070 銀色の病
「銀の、呪い……」
オウルの言葉を反復したステラがソルドの方に視線を向けた。
呪い、という非現実的な言葉に眉をひそめるサイボーグ。
その右腕は銀色。
「呪いねえ。文字通り、魔術だの魔力だののお仲間か? それとも、金属汚染が引き起こす風土病の比喩か……」
「僕らの知る限りでは、まだそのどちらとも断言はできない。けれどそれが発症する条件の傾向と、発症した結果どうなるかは知っている」
オウルは壁にもたれかかり、ふぅ、と小さく息を吐く。
まるで忌々しい出来事を思い出したかのように。
「僕らが『銀の呪い』と呼んでいるのは、端的に言えば、大量の銀に晒され続けた人間が竜に成る現象だ」
「人が竜にって、それ、ドルエン・ギアーゴの……!」
「その通りだ、ステラ嬢。君たちがラクミス領主ジョージ・ラクミスの依頼で討伐した『人売り』ドルエン、彼が竜に成ったのもおそらく『銀の呪い』が原因だ」
「そ、それじゃああの銀山に居たわたくしたちにも呪いが!?」
「そうとは限らない。『銀の呪い』は銀に振れた者すべてに発症するわけじゃない。でなければ、銀貨が流通しているこの国はあっという間に竜だらけになっているよ」
「そう、ですか……」
ほっ、と息を吐きつつ、ステラは静かに部屋を横切って、ソルドの隣に座った。
ソルドはその触れている腕から少女の震えを検知したが、あえて言及することはしない。
「俺たちが頼まれてドルエンを討伐したとは人聞きが悪いな。アレはあくまでも『人捜し』の依頼だったんだ。その後の竜退治はやむを得ない正当防衛。間違って広まっているなら訂正しておいてくれ」
「はは、まあ結果的にはそうなったみたいだからそういう事にしておこう。ともかく、ルーストンでの投資詐欺事件を収拾した男が実はドラゴンスレイヤーでもあると広めたあの事件、その裏側にあったのはこういう事情だと言いたかったんだ」
オウルは苦笑しながら言ったが、ソルドはその困り顔の下に隠された意図を読み取っていた。
(反乱軍の諜報力をここぞとばかりにアピールしてきたな。嘘をつくなと脅しているつもりか)
まるで外面に笑顔を貼り付けたまま、服の内側からしっかり銃口を向けてくるような。
やり方が企業のソレに似ていて気に食わないが、語るに落ちている部分もある。
(そのご自慢の諜報力でジョージの待ち伏せを見抜けていない時点で、深刻な人手不足だと叫んでいるようなものだな)
『フェンリル』の反乱軍としての規模は大きくない。
いずれ誰に肩入れするかを決めなくてはならなくなった時、大いに参考になる情報だった。
「成る程。じゃあ商会の実演販売で哀れな奴隷戦士がトカゲ人間になっちまったのもその奇怪な公害病のせいってワケだ。あいつは竜と戦う前に銀粉を身体に塗りたくっていた」
「その可能性は否定できない。ただ言ったように、銀に触れたからと必ず竜に成ってしまうわけではないんだ。彼の遺体も一部だけだけど入手出来ているから、学がある者たちに調査させているところさ」
「で、ということは。あんたらが言うステラへの『用事』ってのは、処刑されたウォルムハルト夫妻しか知らない情報を聞き出すってところか?」
「……どうだろう。少し論理に飛躍があるんじゃないかな」
処刑、の言葉を聞いたステラは肩をびくりと震わせ、一方のオウルは平静そのもの。
だが無駄だ。
生体電気の乱れすらも感知するサイボーグの前で隠し事はできない。
「そ、ソルド……? あなたはお父様とお母様が処刑された本当のわけを知っているの?」
「知るわけがない。が、今のコイツの反応でおおかたの察しはついた。あんたの両親が処刑された真の理由は、おそらく口封じだ」
動揺が表出した声で問う少女に、サイボーグは己の『見解』を述べていく。
「ウォルムハルト家は銀貨の管理を任されていたんだろう? 当然、銀山から掘り出して精錬して……最終的に銀貨となるまでの銀の流れや工程について誰よりも詳しかったはずだ。その中で発生した事故についてもな。で、管理人なんだから夫妻は当然事故の原因も調査しただろうし、その特定や報告もして……最終的に、王政側から情報を秘匿せよ、と伝えられて、きっとそれに歯向かった」
「だから、殺された……?」
「おそらくはな。だがこの推測にはひとつ、無視できないほど大きな穴がある」
ソルドは傍らの少女の方へ向き直った。
恐怖と怒りに震えるその瞳を、正面から見据える。
「それはあんたが処刑されなかったことだ、ステラ。ウォルムハルト家に関わった連中は皆殺されて、あんただけが生き残った。それどころかそのまま放置されて、路上生活の末に俺みたいなのを呼び出すハメになった。秘密を知った者の娘なんか、多少哀れでも絶対殺しておくべきなのに、だ」
「……」
「だから残念だったな。あんたら、『フェンリル』とか言ったか」
サイボーグは生き残った少女から壁際に立つ好青年騎士の方へ改めて視線を移して言う。
「この女は生き残ったが、あんたらが求めるような『事実』は何も知らない。知らないから生き残っているんだ。分かったら、俺たちを解放してくれないか。俺とこの女には、まだやるべきことが残っている」
「……参ったな」
オウルは両手を上げ、降参のポーズをとった。
だが、その表情はむしろ闘志のようなものに溢れている。
「そこまで先回りされたら、あまり引き延ばすわけにはいかないね。率直に言おう、ステラ・ホライソニア・ウォルムハルト。君が何も知らないと僕らも知っているが……何かを知っている男が、君に会いたいと言っていてね。君には彼から情報を聞き出してきて欲しいんだ」
そして騎士は、柔らかく、しかし不気味な作り笑いを浮かべて言った。
「彼の名はレットン。『金貸し』のレットンだと言えば、分かるかな?」
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