061 噂のドラゴンスレイヤー
「そ、そこで止まれテメエ! この女の命が惜しければ一歩も動くんじゃねえ!」
「ステラ、そのメイス借りるぞ」
「だからうごっ」
多くの人間が床に倒れ伏し、荒れ放題の『応接室』にて。
正確無比に投擲されたメイスが、ナイフを持った男の額を直撃してその意識を奪った。
その隣、椅子に縛りつけられたドワーフの少女、トールは「ナイスコントロール」と笑う。
「連中が用意したこの椅子硬くってさぁ、ちょっと座っていただけなのにもうお尻が痛くって」
「それは災難だったな」
ソルドは床に落ちたメイスをステラに返し、代わりに拾ったナイフでトールの身体を椅子に固定しているバンドを切った。
解放された少女はよろよろと立ち上がり、「あーひどい目に遭った」と手足をプラプラと振る。
その顔は少し腫れていて、頬にも殴打された痕がある。
「トールさん、大丈夫ですか!?」
「正直だいぶ参ってしまったよ。連中、客をもてなすって言葉の意味を調べ直した方がいい」
「でもこんなに痛そうに……」
「痛いのは痛いよ。本当に、もう二度とゴメンだね」
まるで自分のことのように心配する没落令嬢に、トールは苦笑しつつ応える。
「まあただ殴る蹴るだったからマシかな、もっと猟奇的で容赦の無いのを覚悟していたから。芸は身を助けるとはこのことだね」
「芸?」
「要するに技術的な利用価値がある捕虜だったから拷問されずに済んだ、ってことだろ」
「あ、そういう言い回しがあるんですね」
(まあ俺の耳にそう聞こえただけで、この世界の元の言葉だとどうなってんのかは分からないがな)
ソルドは慣用句までもそれらしく翻訳しているらしい身体システムに想いを馳せつつ、トールに「あんたを助けたその『芸』に用がある」と銀の右腕を差し出した。
「スタームァがここまでやってくれた。だが最後の1%の仕上げはあんたにしかできないと」
「うお、マジか。別にアタシがやるより師匠が仕上げた方がいいんじゃないかって自分的には思うけども……まあでも、期待には応えて見せましょう。道具は持っているからここでやっちゃおうか。そこのテーブルで事足りるから座って」
トールが指差したのは物々しい拷問器具や武器が置いてある『応接室』の中で唯一本当に客をもてなす気がありそうなローテーブルとソファのセット。
ソルドが言われたとおりに腕を置くと、トールは自身が縛られていた椅子の横の棚から回収した工具を展開し、手早く作業を進めていく。
「それでさ、エクスさんは、その」
「彼女は死んだ」
「……やっぱり、そうだったんだ」
ソルドのあっさりとした返答にトールはため息を吐く、が、手は止めない。
「あの人はアタシと大した面識もないのに、きっとアタシの技術がお前やステラの役にたつだろうからって戦ってくれたんだ。超強くてさ。あのゴリラエルフ野郎にも絶対勝つと思ってたんだけど、途中であいつが竜化して……」
「俺たちが商会に潜入しに行ったときにデモンストレーションしていた技術か」
「身体にはかなり負担がかかっていそうだったけど、あいつが元々導入している魔力紋の再生力で無理やり耐えて使っていたみたい。エクスさんはそれで不意を突かれて一発重たいのを貰っちゃって……でも、それでも彼女は最後まで戦った。おかげでデトロスの奴はアタシの側を離れて緊急で治療をしないといけなくなったみたいだよ」
「それで警備が思ったよりも手薄だったんだな。デトロスにしてみれば俺たちがあんたを取り返しに来ることくらいは容易に想像がついただろうに」
「お前もさんざん見てきただろうけど、商会は所詮ゴロツキの集まりだ。デトロスがひとりで全部引っ張っているワンマンチーム。魔力も使わずに竜を単独で殺す存在が攻めてくるんだ、分かっていても対策なんかできないさ」
