071 博打
(『金貸し』レットン。ステラの復讐手帳に書いてある四人目だな)
オウルがその名を口にしたとき、ソルドは念のためステラの動揺に備えた。
彼らの『復讐』を大っぴらにしていてもいいことは無い。うっかり要らないことを口走ったらすぐに対処するつもりでいた。
「レットン……レットン・グリドール。もちろん存じていますわ。没落する前のウォルムハルト家とも取引がありましたし」
だが、当のステラは思いのほか冷静だった。
大きなため息を吐き、握った拳は怒りに震えていたが、それだけ。
(お姫様も場数を踏んでこなれてきたってところかね)
などと妙な関心を抱きつつ、ソルドはひとまず成り行きを見守ることにした。
「レットンは資産を持っているついでに金を貸している他の貴族連中とは違う、金貸しが本業の商人貴族……彼が所有する荘園で大きな賭場を開いているのは知っているかい?」
「それは知りませんでした。というか賭場って……賭け事ならそこらの酒場で酔っ払いたちがダイス遊びをしていますけれど、その胴元を務めているということですか?」
「いやいや、違うよ。彼が開いている賭場というのは文字通りの『場』。ギャンブルゲームで客をもてなす専用の遊び場だ。あなたには馴染みがないかもしれないが、大きな酒場の中で様々な賭け事が行われているって感じかな。もちろん酒も出すし、賭けの勝者には女も提供する。賭場に来るのはほとんどがお忍びの貴族で、民が収めた税金を酒に溶かし、女の股に突っ込み、最終的にはギャンブルで全部スッて帰っていく」
「は、破廉恥の極みのような場所ですわね……」
(おい素が出てるぞお姫様。まあオウルの説明にも悪意を感じないではないが)
顔を赤らめた没落令嬢に心中でツッコミを入れつつ、ソルドは天井を仰ぎ見た。
レットンが仕切っている賭場というのは、要するにカジノの事だろう。
固有の名詞で呼ばれていないあたり、この世界じゃまだ一般的な概念ではないようだ。
まあ、それも当たり前だろう。
カジノは資本主義が生み出した残酷な集金装置だ。庶民でも貴族でも、愚か者から富を巻き上げるのにこれほど高効率なものも無い。
(だからこそ、普通は『支配者』が運営するもの以外、認めるはずが無いんだがな)
この国、ドラゴシルヴァは見たところ専制君主制。
ならば本来、国王以外の者が国王に収められるはずだった富を懐に溜め込んでしまう民営カジノなど認めるはずがない。
(……思ったよりも『終わっている』ようだな、この国は)
反乱軍が大っぴらに活動できている時点で、ではあるが。
ソルドは再び故郷のことを思い出し、暗澹たる気持ちをため息として吐き出した。
「お、おほん。それで、レットン・グリドールが賭場を開いているのと、彼がわたくしに会いたがっているのとどう関係があると言うのです」
下手くそな咳払いで場の空気のリセットを図ったステラに、オウルはその意を汲んだ苦笑を返す。
「その説明の前にもうひとつだけ。実は彼、ここ半年ほど外部の人間との接触を絶っているんだ」
「行方不明なんですか? ならばどうやって……」
「行方不明ではないんだけど、彼は軟禁状態なのさ。彼自身が運営する賭場の最奥に閉じ込められている。どうやら部下に謀反を起こされたようでね……僕ら『フェンリル』が送っていた密偵を通してコンタクトがあったんだ」
「ん? それじゃあまずはあなたがたが彼を救出しないとわたくしは会えないのでは……」
「というわけでもない」
オウルは困ったように肩をすくめる。
「彼は君に会いに来て欲しいそうだ。賭場の奥、彼が軟禁されている場所までね」
「ええっ!? そ、そんな破廉恥の巣窟に、わたくしが行かなくてはならないと……!?」
「彼はそう指定した。ステラさん、君が賭場の奥まで潜入して彼に接触すれば、君を通して『銀の呪い』の発症条件や王政側の企みについて情報を渡すと言っている」
「ど、どうしてそんな……」
戸惑うステラに、オウルはにこりと笑って言う。
「金持ちジジイの考えていることはサッパリ分からないけども、君も彼に会いたいでしょ? どうやら君たちは最近、昔お世話になった人に『お礼』をして回っているみたいだから」
「っ!」
「『詐欺師』ウォルク、『人売り』ドルエン、『処刑人』エクス……それぞれどう『お礼』したのかは知らないけれど、きっと『金貸し』レットンにも何か話があるんじゃないかな?」
「……そ、ソルド」
とうとう助けを請う泣きそうな視線が向けられ、ソルドはふぅ、と息を吐く。
組織的に諜報を行っている連中を相手にした割にはステラも頑張った方だろう。
向こうが荒事にしたがっているのなら、ここからは護衛の出番だ。
「話は分かったが、どうもあんたらの都合すぎるな」
サイボーグは立ち上がり、騎士と令嬢の間に割って入る。
「そもそも俺たちはあんたらに誘拐同然で連れ出されている状況。だというのに俺たちの方からあんたらに『協力』する形を取りたいのは何故だ? 俺たちのことをあれこれ嗅ぎまわるのは結構だが、こうも追い立てられちゃあんたらが隠している本当の都合が気になって首を縦に振れない」
「……君たちにご同行頂いたのは保険のようなものだ。君たちの事情を鑑みるに首を横に振るとは思えないけど、万が一ということもある。白状すると、本当は君たちをアジトまで連れて行って、必要なら『説得』するつもりだった」
「そんなことだろうと思ったさ。ようやく誠実さが出てきたな良い警官さんよ。正直さは美徳だが、あんたらに従うくらいなら俺とステラだけでレットンのところに訪ねて行った方がまだ安全に思える」
「非礼は改めて詫びさせてもらう。だけど君たちだけではレットンの賭場には潜入できないと思うよ。賭場に入るには会員証が要る。商会の武器屋のようにはいかない。その他の身分チェックも、僕たちの手を借りずに突破するのは不可能だ」
「ならレットンが欲しい情報を持っている裏付けは? 聞く限りじゃ、あんたらの密偵が良いように言いくるめられているだけにも思えたが」
「これは僕の誠実さだと思ってほしいのだけど、確証は無い。だけどレットンは今までもずっと賭場で収集した情報を使って暗躍してきた。あらゆる貴族・王族の弱みを握って、自分の良いように法律を変えさせたこともある。その彼が『銀の呪い』について無知なはずがない。必要なら『説得』して聞き出す」
「反乱軍を名乗る連中はどこの世界でも拷問大好きクラブになっちまうのか? 肥大化した正義感に酔っぱらえる連中は安上がりで良いな。中毒になるのは同じみたいだが」
「……」
オウルはソルドの挑発には乗らない。
だがその目に宿った怒りを見て、ソルドはようやく相対する騎士の人間性を見た気がした。
「だ、そうだが。最終判断はあんただ、ステラ」
サイボーグは依頼主の少女に向き直る。
「どうするにしても、俺はあんたを護衛する。そういう契約だ」
「……彼らの力を借りましょう」
ステラは、ずっと前からそう決めていたかのように、静かに言った。
「リスクはこれまでも十分取ってきた。その困難の全てを、あなたと一緒に乗り越えてきたわ。今更誰かさんの企みに組み込まれたって何だって言うの」
そして、にやっ、と笑った。
「どうせあなたが何とかしてくれるでしょう? ここはひとつ、博打を打ってみましょ?」
ソルドは肩をすくめて、いつも通りに言う。
「了解」
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