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065 一難去って

「ソ、ソルドっ!」


 心臓を破壊され完全に沈黙したデトロスの死体がずしん、と音を立てて床に倒れた直後、その眼前に立ちはだかっていたステラは傍らのサイボーグにしがみついた。

 脚に力が入らず、緊張と恐怖とに急かされて身体の震えが止まらない。

 まるで全てが終わって、我に返ったように。


「怖かった……! あ、あなたが、殺されちゃうと思って、それでっ」

「だからって生身で身体改造してるヤツの攻撃の前に飛び出してくる護衛対象が居るか。初めての義体化(エンハンス)でハイになったガキよりタチが悪い」

「ごめんなさい。でも、死んじゃうかもしれなかったから……!」

「……まあ、あんたが命を投げ捨てようとする傾向にあるのは知っていたが」


 ソルドがそれとなく引き離そうとしても、ステラは涙で彼の服をびしゃびしゃにしながら凄まじい握力で掴んで離さない。

 これはもうどうしようもない、と諦めたサイボーグは少女の頭を撫でてやりながらため息を吐く。


「……つくづく、バカな女だよ。あんたは」

「ステラ嬢っ!」


 と、少し遅れて白衣を着た女ドワーフが駆け寄ってきた。

 没落令嬢と違って冷静だったトールは危険極まりない殺し合いに巻き込まれないよう、ずっと部屋の端の方から成り行きを見守っていたのだ。

 まあ、ステラも当初その傍らに居たはずだったのだが。


「心配するな。我らが無謀で単細胞な依頼人(クライアント)は無事だ」

「それならよかったけどさ……ごめんソルド! ステラ嬢のこと、止めたんだけど聞かなくて」

「問題ない。結果的に、ステラのおかげで二回も助かった。そうでなければ今ごろコイツに殺されていたな」


 ソルドが足元に転がる死体を軽く蹴ると、それを見たトールは少し後ろに下がりつつ顔をしかめた。


「こんな状況じゃなきゃ詳しく分析させてもらうんだけど、流石に今は気が乗らないな……でも、どうだった? 竜に変身する魔力紋、戦うのは二回目だよね。デモンストレーションの時と、今回で」

「デモンストレーションの時は余裕があったが、今回は正直ギリギリだった。この右腕が無かったら、トドメを刺せずになぶり殺しになっていただろうな」


 ソルドはにや、と笑って右手を掲げて見せた。

 だが実際には彼の意に反し、右腕は少しだけ上向いただけでほとんど動かなかった。


「あちゃ、やっぱり義手部分以外へのダメージが抑えきれていないか……」

「まあな。だが右腕を完全に『破壊』してしまうほどじゃない。あの威力のコストと考えればむしろ安い。痛みを忘れる頃にはもう一回使う気になっているだろうさ」

「お前が良いなら良いけど、落ち着いたらアタシにももう一回診させて。合意の上とはいえ、客に自分のやったことで自滅されたら寝覚めが悪いし」

「申し出はありがたいが、落ち着いたら、か……」


 ソルドは遠い目で商会本部の入り口の方を見やる。

 折り重なった死体の先に見える正面玄関のあたりは、やけに静かだ。


「デトロスの野郎、部下も一緒に連れてきて俺をリンチする選択肢だってあったはずだがそうしなかった。それが奴の美学だと解釈すりゃそれっぽいが、あれだけビジネスの話が好きだった男がそんな判断をするとは思えない。実際は、部下には他の厄介事の対処に当たらせていて、そんな余裕(リソース)が無かったってところだろう」

「他の……?」

「俺はここに来るまでに立ちはだかる商会の連中を大勢殺してきた。そしてここに到着してからも大勢殺したが、皆殺しにしたわけじゃない。つまり『商会が何かトラブっていて、大勢殺されている』って情報が街中に広がるのにそこまで時間はかからなかったはずだ。そして……連中はこの街の住人に多かれ少なかれ恨まれている」

「じゃあ、報復が……?」


 表情を青ざめさせたトールに、ソルドはただ「ああ」と頷いた。


「外じゃ今ごろ『商会』狩りパーティが開催中だろう。デトロスがくたばったって情報が広まるのにも時間はかからない。そうなりゃいよいよ暴動になるだろうな。見境の無い破壊の始まりだ」

「暴動……師匠が危ないっ!?」

「そう。つまり、いつまでもここでチンタラしちゃいられない」


 ソルドは左腕でステラをおぶり、入り口の方へ歩き出した。


「この街で一番重要なのは『信用』なんだったな。工房に戻って、あの無口なギーク野郎を助けるぞ」


 ーーーーー


 人間に元来備わっている破壊への衝動は大義名分を得た時ここぞとばかりに発揮される。

 そこには正義も悪も無い。

 ただ混乱と喧騒と破壊とがあるだけ。


 ソルドは、そんな光景を覚悟していたのだが。


「丁度出てきたぞ。目標(ターゲット)だ」


 まばゆいばかりに磨かれた鉄の鎧に青いマントをつけた騎士。

 二人一組(ツーマンセル)で行動しているらしい彼らは商会本部の正面入り口から出てきた男一人と少女二人を見て、制圧した一般人から本命の目標(ターゲット)へと剣を向け直した。


「お疲れのところ悪いが、俺たちも仕事なんでな。大人しくついてきてもらおうか」

読んでいただきありがとうございます!

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