067 旗
「トールさん、大丈夫かしら……」
「あんたがいまするべきは自分の心配じゃないのか、お姫様?」
「わたくしにはあなたがついていますもの」
あぐらをかいて座っているソルド。
その上に当然のように腰を下ろしているステラは、彼にもたれかかりながら即答した。
(えらく信頼されてしまったもんだ……)
あまり向けられたことのないストレートな信頼に謎の居心地の悪さを覚えつつ、ソルドは閉じ込められた部屋の中を見渡した。
ここは青マントの騎士たちが用意した漁船の一室。
昔懐かしき帆船は現在、山から吹き下ろす風を受けて酸性の湖を絶賛航海中だ。
船は二隻あり、トールたちは先頭を行く方に乗せられていた。
そしてこの部屋はいくつかの木箱が一緒に押し込められている辺り、食糧庫か何かだろう。
(俺たちにイモをかじるねずみを獲って欲しい、ってワケじゃないよな)
誰に聞かせるでもない皮肉を頭の中で完結させつつ、ソルドは青マントの騎士たち、そしてウルフと名乗った女の目的に思考を巡らせた。
女は支配を打倒する者、と名乗った。
役者掛かったクサいセリフだったが、おかげで分かりやすい。
そういうブラフというわけでないのなら、彼らはおそらく反政府勢力。言うなれば反乱軍だ。
それで……ステラに用事があるという。
(『処刑人』が言ってたのは本当だったか)
エクスは言っていた。ステラは王政にも、反乱軍にも狙われていると。
だが、肝心の『理由』が分からない。
ソルドは眼前にある栗色髪の後頭部をなんとなく見つめながら思考を進める。
ステラは、簡単に言えば親族を皆殺しにされた没落貴族の娘。
人質に取っても金は手に入らない。
貴族とお近づきになって王政へ迫る足掛かりにも、当然ならない。
(とすれば価値はステラ自身……この女だけが知っている情報か)
ステラの両親が処刑された理由をソルドは知らない。
聞く必要が無かったので聞いていなかったワケだが、もしそれが理由で狙われるとなると話が変わってくる。
(両親しか知り得なかった情報がこいつに託されている、とかだろうか)
支配者が民を殺す時には、客観的に見てどうあれ支配者の理屈というものがある。
反乱を起こされそうだった、とか。政治的なリスクをもたらしそうだった、とか。病気を広めそうだったから、とか……何でもいいが、放っておけば金になる家畜を殺すのはそいつが不利益を生み出すと判断した時に決まっているのだ。
そしてきっと、ステラの両親は王政に不利益をもたらす何かを知っていたのだ。
だから消された。
家畜が『感染症』にかかったら、牧場丸ごと屠殺するように。
(しまいにゃ牧場は『感染症』の心配がない培養肉工場に置き換えられるってワケだ。まあ、培養肉もしょっちゅうカビてるけどな)
だんだんと思考が脱線してきているのを自覚し、ソルドはため息を吐いた。
ちょっと、今は無理だ。流石にくたびれすぎている。
右腕もまだ痺れてるってのに、こんな状態で推測に推測を重ねたらこんがらがるだけだ。
「……ねえ、今もしかしてわたくしの頭を嗅いだ? 密着しているのはそれが目的?」
「んなわけないだろ」
だから、ソルドは自分から密着しているはずの没落令嬢がつけてくる謎の因縁に乗ってやることにした。こんな時はアホのアホ話につきあっているくらいが丁度いい。
「それならいいけど、たぶんちょっとにおうから嗅がないでよ本当に。銀山で毎日お風呂に入れていた時とは違うんだからね」
「何の念押しだ。お望みなら嗅覚を遮断しておいてやるが」
「それって、においを感じなくなるってこと? あなたの身体って、本当にどうなってるのよ。銀ピカの腕もすっかり馴染んでしまったみたいだし、背中からヘンな突起が飛び出すこともあるし……」
「展開したヒートシンクを見たのか。アレは俺の体温が高くなりすぎたら自動で……ああ、ジョージの城でそんなことがあったな。そういえばあの夜に関する記憶が一部飛んでしまっているんだが、あんたは何が起きたか知って」
「何にもない! 何も起きていないわ!」
ソルドの問いに割り込んだステラはバッと音がする勢いで振り向き、顔を真っ赤にしてわたわたと喋り始めた。
「あなたが急に熱を出して動かなくなった! それだけ! 本当に、他のことは何も起きていないの!」
「きゅ、急にどうしたんだ。別にあんたが俺に何かしたとは思ってねえよ。あれは右腕にくっつけてた安物が原因でエラーがーーー」
「何かしたって、何にもしてない! むしろあなたがっ」
喋り始めたかと思えば、急停止。少し俯いたかと思うと、目を逸らしながら「い、いや違うわ」とかボソボソと呟く。
「あなたも何もしていないんだけど、わたくしもなにもしていない。最初に言ったように、特に何もなかったの。いい?」
「まあ、はい」
「わ、分かったなら、それでよし。あの夜については以後言及しないように」
「仰せのままに」
ソルドが肩をすくめると、ステラは再び彼の胸元にもたれかかった。
「……血の匂いがする」
「まあな」
「あなたはわたくしが命じるままに動くのだものね。この血は、わたくしが流させた血……」
「なあ、度々言っているが俺の殺しをあんたが気にする必要はない。俺はあんたの護衛だ。あんたの身に降りかかる危険を、俺の判断で払いのけているだけだ」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、大丈夫」
ステラは少しだけ涙ぐんだ目を閉じ、大きく息を吸って、吐くと「よし」と呟いた。
「これはわたくしの罪の匂い。きっと死ぬまで忘れませんし、毎晩思い出すのでしょうけれど……それで丁度いい。『復讐』の道は元から血で真っ赤に染まっているものなのだし」
「そうかい」
「ええ」
涙を拭ったステラが少し笑った時だった。
「きゃっ!? 何?」
先ほどまで少しも揺れていなかった船が急に揺れたのだ。
ソルドは念のため近くの木箱を手で押さえ、揺れがマシになるのを待った。
その間に身体システムが船に何が起きたのかを探ると、加速度センサーに答えがあった。
「船が急減速したな」
「何かにぶつかったのかしら……」
「酸性の湖でタイタニックごっこか、死ぬほど楽しそうだ」
「もう! ヘンなことを言っていないで状況の把握に努めなさい!」
「了解ボス」
依頼人の意に沿えるよう部屋の中をスキャンし直したソルドは木箱の後ろに窓が隠れているのに気がついた。
積みっぱなしの木箱の中身は幸い軽く、少し力を加えてどかすとぽっかりと空いた小さな穴が出現した。格子こそハマっているが開きっぱなしなので、きっと空気穴のつもりだったのだろう。
穴からはちょうど船の行く先が見え、トールたちが乗り込んだ先頭の船が停止しているのが見えた。
加えて先頭の船のさらに向こうに、行く手を阻むようにして大砲を積んだ船が横切っているのが見える。
「あ、あれって、ジョージ様の家の旗だわ!」
そしてソルドから奪うように穴を覗いたステラによって、謎の船の所属はすぐに発覚した。
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