバレない程度に磁力か何かでボールの挙動を制御しているらしかったが、それは客が義体化していない前提。
ソルドが一度見てしまえば、その『操作』が行える限界とそれによってブレる玉の落下地点のブレも計算に入れてしまえた。
そうなればあとは外さない範囲で一番期待値の高い賭け方をしていけば、全勝できずともトータルで負けはしない、というカラクリである。
(とはいえ、ヒヤッとしたけどな)
ソルドは魂が抜けたようになったディーラーを置いてテーブルから離れつつ、ふぅと息を吐く。
(全賭けした最初の一投には当然隣に落ちる可能性も少しあった。もちろんあんたらに確実にイカサマをさせて計算しやすくする意図もあったが。まあ、せっかくカジノに来たんだ。少しくらいスリルを楽しんでもいいだろ?)
そして静かに笑い、最後の卓へ赴く。
いくつかのサイコロが置かれたそこには、すでにベテランのディーラーがついて彼を睨みつけていた。
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