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 グルアッ! と吠える声。

 半人半竜どころか、身体の七割ほどが竜と化したデトロスは内側から湧きあがった本能に従い、床に足の鉤爪を深々と食い込ませて獲物へと突進。

 床を這うかのように低くした姿勢は両手の竜爪で標的の脚を刈り取るのに最適化されている。


 だが彼に相対するサイボーグは獣が本能任せに狩れるほど低性能ではない。

 ソルドは迫りくる竜化人間(ドラゴモーフ)の走行速度・反射運動の精度を正確に計測・把握し、最小限の跳躍で爪の一撃を回避する。


「逃がすかっ!」


 しかしデトロスは有り余る膂力(りょりょく)によって空振りで崩れた姿勢を無理やり立て直し、空中へ逃げたソルドの着地を狙う。


「ああ、そうくるよなっ!」


 白銀の光が翻り、竜爪と刀身がこすれ合い快音を奏でる。

 デトロスの追撃を読んでいたソルドはほとんど身動きが取れない空中に居ながら、刀の当て方で爪の軌道を逸らした。竜爪が裂いたのは彼の衣服と少量の皮膚のみだ。

 そして全ての攻撃を捌き切って着地したサイボーグは隙を見せることなく袈裟懸けの一刀をデトロスに浴びせかける。


 魔力に反応し白銀に輝く刀。

『処刑人』が遺した刃の一撃は、以前右腕ブレードで斬りかかった時に比べれば手ごたえはある。

 だが致命傷には遠く至らない。

 血を流しながらもデトロスは痛みに嗤い、吠える。


「ハッハ! 本当にムカつく男だぜ。全て想定通りってツラしながら、ハラの底にはテメエにしかわからねえ何かを燻ぶらせてやがるな?」

「木っ端マフィアのボスが心理士(カウンセラー)気取りか。悪いが俺には必要ないんでな、営業なら企業(コーポ)の犬ども相手にやってくれ」

「ただの当てずっぽうなんかじゃねえぞ。長年クズどもを見ているとどうしても嗅ぎ取れちまう。傭兵ソルド、テメエからはヤケになっている奴特有のニオイがすんだよっ!」


 ズァッ! と、空気を裂く音すら聞こえるスピードで放たれる竜爪の突き。

 ソルドは半身を捻って致命傷を避け、一太刀、二太刀と斬りつける。

 竜の鱗が砕け、デトロスの身体に張り付いたままぼろきれのようになったグレースーツの残骸が鮮血に染まっていく。


「テメエの事は調べたって言ったよな。ラクミスの領主が目をつけた竜狩り。圧倒的な力を持ちながら出自は不明。カネにも執着しない、ウォルムハルト家で唯一生き残った娘に付き従う『悪魔』……魂を対価にした契約で縛られている? いいや違うね。散々外道を生きた自分のことはもう諦めていて、せめて最後は誰かに奉仕して満足した()()をしようっていう、クズ特有の自己満足だと()()する方が腑に落ちる!」

「さあどうだかな、お喋りトカゲ野郎。舌を斬り落とさないと永久に喋り続けそうだ」

「そりゃ喋るだろ。決着がついたらどっちにしろお喋りなんてできないんだからな。特にテメエはムカつくが、たぶん気が合うだろうと思っているんでなっ!」


 一手に対して一手を差し込む。

 刀が鱗を削り、竜爪が皮膚を傷つける。

 身体改造者同士の殺し合い、その中で繰り広げられる読み合いは、既に常人には理解不能な領域に達していた。


「気が合う? 行き場のないクズどもを雇用で縛り、身体も精神も搾取するクズの王と俺が? 冗談だろ」

「冗談なんかじゃねえさ。そもそも発狂(マッド)エルフってのはあのクソッタレの村から排斥された『弱者』の集まりだ。『弱者』が孤立していたらどうなるか、テメエは分かるだろ?」

「……」

「『弱者』が身を守るには群れの強さに頼るしかねえ。だが連中はそもそも群れることができねえから排斥されているわけだから詰んでいるってワケだ。だから、どんなにその器じゃなくても『誰か』がカシラを張るしかねえのさ……これはただ合理的に考えた結果だ、同じ立場ならテメエも同じ結論にたどり着く。『弱者』でもわかりやすく担げる偶像、王が必要だとな!」


 ほとんど互角の殺し合いは、しかし、徐々にその趨勢を傾けていく。

 竜爪はほとんどサイボーグに当たらず、逆に刀はより深く、より的確に鱗を割って斬り込んでいる。


 両者の差は結局のところ素の性能差。

 本能的な暴力で押し切るしかないデトロスに対し、ソルドは()()()()()()()()使()()()種類の武器であっても身体システムが即座に適合を始め、今となってはまるで最初からそうであったかのように最適化された動きを再現していた。


