075 ほどほどが肝心
大規模賭博場『ルミナス・ストリーム』の特徴はいくつかあるが、最大のものは入場に際して装着する仮面だ。入場者は受付で動物を模した仮面をひとつ貸し出され、場内に居る限りそれを装着しておかなくてはならない。
逆に言えば、全員がこれをつけることで『互いを詮索しない』と、ある種の同調圧力のような意識が働く仕掛けになっているのだ。
「『S』、あなたのお面は本当にそれでよかったの? ちょっと、ふふっ、おまぬけな見た目ね」
「構いません。私は『お嬢様』が無事ならそれでよいのですから」
いつものぶっきらぼうな口調を隠した『護衛S』、もといソルドは比較的控えめに肩をすくめる。
シカを模した面の『お嬢様』ことステラが指摘したおまぬけな見た目とは、ソルドの顔を覆い隠す猿の面の事だ。
受付で貸し出される仮面はいくつかの候補から選ぶか、興味が無ければ店側が選んだランダムなものとなる。
当然ソルドは面のデザインになど興味は無かったので、在庫が大量に余っていた猿の仮面を身に着けている。他の面に比べてデザインがリアル寄りなのが不人気の理由だろうが、ソルド自身にとって猿は絶滅動物なので特に嫌だとも思わなかった。
「『C』のお面は、鳥さん?」
「多分ニワトリだぜ。トサカがついている」
「……敬語、敬語が抜けてますわよ」
「あっ、と。えっと、雄鶏です、ね? オレ、いや、私は女なのに、ヘンな仮面を選んでしまいました」
妙な感じの拭えない敬語で取り繕うクロウを見て、ソルドはため息を吐かずにはいられなかった。
(改めて、むしろ罠であって欲しいくらいには穴だらけの作戦だ)
仮にも敵地だ。潜入するならもう少し入念な準備と訓練を経て、全てを最高効率で進めていくのが常識のハズ。
だというのにこちらのメンツは没落して久しい元貴族に無教養の工作員、そしてこの世界の一般常識すら危ういサイボーグ。手持ちの武器も没収され、あるのは雑なコードネームと、先に潜入している者と接触せよという指示だけだ。
ソルドがいつものクセで天井を仰げば、そこには壮大な天の川が横たわっていた。
高い天井を紺色で塗り、宝石をちりばめて作られた夜空。『輝く河』とはこれのことに違いない。
「それじゃあ『S』、『C』、準備はいいかしら」
と、何やら仕切りたいのかステラがソルドとクロウの前に進み出て言った。
「おじさまの方からわたくしたちを見つけて声をかけて下さるそうですから、ひとまず遊んでいましょうか。わたくし、こういうハデな遊びは初めてだから楽しみだわ」
『おじさま』とは先に潜入している工作員の事だ。
ソルドは『S』、クロウは『C』と呼ばれ、逆に二人はステラのことを『お嬢様』と呼ぶ。
「『お嬢様』、遊ぶのは良いですがのめり込みすぎませんよう。賭け事は『ほどほど』が肝要でございます」
「そうだぞ、じゃない、そうですよ『お嬢様』。こういうのは最終的に場を仕切るヤツが儲かるように出来ているんですから。ムキになったらあっという間にみぐるみ剝がされて全裸で地面に頭を擦りつける羽目になりますよ」
「そんなこと分かっているわ。わたくし、これでも金銭感覚はしっかりしている方ですから」
ステラはひらひらと手を揺らし、得意げに主張した。
「賭け事に熱くなるほどコドモじゃありません。所詮はおじさまと合流するまでの暇潰しですし」
ーーーーー
「なっ……! 三回連続で6を引いたって言うんですか!? あ、ありえない!」
「もうひと勝負いたしましょうか?」
「もちろんです! つ、次こそは……!」
「他の方もよろしいですね? では参ります」
涼しい顔でカードの束を切り直したディーラーとは対照的に、さっき余裕の態度で宙に泳がせていた手で配られたカードを握りしめたステラはまさに血眼で手札のカードの数字を凝視している。
「ハハッ。『お嬢様』、あっという間にハマっちまいましたね。ジャストジャックはアツくなったら負けが込むだけなのに」
「あれほど忠告しておいたハズなのですがね」
ソルドは何故か楽しそうなクロウの言葉に肩をすくめた。
ちなみにジャストジャックとはいまステラがやっているゲームのことだ。
ルールはほぼブラックジャックそのもの。1~12の数字が振られたカード各4枚で構成された山からカードを引き、数字の合計の大きさをディーラーと競う。ただし20を超えてはいけない。
「『お嬢様』の手の合計は……12か。ああいう手の時に欲張ってオーバーした時が一番『効く』よな」
「さあ。私はあまり賭けはしないので」
「へぇ、意外。得意そうなツラしてるのに」
「どういう意味だ、それは」
ソルドがヒソヒソと話しかけてくるクロウを相手にしていると、またもテーブルの方から悲鳴のような声が上がった。
見れば、ステラがテーブルに突っ伏して撃沈されている。残念ながら(そして当然ながら)してやられてしまったようだった。
「『お嬢様』、ひとまず休憩しましょう。アツくなりすぎですよ」
ソルドは周囲の仮面貴族たちの視線がステラに注がれているのを察し、突っ伏している彼女の背中を上着で覆い隠しつつ密かに囁いた。
「……取り返して」
「はい?」
「『S』! ここからはあなたが代わりにやって! そしてわたくしの負けを取り返しなさい!」
身を起こしたステラはソルドの胸元に縋りつきながら言った。
その目には涙が浮かんでいる。
「『お嬢様』、これはただの暇潰しだとあなたが言ったのですよ」
「う、うるさいっ! だってあのディーラー、きっといんちきしてる! 4回連続で6を引く確率がどれだけあるって言うのよ!?」
「多少はありますよ」
「だって、でも……でも、なんか腹立たしいのよあのディーラー!」
ちら、と視線を向けると、ディーラーは眉ひとつ動かさずに見つめ返してきて「交代なさいますか?」とすっとぼけるだけだ。確かにまあ、ちょっとムカつくか。
「……了解」
ソルドは小さくため息を吐き、少女の代わりに席に着く。
「ひとまず、負けを取り返すまではやってみようか」
「では、再開します」
配られたカードを眺め、切りながらソルドは思う。
やっぱり、義体化すると賭けを楽しめなくなるよなぁ、と。
ーーーーー
「やあ、お待たせ……もしかして、すごい瞬間にお邪魔してしまったかな?」
犬の仮面をした紳士がソルドに話しかけてきたのは彼が卓についてから少し後の事。
「いいえ。暇潰しにも飽きてきたところです」
ソルドは青ざめたディーラーからむしり取った大量のチップを手に立ち上がり、どこかで聞き覚えのあるさわやかな声をした紳士に向き直った。
「ちょうど臨時収入もあったのでVIPルームの方へ行きましょうか。積もる話もありますでしょう?」
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