073 チンピラ猫耳メイド騎士
「あっついですわ!!!」
客車から砂地へ降り立った少女は黒いドレスをバサバサと仰ぎながら小さく叫んだ。
「はしたないですよ……お嬢様」
それをたしなめるのは執事、もとい、ソルド。
刀と共に腰のベルトに差していた日傘を取り出し、暑がっているお嬢様、もとい、ステラの頭上に展開する。
「ここって本当に同じドラゴシルヴァ国内なの? わたくしこんなに砂だらけの地域があるなんて全く知りませんでしたわ」
「ウルフがそこに見える山を越えると海があると言っていただろ。沿岸を流れている高温の海水が温めた空気が風で運ばれて来ている。そして山を越えるときに乾いたその風に年中晒されると、ここらみたいな砂漠が形成されるってワケだな」
「……えっと、あなた存外詳しいのね。もしかして地獄の悪魔学者だったりする?」
「何だその属性が渋滞した存在は。全部推測だ。故郷に丁度こんな場所があったんでな。そこでもギャンブルが日夜行われていて、あんな感じの塔もあった」
ソルドが指差す先にあるのは周囲の建物よりも背の高い真っ白な塔。
彼の知識にあるような電飾は無く、形もシンプルなものだったが、どこの世界でも砂漠の中のギャンブル街にはあの手の塔を建てたがる者がいるらしい。
「それじゃ、ここは地獄みたいなものってことね。暑いのも地獄だからってことで納得しておく。だからとりあえず宿で休まない? 何だか肌がヒリヒリしてきていて、イヤな予感がします」
「だとよ……じゃない、だそうですが。属性渋滞のチンピラ猫耳メイド騎士のクロウさん、先導してください」
「その呼び方をヤメろ! ぶっ殺……ああもうめんどくさい! 何でオレがこんなことを……!」
ソルドへ向けて人差し指と中指を揃えて立てる(ドラゴシルヴァにおける侮辱のジェスチャーらしい。要はファック・ユー)寸前で思い留まりながらも、ストレスで頭を掻きむしるクロウ。
その短い髪の上にはクラシックなメイドのカチューシャが乗っていて、さらに可愛らしい猫耳がピコピコと突き出している。
(態度の悪い騎士の鎧を剝いてみたら女だった、までは声紋から想像はついたがなぁ……)
サイボーグの脳裏に回顧されるのはここ数日の出来事。
ーーーここから回想ーーー
結局、反乱軍『フェンリル』の船はソルドたちを連れて川を下っていき、ある地点で下ろして馬車へと乗りついだ。
馬車、と言っても引いていたのは妙な見てくれの大きなトカゲだ。ソルドの見立てでは(とうに絶滅していて現物は見ていないが)ラクダのコブを(こちらもとうに絶滅しているが)コモドオオトカゲに縫い付けた合成生物というところ。
そんな馬車ならぬトカゲ車で複数の護衛車両と共に砂漠を進む最中、レットン・グリドールの荘園『避暑地』へ潜入する手立てを調整した。
ステラはウォルムハルト家であることを隠し、代わりにジョージ・ラクミスの遠い血筋という役割を与えられている。ジョージ自身がレットンの元へと赴く前に『偵察』として送り込まれたというストーリーだ。
雑な作り話だが、ラスト・リゾートではそのような『設定』は珍しくないらしく、また誰もお互いの素性を深くは探ろうとしない。代わりにラスト・リゾートへ入る際の検問によって身分を詳しく検められ、その突破のための細工に数日を要した。ソルド、ステラ両名の治療や身支度もこれに含まれた。
ではなぜクロウがメイド服で同行しているのかと言えば、作り話に真実味を持たせるために他ならない。
検問を突破したからと、他の貴族に怪しまれて通報されては仕方がない。貴族たちは王への密告を恐れていて、密偵には敏感になっている。貴族の少女が男の護衛ひとりでラスト・リゾートをうろついていれば、(ソルドの実際の戦力はともかくとして)無防備すぎて目立つ。
「そこで獣人である君がお世話係としてついて行けば、違和感を多少誤魔化せるのさ。少し荒くれっぽいのも、逆に護衛らしさだしね」
とはクロウの相棒、さわやか騎士オウルの談。
