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057 血の雨

「話の通じねえ奴だな。兵隊としちゃ失格だ」


 デトロスは刃を向けられているというのに怯むこともなく、拳をにぎりシンプルなファイティングポーズを取って笑みを浮かべた。


「誠に残念ですが我が社には不要ってことで、ぶち殺す!」


 ドッ、と。

 道を蹴り割るほどの脚力でデトロスが突進。

 筋骨隆々のエルフは拳を振りかぶり、構えた刀ごとエクスを叩き折らんとする。


 だが次の瞬間、攻撃は空振りに終わる。

 エクスはただ身体を捻るだけで拳を躱したのだ。

 そして代わりとばかりに、素早く切り裂かれたデトロスの首筋から鮮血が噴き出す。


「無駄なことを。そんなのろまな拳、私には当たらない」

「無駄ぁ? それはテメエもだぜ貧弱女」

「っ!」


 首から血を流しながら、しかし、デトロスは反撃の蹴りを放った。

 蹴りはエクスの身体を派手に吹っ飛ばしたが、彼女は逆にその勢いを利用して衝撃を逃がし、すぐさま体勢を立て直す。


「俺の身体は魔力紋で強化済みだ。テメエのなまくら刀じゃ何回斬っても致命傷になりやしない。さっきの追いかけっこで散々味わわせたはずだが?」

「そうだな。そういうことにしておこう」


 デトロスの嘲笑をエクスは意に介さず、静かに地を蹴った。

 刀が翻り、デトロスの身体にいくつもの切創を創り出していく。

 さながら角材から御神体を彫り出すが如き鮮やかな太刀筋は、力任せに振り回される腕や脚を意に介さず、時には利用して、辺りに血の雨を舞い上げる。


「チッ! 相変わらずウロチョロとうざったい……! おいテメエら! 何をボーっと見てやがる!!」


 デトロスが苛立ちのままに叫ぶと、刀を持ったエルフの戦闘力に傍観しか出来ていなかった商会の下っ端たちが恐怖のままに動き出した。

 ただ上司に殺されないようにと命令を遂行するための突進は、当然統率が取れているはずがない。

 それでも数で圧倒すれば細腕の女ひとりを捕らえるくらいわけ無いはずなのだ。


「無駄だと言っているだろう」


 しかし。

 刃の反射光が数度煌めいたかと思うと、次の瞬間には一糸乱れぬ動作で下っ端たちは倒れ伏す。

 彼らの切断された頭部だけがそれぞれのタイミングで地に転がり、水っぽい音が不規則に連続した。


「自分の力量も把握できていない者は下がっていろ。大切な命を無駄にすることは無い」


 血の海に立つ女の身体は相も変わらず血に濡れていない。

 ただその刀だけがびっしょりと濡れ、ぽたぽたと紅い涙を流す。


「ハッ。流石は本職ってか? 首を落とすのはお手の物か、『処刑人』」

「貴き者に与えられる最期の名誉とこの虐殺とを一緒にするな。君たちのようなクズの落ちる地獄に名誉なんかひとかけらも無いぞ」

「死んだら腐るだけの肉袋に名誉もクソもあるかよ。せっかくだ、テメエも連中の居る場所に送ってやるから直接見てきたらどうだ?」

「遠からず見に行くさ。だが、それは今じゃない」


 血だまりを踏みつけ、暴力の嵐が吹き荒れる。

 だがその中ではまるで凪を浴びて踊るように白銀の刃が翻り、デトロスのグレーのスーツがどんどん真っ赤に染まっていく。


「いくら斬っても無駄だと言っているだろうが! ちょこまかと逃げ回りやがって!」

「私にはまだやることがある。何と言われようと逃げ回らせてもらうよ。それに、そろそろだ」

「っ!?」


 ガクン、と。

 筋骨隆々のエルフが拳を振りかぶった瞬間、その脚がいきなり膝をついた。

 性格には、突然巨体を支えられなくなったのだ。


「脚が!?」

「そこだっ!」


 白銀が一閃。

 今度は最初に鮮血を噴き出したのとは逆側の首が斬り裂かれ、再び血の雨が降る。