トールは苦笑しつつ「ほい、できた」と開いていた蓋を閉じて、銀の腕をぽんぽん、と叩いた。
「これで仕上げは終わり。ブレードの使い勝手が変わっているだろうから注意して。特に魔力で刀身が硬化するタイミングが少しズレていると思う。あと大量に斬りすぎるのも注意、ちょっとだけだけど魔力効率が悪化しているから。人を斬るのは最小限にとどめた方がいい」
「必殺のつもりで斬れと」
「その通り。それが可能な斬れ味は保証するよ。なにより……『例の機能』がこれで有効化された」
「ふっ。それは確かに大事な1%だな」
「あの、何ですかその『例の機能』って……?」
置いてけぼりを食らっていたステラがおずおずと手を挙げて問う。
「説明が難しいが……魔力による硬化の応用とでも言おうか。本来なら腕そのものが耐えられないレベルの、ある種リミッターを外した操作をできるようにしてもらった」
「ただ斬っているだけではデトロスの身体に搭載された魔力紋に対抗できるとは言えないからね。元々ヒントは貰っていたやつだよ、ほら、湖のところで試していた。あの時に貰ったアイデアをどうにか実現できないかを考えていたら、師匠から素晴らしい発想を授けてもらいましてな~。まさかあえて魔力効率を悪化させてから活性化のタイミングをずらして……」
「よく分からないので役立たずでもわかるように説明してくださいな?」
「「必殺技が使えるようになった」」
「なるほど、よく分かりました」
「……あのさ、ステラ嬢」
ステラが理解を諦めてひとまず納得だけすると、トールは少し言いよどんでから口を開いた。
「エクスさんのこと、本当にごめんなさい。彼女はアタシを守るために戦った。それをアタシはただ見ているしかなくて。彼女、ずっとステラ嬢のことを気に掛けていたみたいだった。君らの関係性を理解しているとは言えないけど、大切な人だったんでしょ。だから……アタシ、もっとすぐに、謝れたらよかったんだけどっ……! 死んじゃったって、聞いて……!」
「泣かないでくださいな、トールさん」
せきを切ったように涙を溢れさせるトールの顔を、ステラはそっとハンカチで拭った。
「わたくしはもう泣いた後なので、少しズルをしていると言えるかもしれませんね。けれど、あなたには人の役に立つ力があります。エクスさんはあなたのその力がわたくしを助けると信じて戦ったし、あなたはまさに今その力でわたくしの護衛を治す使命を果たしてくれた。だからどうか自分を責めないで。あなたは立派に、期待に応えたのです」
「ステラ嬢……」
ステラはトールの目を見つめ、微笑む。
「わたくしは役に立たないただの生意気な貴族娘ですから、その点では気楽なものですね」
「さっきから何でそんな言い方を……さてはソルドが何か吹き込んだんだな!? このご時世こんなに純真でいい子は滅多にいないんだぞ、この悪魔め……!」
睨まれたソルドは無言で肩をすくめる。
その反応で満足したのかトールは袖で涙を拭うと、ふぅ、と息を吐いた。
「それで、この後はどうするの。このまま脱出?」
「……いいえ」
ステラは首を横に振る。
「わたくしには果たすべき『復讐』があります。ソルドと共に、デトロスを討ち取ります」
「やっぱり、そうするんだ。一応言っておくけれど、危険だよ。あの竜化の魔力紋は人間を超えた力を引き出させているし、素人ばかりでも相手には大勢の部下がいる。ソルドがどんなに強力でも……」
「問題ないですわ、きっと。ねえソルド?」
「ああ」
ソルドはわざとらしく笑って言う。
「噂のドラゴンスレイヤーの力を見せつけてやるさ。この腕を試すのに丁度いい機会でもあるしな」
「……お前たちがちょっとイカれているのは知っていたけど、ブレないねホント」
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