なんでもこの国では歴史的に獣人の立場が弱く、メイドとして小間使いをしているのはいかにもそれっぽいとのことだった。
かくしてあれだけ頑なに脱がなかった鎧をあっさり剝がされたネコ耳獣人のクロウちゃんは代わりにメイド服に押し込まれ、ソルドと共に貴族の付き人を演じることになったのであった。
ーーー回想終わりーーー
「ああいう生き物はわりとありふれているのか?」
「ああいう生き物……獣人さんのこと?」
ひとまずたどり着いた宿の一室にて、ステラはソルドの質問に首を傾げた。
「わたくしもあんまり直接関わる機会は少なかったのですが……確か、元々このドラゴシルヴァがある場所に先に住んでいた種族だと聞いているけれど」
「いわゆる普通の……トールマンって言うんだっけか? 人間は後からここに来たのか」
「というより、元々エルフさんやドワーフさん、獣人、そしてわたくしたちのような人間のすべてがこの辺りに住んでいて、それが領地拡大をしていく中で接触・衝突してきた、という話だったはず。だから獣人さんたちは、ありふれているといえばありふれていると言えるのかしら?」
「成る程。生体改造でわざわざイヌだのネコだのの耳をくっつけていた連中が聞いたら泣いて悔しがりそうな話だ」
「獣人さんたちも苦労しているのに、茶化さないで。エルフさんやドワーフさんはドラゴシルヴァと不干渉条約を結んだけれど、獣人は……」
「オイ何をゴチャゴチャ話してるんだ。不愉快な話題で盛り上がってんじゃねえ、ったくよぉ」
不機嫌そうに会話に割り込んだのはもちろんクロウ。
その身体からは焦げた匂いが漂っている。
「あんた、匂いをどうにかする術は用意してるんだろうな。どこの世界にヤニ臭いメイドがいるって言うんだ」
「ああ? ちょっとくらい香水つけてりゃ平気だろ多分。それにオレは細巻きのヤツしか吸わねえから、5分もすれば鼻が慣れちまうくらいしか臭わないはずだぞ」
「葉巻は葉巻だろ。まったく、ニコチンを肺から摂取するなんて二百年前でも流行ってねえよ」
「よく分かんねえが喧嘩を売られていることは分かったぜ?」
「はいはい、二人とも落ち着いて!」
あわや掴み合いそうな二人の間に割って入ったステラは「もう!」と憤慨する。
「もう忘れていそうだから改めて言いますけど、あなたたちはわたくしの執事とメイドなの。ちゃんとお行儀よく振舞って貰わないと困るわ」
「分かっている。こいつがヤニ臭いのを何とかしたら俺も文句はないさ」
「だからそれは香水で消せるって話をしてるだろ? これだからアホと話をするのは疲れるんだ」
ソルドたちは再び睨み合ったが、ステラの刺すような視線に配慮してお互いに距離を取った。
離れておくのは、気に食わない相手に対する最大限の譲歩である。
「よし。それじゃあ早速その賭場とやらに行ってみましょ。あの塔の下が目的地だったハズよね」
「待て、いや、待ってくださいお嬢様。お嬢様のお召し物を変えておかないと」
「え? わたくしのこの黒いドレスではダメなの?」
「もっと豪華なのがいいだろうとリーダーが押しつけ……持たせやがっ、下さったのです」
ぎこちない敬語でそう言うと、クロウは持ち込んだ荷物の中をゴソゴソと探り、意外にも綺麗に仕舞われていた真っ赤なドレスを取り出し、広げた。
「ほら、この背中がドカ開きになっているすんばらしいドレスがありますので、これを着ていただいてくださってもいいですか? お嬢様」
「背中がってあなたそれ胸のところもどうなっているんですの!? というか脚も……! え、ええ!? こ、これを着なくちゃいけないんですか……?」
助けを求める視線が向けられたが、ソルドは目を逸らした。
別に意地悪とかではなく、背中がドカ開きのドレスのおかげで少し心配事が増えてしまったのだ。
サイボーグは、どうしようもなく背中フェチになってしまう生き物。
ソルドは、今回ばかりは己の生物学的欲求を『治療』していなかったことを悔やんだ。
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