「ソルドはあの怪力で貴様の心臓を一度止めていたようだが、残念ながら私に同じ力はない。だが、できることはある」


『処刑人』は刀を振り、血を払い落とす。

 その刃の白銀の輝きは血と脂にまみれて鈍くなるどころか、より一層の煌めきを放っている。


「身体の再生は傷がつくスピードと差し引きで黒字にならなければ意味が無い。そしてヒトである限り、再生能力には限界がある……血の量という限界がね。血が足りなくなった身体は元には戻らない。君の身体には余分に溜め込まれていたから、血抜きにもかなりの時間がかかった」


 地面に膝崩れとなり沈黙したデトロスの首筋に、エクスは慎重に刃を当てる。


「血が多いのは、かえって好都合でもあったけれどね。この子は魔力を通してやれば切れ味が増す……斬れば斬るほど、殺せば殺すほど殺しやすくなる最高の殺人道具なんだ。今なら君の無駄に頑丈な肉も骨も両断してやれる」


 無言を貫くデトロスの頭を落とすべく、『処刑人』の刃が高く掲げられ。


「では、安らかに」


 振り下ろされる。



 確かに処刑は執行された。

 ()()()()()()()



「っ!?」


 異常を感知したエクスはその場から飛び退こうとして、何かに引っ張られていることに気づく。

 いや、違う。

 握っている刀が、動かないのだ。


「……あのうさんくせえ引きこもり野郎の研究。どうせ余った金だと投資してやっていたが、どうやら()()()を引いたみたいだな?」


 エクスが振り下ろした刃を握りつぶさんばかりに掴んでいるのは()()()()()()()

 筋骨隆々のエルフは……いや、()()()()()()()()は、その内側から湧きあがる熱と共に立ち上がった。


 元々ピッタリめだったグレーのスーツは身体の膨張に伴い引き裂かれてぼろきれと化した。

 露出した肌は徐々に鱗が覆っていき、堅牢な鎧が編み上がっていく。

 そして血走った目はヒトのそれではなく、暴虐を体現する魔物の眼球へと置き換わる。


「な、竜に、成った……!?」

「驚きの研究成果だ! こりゃ俺自身を使って量産するまで進めてもらわねえと、なぁ!」

「しまっーーー」


 刀を握られていた『処刑人』の反応は一瞬出遅れた。

 その一瞬で鋭利な竜の爪が細い身体を切り裂き、人間を超えた筋力ではたき飛ばす。


「条件が全く分からねえが、とにかく『竜化』は成功だ! ハハッ! こうなった俺はエルフなのか!? それともドラゴンを名乗った方がいいのかねえ!」


 歓喜の声を上げるデトロス。

 今や彼が彼であったと分かる材料は千切れたままの耳と、身体中に刻まれた魔力紋……中でも、背中でひときわ強い輝きを放つ()()()()()()だけだ。


「さて、そしたらさっそく身体を慣らしていかないとな?」


 竜体化人(ドラゴモーフ)となったデトロスは吹っ飛ばされて横たわる血まみれのエルフの方を向くと、握りしめていた刀をその傍に転がしてにや、と笑った。


「ラウンド2と行こうか、『処刑人』。そのなまくらで今度こそ首を落とせると良いな?」


 ーーーーー


「な、何、これ……」


 全てが静寂に還ったあと。

 護衛(ボディーガード)に背負われた没落令嬢は未だ乾かない血の海を見て呆然と呟く。


「ステラ。この先は俺だけで『確認』してこようか」


 一方で、電子義眼を通して既に()()()()()()()を終えた護衛は主に問う。

 だが主たる少女は首を横に振った。

 その問いを彼が投げかけた意味を察し切れないほど、彼女は鈍感ではなかった。


「……エクスっ!」


 幾重に折り重なった首のない死体、その向こう側に。

 念入りに痛めつけられたその女は、まるで猫の死体のように乱暴に捨てられていた。

読んでいただきありがとうございます!

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