「だからあんたがその『弱者』を守ってやっていたって? 笑わせるな。俺がそいつらの代わりに教えてやるよ」


 大きく振り上げられた右腕、竜の爪が獲物を引き裂こうと振り下ろされる。

 相対するサイボーグは冷静に刀を腰の位置で構え、静止。

 ほぼ同時に 解析(スキャン)完了、と身体システムが脳内で告げるのが聞こえた。

 それが合図。


「人生を売り渡して得る安寧なんざ、クソくらえだ」


 ひゅぱっ、と。

 白銀の刀身は、これまで刃の通らなかった竜の腕をあっさり通り抜けた。


 魔力紋の力で皮膚を覆っていく竜鱗がまだ覆い切れていなかった隙間。

 関節を持つ生物には必ず存在する骨の継ぎ目。

 それらの弱点と呼ぶにはあまりにも狭い隙間を通す、ほぼ実現不能の曲芸。


 だがソルドはやってのけた。

 より正確には、彼に搭載された戦闘用の各種システムとそれに応えた銀の腕が曲芸じみた動作を可能にしたのだ。


「ぐあああああああああっ!」


 両断された竜の腕が宙を舞い、激痛に叫ぶデトロス。

 人間の域を超えた二人の殺し合い、決着ーーー


 ーーーソルドが確信した時、しかし、デトロスは笑っていた。


「なんて、なぁっ!」

「バカなっ!? ぐおっ!」


 竜化したデトロスは痛みに悶えるどころか、怯んですらいなかった。

 思わず動揺してしまったソルドは胸部に衝撃を叩きこまれ、吹っ飛んで床に転がった。

 デトロスが左手で自身の右腕を捕まえ、それを単なる鈍器としてソルドを殴り飛ばしたのだ。

 ソルドが掴んでいたはずの刀はカラカラと音を立てて壁の方へと滑り離れていく。


「ああ痛え……! まさか鱗の隙間を通してくるとはな、それだけの業があれば王室付きの騎士隊の師範だってやれるんじゃねえのか? だが残念だったなぁ、俺ァ誰かをぶん殴るのにどっちの手を使おうと悩んだことは一度もねえ。両利きなんだよ……!」

「その我慢強さが利き腕くらいで説明つくわけないだろ……! このゴリラ野郎……!」

「効いていないわけじゃ、ないんだぜ? だがまあ、テメエをぶち殺すくらいの元気は、残っている……!」


 ずる、ずると脚を引きずるようにして、デトロスは倒れたサイボーグに近づいていく。

 その身体に刻まれた魔力紋は鼓動に合わせて明滅し、右腕切断面の出血は早くも塞がりかけていた。


「その心臓が動いている限りは、本当に死なねえらしいな……!」

「素晴らしいだろ? ある日突然動かなくなるらしいが、知ったことか……! その頃にはとっくに、燃え尽きているだろうからなっ」


 膝を突き、ようやくヨロヨロと立ち上がりかけているソルド。

 その眼前に立ち、デトロスはもう一度竜爪を振り上げる。


「さあ悪あがきはここまでだクズ野郎……! 死にやがれっ!」


 右腕を切断されてもなお、その威力は健在。

 上位捕食者の爪は、獲物が完全に体勢を立て直す前に、柔らかな首筋をずたずたに引き裂く。


「やめなさいっ!!!」


 その直前。

 凶爪とサイボーグとの間に立ちはだかったのは、ひとりの少女。

 化学繊維で編まれた黒いドレスを纏ったその少女には戦闘能力などありはしない。

 ましてや武器も持っていない。

 竜と化したデトロスにしてみれば、少女など爪で引き裂かずともただ蹴とばすだけで殺せてしまう。

 肉の盾にすらなっていない、目隠しがせいぜいの役立たず。


「何、だ……!?」


 だというのに。

 デトロスは、彼の身体は、立ちはだかった少女(ステラ)を前に何故だか言うことを聞かなくなった。


 恐怖や動揺ではない。

 死を覚悟し、目に涙を浮かべているガキひとりにビビる要素などひとつもない。


 それでも、事実として、彼の身体は動かなくなった。


「その心臓、ある日突然動かなくなると言ったな?」


 懐から男の声がして、ようやくデトロスは我に返った。

 その瞬間から身体は動くようになったが、ほぼ密着する距離に潜り込んだソルドを排除するには時間が足りない。

 どれだけ素早く動いても、一撃は貰ってしまう。


 一方で。

 竜化したデトロスは自分の胸部を覆う甲殻と鱗の存在に思い至った。

 敵は一度心臓を直接止める攻撃をしてきたが、その時ですら心臓を完全に破壊はできず、すぐさま魔力紋の力で蘇生した。

 まして今回は防御も厚い。


(だから……だから、()()()()()()()()()()?)


 男は悟り、思わず笑った。

 こちらの防御が厚いことなど、この傭兵はとっくに分かっている。

 分かっていて、ここまで踏み込んできているのだ。それが答えでなくて何なのだ。


 ガシャガシャガシャッ! と金属がこすれ合い、組み上がる音。

 それは銀の腕に仕込まれた最後の1%。

 サイボーグはそれを気味悪く笑う竜の胸に押し付け、挑戦的に笑い返してやった。


「残念だったな。あんたの心臓が止まるのは、今日だ」


 ズドッ! と。

 鱗を割り、甲殻を砕き、肋骨を折り、肉をブチ抜いて。

 最大まで充填された魔力と仕込まれた火薬の相乗爆発によって発射された杭が、竜の心臓を完膚なきまでに破壊する。


 穿孔鋼杭(パイルバンカー)

 それはあらゆる技術を貪欲に呑み込む技術者の少女が『悪魔』の囁きに耳を傾けた結果実現した、威力過大、燃費最悪、しかし『必殺』の義体化(エンハンス)


「排除完了」


 サイボーグの呟きは、竜にはもう聞こえていなかった。

穿孔鋼杭(パイルバンカー)

それは全サイボーグの憧れ……とまで言うと言いすぎにしても、戦闘用の義体化を導入するサイボーグのほとんどにとって憧れの兵装。威力は高いにしろ対象に接近するリスクやメンテナンス性、義体化していない身体部位への反動等々を考えれば折り畳み式の対物ライフルでも仕込んだ方が何百倍もマシなのだが、かつて単独で何台もの装甲車を破壊し大企業の金庫までもぶち抜いたというサイボーグ傭兵の伝説に憧れたバカたちの手によって日々実現のための試行錯誤がされている。


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読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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