074 十字
西部劇の街並みにラスベガスが融合している。
街を歩くソルドから見て、レットンの荘園ラスト・リゾートはそう形容できた。
ここに来る前に居た街ガレットはマッドエルフたちの魔法技術もあってほとんど東アジアのスラムそのものという雰囲気だったが、ラスト・リゾートは違う。そもそも、文化・技術水準がソルドの知るどの時代とも完全には一致しない。
無法者がリボルバー片手に強盗を働いていた19世紀のアメリカのような木造の建物や酒場が並ぶ通りにロンドン市街のイメージがあるガス灯のようなものが立ち並んでいるが、歩いている人間の格好はせいぜい近世でとても近代的とは言えない。
かと思えば煌びやかな金属細工の看板装飾がネオン代わりに掲げられているのであろう松明の光を反射し、ここが賭博の街であると全力でアピールしている。
(そして……何より十字架だな)
賭博場と酒場、安宿に混ざって所々に建てられているのは教会だ。その建築様式もあれこれ混ざったような見た目だが、結局のところ十字架が掲げられているので宗教施設だとは見れば分かる。
ただし、十字架は逆さま。
ソルドの知っているソレが逆立ちしているのは少し滑稽に見えたが、たまたま形が似ているだけで処刑後に復活したとされる誰かさんが由来では無いというだけだろう。
「そんなに教会が珍しい?」
と、周囲に視線を走らせていた護衛を見て、その傍らを歩く没落令嬢は首を傾げた。
「ああ。あんたの護衛を始めて以来、初めて見た。他の街には無かったよな? あの十字架」
「十字……ソードクロスね。スレイズ教の証」
「殺戮教? なんだその物騒な名前の宗教。まさか殺人を教義としているとかじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ。あなたは悪魔だからそういう神様を信じているかもしれないけれど、スレイズ教はもっとまっとうな信仰よ。少数派だけどね」
「まっとう、と言うと疑問があるけどな。オレは」
得意顔で語るステラに割って入ったのは猫獣人メイドと化しているクロウだ。
出発の直前まで吸っていた葉巻と香水の匂いが混ざり最悪……かと思いきや、香水選びが良いのか本人の主張通り煙草の不愉快さを抑えた独特の良い香りがしている。
「人喰いの竜への生贄に捧げられた巫女は隠し持っていた二振りの短剣で竜の喉を突き、溢れ出た血を浴びて聖なる力を得、竜を従えて人の世に平和をもたらした。殺しは殺しでも竜殺しだ。ソードクロスは巫女が持っていた短剣のモチーフであり、生前に善く生きた者は竜に転生して竜に仕えられる……死んでもまだ誰かに従う負け犬根性が気に食わねえ。あと死体の喉を剣で突いて、血抜きをしてから埋葬するってのも不気味だしグロいし」
「ちょっとクロウさん! スレイズ教は国王様も認めている正当な信仰です。そのような言い方は……」
「はいはいお行儀が悪うございました」
「で、その少数派の宗教の教会がここらではやたら流行っているというわけだ。多数派の方の教会は見当たらないよな?」
話の主導権を取り戻さないと二人が喧嘩を始めそうだったので、ソルドはステラが何か言い返す前に問いをぶつけた。
「確かにシルト正教……えっと、要するに多数派の方の教会は見当たりませんわね。窓が盾の形をしているから分かりやすいのですが。」
「成る程、窓の形か。確かに見覚えがあった」
電子記憶はこういう時に便利だ。
検索をかければ、自分が覚えていなかった光景を引っ張り出してきて思い出せる。
「でしょう? シルト正教の教会はどこの街にもひとつはあるものですよ」
満足げに頷いたステラは、しかしそのまま首を傾げて、
「それがひとつも見当たらないとは、レットンがスレイズ教の熱心な信者なのでしょうか」
「そりゃ信者だろうさ。レットンだけじゃねえ。熱心に、下らない祈りを捧げているんだこの街の連中は」
む、と再びステラに睨まれたクロウは葉巻を吸う代わりなのか、唇に手を当ててせせら笑った。
「単純な話だ。さっきの『伝説』の解釈のひとつをゲン担ぎしてんだよ」
「ゲン担ぎ?」
「巫女が竜の喉を突く時のエピソードによると、竜に相対した巫女はわざとバレバレな演技で背中に短剣を隠した。それが気になった竜が顔を近づけてきたところをブスリ、で巫女の勝ち。要するに巫女は『賭けに勝った』……だから彼女に祈れば賭けに勝てる。短絡的な発想だわな」
「それでこの辺りにはこんなに教会が……クロウさん、あなた詳しいのね。もしかして結構お勉強熱心な方なのかしら」
「別にっ。ただ任された仕事を知識不足で失敗するのがイヤなだけ。一番くだらねえだろ、そんなの」
ほぇ~と感心の声を漏らしながら見つめるステラから、クロウはふいっ、と顔を逸らす。
猫耳がパタパタ動いているのは、何の意思表示なのだろう。
「仕事に対する姿勢は全く同意だが、ならば聞いておきたいことがある」
「あんだよ」
「今向かっている目的地についてだ」
ソルドはクロウが振り向かないのには構わずに続ける。
「ラスト・リゾートの中心地であり最大の賭博場『ルミナス・ストリーム』……偽造身分証で入れると聞いているが、他に注意事項は本当に無いのか。なるべく怪しまれる行動は避けたい」
「んー、まあ無かったんじゃねえかな。堂々としているのが大事だ、こういうのはな」
「潜入には慣れているのか」
「まあな」
ソルドの問いかけにようやく振り向いたクロウはにや、と笑った。
「だからオレがテメエらの尻拭いに派遣されたんだよ」
ーーーーー
「お客様、すみません。護衛をお連れするのは構いませんが、武器の持ち込みは……」
そして『ルミナス・ストリーム』入り口で腰に刀を差しているソルドが黒服に止められた時、クロウはまたもそっぽを向いて表情を見せなかった。
その耳がパタッと倒れていたのが何を意味するのかは、ソルドには分からなかった。
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