069 故郷の味
「食糧庫の次は廃工場とは……ずいぶん豪華なおもてなしじゃないか。VIP専用のバーラウンジはどこにある?」
「皮肉はよせ。これでもここらに残っている建物で一番しっかりしている建物なんだよ、ここは」
物腰柔らかな青マント騎士オウルの苦言に、ソルドは肩をすくめる。
結局、ジョージは反乱軍のリーダーと話をつけるためにと、一旦ガレット対岸にある彼らの前哨基地への停泊を提言した。
そこは何年も前に放棄された鉱山街。
ソルドのスキャンでは元々銅か何かを掘っていたらしい分析結果が出た。専門の道具で検査すれば詳細が分かるだろうが、湖の酸性といい、草の一本も生えていないような荒廃っぷりといい、重度の金属汚染があるのは間違いない死の土地。
その岸に降り立ったソルドたちは今現在、元々金属精錬か何かを行っていたらしい工場に案内されているのだった。
「君たちにあてがわれた部屋はそこの階段から登ってすぐの扉だ。扉はボロだけど、中の調度品は整えてあるから安心して。すぐに食事も持って行くよ」
「そりゃ親切にどうも。だが部屋に来る時にはその兜は脱いでおいてくれよ。俺たちはあんたの顔をまだ見ていないんだ。安心しようにも安心できない」
「分かった。じゃあ大人しく部屋の中で待っていてくれよ。もし逃げたりしたら、どうしても強硬な手段を取らざるを得なくなるからさ」
柔らかな言葉の中に脅迫を織り交ぜ、オウルは工場の外へと去っていった。
「で、どうする? 俺としてはこうして監視を緩めてくれたご厚意に甘えて、あんたを連れて脱走する方が良いと思うんだが」
「そんなことしたらジョージ様に迷惑がかかってしまうわ。普通に部屋に行きましょ」
そう言って、ステラは小さく息を吐いた。
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「ああ~! マットレス付きのベッド、久しぶり……!」
そう言って、ステラは大きく長く息を吐き、そして吸った。
「硬い寝具にももう慣れたと思っていたけれど、やっぱりベッドはふかふかに越したことは無い!」
「そりゃよかったなお姫様」
ソルドは肩をすくめる。
案内された部屋は狭かったがオウルが言った通り、ガレットで見たどの部屋よりも遥かにマシな調度品が備えられていた。
おそらく工場監督の事務所だった部屋なのだろう。ステラが思いっきり飛び込んでしまったシングルのベッドの他、ソファと簡単な机や化粧台が詰め込まれている。
(最初に稼いだ金で借りた部屋がこんなんだったな……)
ソルドは今や懐かしきコンテナツリー居住区の一部屋を思い出しつつソファに腰かけた。
「というかお姫様、そんなにだらけていて大丈夫か。さっきのやつ、すぐに食事を持ってくると言っていたが」
「わたくしは疲れましたの。すぐと言ったって一時間も経たずに食事を用意できるわけが無いのですから、ここで思う存分だらけさせてもらうつもり」
「……誘導しておいて悪いが、そういう事は口にしない方がいいと前にも言ったよな」
「まさか」
「足音がする。ノックまで五秒以内」
「ちょっ……!」
慌ててベッドから跳び起きたステラが乱れた前髪等々をセットし直した直後、ソルドの宣言から正確に五秒後に部屋のドアがコンコンと鳴り、そのまま開いた。
「食事を持ってきた。そこのテーブルで……もしかしてノックして少し待った方が良かったかな?」
「い、いえっ! そんなことはっ! いつでも準備万端です!?」
取り繕ってにへにへ笑うステラに、入り口に立つ青年は柔らかに微笑み返す。
「それならよかった。そうそう、ご注文通り兜も取ったよ。顔の見苦しさはどうか容赦して欲しい」
青年……兜を脱いだオウルは気恥ずかしそうに前髪を触りながら言った。
少しクセのある、絵に描いたようなブロンド髪。そして透き通るような碧眼。
欧州統一経済連合のおとぎ話に出てくる『王子様』を体現したかのような容姿はほとんど完璧だ。
文字通りの玉に瑕……額から鼻先にかけて縦断する斬り傷を除いて、だが。
「見苦しいだなんてそんなこと……あら? 食事は一人分ですか?」
「いえ、二人分は用意させてもらったんだけど……」
オウルは手にしたバケットから申し訳なさそうに皿とパン、ソーセージ、グラスにワインの袋を取り出して一人用とおぼしきテーブルに並べた。
そして首を傾げるステラに背を向け、ソファに座るソルドに水の瓶と……何やら丸めてカピカピに乾かしたビスケットのようなものを手渡した。
「すまないが、我々も余裕があるわけではなくてね。貴族とその従者で同じもの、というわけにはいかなかったんだ」
「そんな! ソルドはわたくしの大切な……!」
「いや、ステラ。俺はこれでいい」
ステラの言葉を遮り、ソルドはビスケットもどきを少しかじった。
乾き切った記事に口の中の水分を一気に持って行かれ、少しかび臭い風味が鼻に抜ける。
成分はグルテンとデンプンがほとんど。推察するに、小麦と芋を挽いて粉にし、さらに丸めて固めて乾かした非常用食料、と言ったところだろうか。
重金属は検出されないからここらで取ったもので作ったわけではなく、どこか別のところから持ってきたのだろう。当たり前だ、こんな汚染まみれの場所で製造した食い物なぞ食えるものか。ソルドはステラに用意された食事の方も軽くスキャンしてみたが、同じく重金属は検出されない。流石に徹底しているようだ。
しかしまあ、何とも懐かしい味だ。
味蕾を騙すプラスチックの味がしない分、むしろこれの方がおいしいかもしれない。
「よければおいしい食べ方を教えようかと思ったんだけど、必要ないみたいだね」
「故郷の味ってやつでね。配慮は不要だ」
ちょっと引いているように見えるオウルの表情にちょっとした満足感を覚えつつ、ソルドは「それで?」と話を切り出した。
「結局あんたらはなんなんだ。組織の名前も分からないし、目的もはっきりしない。ジョージのやつは意味ありげに笑うだけで何も教えちゃくれないしな。護衛をやっている身としてはせめてそこが分かれば安心できるんだが」
「そうか、確かにまだそういう自己紹介がまだだったね。では改めて名乗らせてもらおう」
オウルはステラの方を向き、うやうやしく礼をして言う。
「僕はオウル。そして僕らは、『フェンリル』。この国の未来を求める者……具体的には、王がひた隠しにしようとする『銀の呪い』の真実を白日の下に晒し、来る混沌を乗り越えようとする組織だ」
コンテナツリー
ソルドが居た街に林立していた巨大なビル型建造物。コンテナ状のモジュールを幾重にも積み上げた構造で、枝葉のように伸びた拡張部分のシルエットがクリスマスツリーのようなのでこう呼ばれている。ビルひとつがひとつの街のようなものであり、特に貧困層は自分が生まれたコンテナツリーから一歩も出ないままその短い生涯を終えることも珍しくない。
欧州統一経済連合
かつてヨーロッパにあった共同体が崩壊し、代わりにそれまでインフラや食料を支配していた企業がいくつか合併して生まれた巨大な企業連合国家。内輪で決めたルールの中だけで経済を行う鎖国的な経済圏を構築しており、中でも遺伝子技術および産業は他の追随を許さない発展を遂げている。世界中の人類種の遺伝的特徴を平均化した『標準人種』を発明し、その遺伝子導入を全国民の義務としているため『世界で最も人種的多様性のある国』を標榜しているのが最大の特徴。
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