062 交渉決裂
「うわ、まさに死屍累々……」
『応接室』から廊下へ出たトールは表情を歪ませて呟く。
血生臭い戦闘の痕跡を片付ける者は誰もいない。
捨て置かれた死体はここでただ腐っていくのみだ。
「ソルド……お前の強さは散々聞いていたし見てもいるけど、こんなレベルだともはやひとりで軍隊みたいなものじゃないか。そのうちどこぞの王国から声がかかるんじゃないか?」
「声がかかったとして、俺が国に属することは無いだろうな。国家が突出した力を持つ個人にすることなんて、徹底的な搾取と裏切り以外に無い。それに、先約もあることだしな」
「律儀な男だね」
「それしか能が無いだけだ」
ソルドは淡々と返事をしつつ、少し振り向いて後ろに続く少女たちの様子を確認した。
トールはまったくもって平気そうだ。技術者としての印象ばかりだが、この女はジョージの居城では医者のようなこともしていたらしい。血の匂い、そして冷酷で残虐な死には慣れているのだろう。
(だが問題は……)
一方で、すっかり黙りこくってしまっているステラは顔色が悪い。
復讐を、人殺しを望んでいるのはこの女だ。
だがステラは元々箱入りの貴族娘に過ぎず、当然殺しに慣れているはずもない。
どうにか感情を昂ぶらせて分泌したアドレナリンを頼りに進んできたが、トールと合流したことでどこか緊張の糸が切れ、冷静になってしまったのだろう。
(自分を襲ってきたクズどもの死など気にする必要なんてないのに、哀れな女だ。ストレスで暴走する前にとっととカタをつけないとまずそうだな)
ソルドは少しだけ歩く速度を速めた。
後ろに続く依頼主がただ前に進むことに集中して、周りの死体を見なくて済むように。
ーーーーー
「よお、待ってたぜ鉄の傭兵。どこで道草食ってたんだ?」
その男は当然のように、そしてあまりにもあっさり、ソルドたちの前に現れた。
『応接室』から逆走して戻ってきた塔のエントランス。
ソルドが侵入して最初の戦闘を行った広間の真ん中で、身体中を鱗で覆われた半耳の大柄エルフは腕を組んで立っていた。
「デトロス……!」
「下がってろ」
ソルドは怒りが滲む声で呟いたかと思えば突進しかけた没落令嬢を手で制し、代わりに自らが広場中央へと進み出る。
デトロスはただ笑って近づいてくるサイボーグを見返している。
その首には一本の刀が貫通して刺さったままになっていた。
「へぇ、イカしたピアスじゃないか。首を貫くだなんて、他の連中には真似できないセンスだ」
「竜化の魔力紋で増幅した筋肉と再生能力が致命傷を避けてくれたのさ。こんななまくら刀を刺していたって邪魔で仕方が無いんだが、医者が言うには抜かない方が長生きできるから抜けないとさ。ハッ! こんな身体で長生きなんざ、ハナから望んじゃいねえってんだ。命を燃やし尽くしてこそのマッドエルフだろうが。その点では、あの黒ずくめの女エルフの方がよっぽどマッドでスカッとする生き方だったよな?」
もはや爬虫類の方が近いのではないかという見た目になりつつあるデトロスは、しかしいかにも人間臭い所作で腹に手を当てて笑う。
その爪は何者かの血で真っ赤に染まっていた。
「それでまあなんだ、テメエらがそこのガキを連れて帰るって言うなら俺は追わねえ。いくらでも代えが利くクズどもとはいえ、テメエは殺しすぎだぜ。産業スパイひとりとっ捕まえて知識を絞り出したところで全く釣り合わん」
デトロスは懐から取り出した葉巻を竜の牙がはみ出している口に咥え、紫煙をゆっくりと吐き出した。
「だからこれは交渉だ、傭兵。向こう1ヶ月、タインルフェ商会はそこのお嬢ちゃんを追わねえ。だがこの1ヶ月ってのは俺たちが兵隊を補充して、再度テメエらを追い回す準備をするまでの期間だ。お嬢ちゃんはその間に遠くへ逃げられる。テメエ自身はお嬢ちゃんを捨てて平和に暮らす猶予を得られる」
「……返事は必要か?」
「だよなぁやっぱり。あー、メンドウなことになった」
心底イヤそうに呟く男は、まるで最初からその返事が来ると分かっていたかのよう。
紫煙の代わりにため息を吐いたデトロスは葉巻を捨て、その火を乱暴に踏みにじって消した。
「テメエらがこの街に何をしに来たのか、大体は掴んでいる。部下のアホ共は工房の陰気野郎にうまく丸め込まれてノコノコ帰ってきていたがな。そしてそのピッカピカの右腕を見るに、当初の目的はとっくに達成している。それでも、後ろのお嬢ちゃんがそんな目で俺を睨むってことは……もう交渉は通じないってことだ。感情ってのは厄介極まりないな」
「……」
あからさまな挑発に、ステラはただ無言でメイスを握りしめる。
怒りが罪悪感と自己嫌悪を薄れさせていく。
「良い目だ。ウチにもそんな目をしたやつが一人でもいればよかったんだが……ビジョンの無いボンクラばかりでな」
「いいのか、自分の部下にそんなことを言って」
「まあな。商会は元々俺と兄貴の二人で老害共が枯れていくだけのクソッタレの森から独立するために組織したんだ。ゆくゆくは国みたいなものになればいいとな。ところが今はただの落伍者たちが身を寄せ合うだけの仲良しごっこになっちまった。当初の理想を覚えているのは俺だけで、クズどもは飯を食っていければそれでいいと開き直って使えねえ。まったくどこで間違えたんだか……」
デトロスはやれやれ、と首を振った。
「さて、ちょいと喋りすぎた。『交渉』ができないとなりゃ、残る手はひとつしかねえ」
そして降参のジェスチャーのように上げた両手をそのまま握り、ファイティングポーズをとる。
「もう逃げ回らねえよな? 傭兵。せっかく命を燃やしているんだ、相応に心躍る殺し合いにしようじゃねえか」
「せっかく提案してもらったところ悪いが、仕事に私情は持ち込まない主義でな」
対するソルドも軽く構えて、にやりと笑った。
「なるべく早く、つまらない死をくれてやるよ」
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