056 信用と使命と
「銀という鉱物は鉄と比べて柔らかい。おまえのように戦いに使うのであれば、この腕は本来鉄で作ってあるべきだ。理由は単純、鎧としては鉄の方が優れているからだ」
刺客たちが荒らしまわった痕跡が残る工房で、スタームァは銀の腕をサイボーグに取りつけながら淡々と語る。
「しかし鉄はすぐ錆びるし、精錬の過程で炭を大量に使うせいで肌に長時間触れていれば炎症を起こすこともある。そしてそもそも大前提として、安全性以前に銀でしか作れなかったんだ。この腕は」
細かい部品が、まるで髪にアクセサリを編み込んでいくかのような淀みない手つきで取りつけられていく。
言葉を発しながらも、職人の手は一切止まらずに作業を続行する。
「これも単純な理由だ。銀は鉄よりも魔力をよく伝える。魔力を使う仕掛けが入っている武器は大概芯の部分に銀を使うが、おまえの腕の場合、元の機構を再現するには少しのロスも許されなかった。効率的にやらなくちゃ、この腕はおまえの命をあっという間に吸い尽くしてしまう」
「まるで悪魔の腕だな。魔を祓う銀で出来ているってのに、皮肉なもんだ」
「悪魔の腕か、あながち間違ってもいない」
ふぅ、と嘆息したスタームァは小さな蓋を閉じ、新たに銀の腕の主となった男の顔を見る。
「この腕はおまえの望みを叶える代わりに、最後には銀の悪魔がおまえの魂を持って行く。それでもいいと言うのだろう?」
「ああ、問題ない。代わりの魂が手に入る予定だからな」
(それに、俺の魂なんざとっくに他の悪魔に売り渡している)
サイボーグは表情には出さず、心中で苦笑する。
(ひとつの魂を二匹の悪魔に売りつける詐欺契約。心が躍るじゃないか)
掌の上で小さな悪魔が笑っている気がして、ソルドはそれを握りつぶす。
ただ動かそうと意識するだけで、右腕は肩から指の先まで少しのラグもなくスムーズに駆動した。
「本当にあっという間に取りつけたわね……でもスタームァさん、これってまだ完成ではないのでしょう?」
そっとソルドの新たな右腕に触れて感嘆の息を吐いたステラが言うと、スタームァは静かに首肯する。
「言った通りだ。そいつはそのままでも十分機能するが、最後の仕上げが残っている。そしてその仕上げは、あの留学生にしかできない」
「留学生……ごめんなさい。わたくしたちがトールさんを巻き込まなければ、こんな事には」
「謝罪されても困る。あいつは手紙を送りつけて来ていた時から進んでリスクテイクしてしっぺ返しを食らっていた。今回のことも、結局はあいつがおまえたちを利用して商会の技術を盗みに行った結果起こったことだ。まあ、あの感じでも頭が悪いわけじゃない。どこかで道草を食っているだけかもしれん」
「評価していますのね。トールさんのこと」
「……客観的な事実だ。我流で身に着けた基礎はガタガタで、セオリーに従うより挑戦的な近道を選ぶようなやつだが、それ故に、最終的には現在地から一歩だけ先へ進む。あの留学生にはそういうセンスがある。ケチで性格の悪い領主サマが大切に飼っているのには理由があるということだ」
そこまで言って、フッ、と。
終始無表情だったスタームァが、少しだけ口角を上げた。
「枯れる前に燃え尽きて死ぬ。技術者ってのはそうでなくちゃな?」
その言葉に、ステラはハッと気づかされる思いがした。
そうだった。
この男もまた、異端者エルフだった。
最初は恐怖を覚えたその狂気は、しかし、少女の胸に何か熱いものを去来させた。
「とはいえだ。頭の中に一歩進んだ先の景色を押し込んだまま死なれても困る。最悪死んでもいいが、頭の中身は後塵を拝する哀れな敗者にむけてぶちまけてもらわないと」
「頭の中身を……? ぜ、絶対に生きている状態でここに連れ戻しますっ!」
「ステラ、脳をぶちまける話はジョークだ。まあ俺の知る限り、死者から記憶を取り出すのは技術的に不可能というわけでもないが」
「そのお話こそ冗談ですわよね?」
「技術者の端くれとしては気になる言葉が聞こえたが……ソルド。おまえたちがこの街に来た時におれが何を言ったか覚えているか?」
「当然覚えている」
ソルドは席を立ち、スタームァの目を見て言う。
「この腕の出来栄えに釣り合うだけの働きはするつもりだ。あんたが領主から預かった大事な留学生は俺の信用に賭けて生きたまま連れ帰ろう」
「是非そうしてくれ。あの女の頭の中身には銀貨の何倍もの価値を生み出すポテンシャルがあるんだ」
「もし既に死んでいたら、脳から価値ある情報を少しでも多く取り出せるように手を尽くすつもりだ」
「次善の策があるとは、流石は噂のドラゴンスレイヤーだな」
「あなた方は気味の悪い冗談を言わずには約束もできないんですかっ!?」
ーーーーー
「ハァハァハァッ」
小柄なドワーフ少女が通りを駆け抜ける。
いつもは露店に人がひしめいているガレット下層部のメインの通りには、しかし、ほとんど人影がない。
「待てコラ!」
通りに多数の怒声が響く。
少女を追う男たちの声だ。
それは一種の戒厳令。
この街の支配者たる商会の『お願い』は、住人にとって逆らえば殺すと脅されているも同義。
邪魔をするなと言われれば、家から一歩も出ないのが正解なのだ。
「もうっ! いつまで追ってくるんだぐえっ!?」
「っしゃあ命中!」
背中に激痛が走り、トールは脚をもつれさせて転倒する。
その背に瓦礫を投げつけた商会の刺客は歓喜の感情を漏らし、息を切らしながら少女にナイフを突きつける。
「このクソガキが。自分の立場を分かっていないようだな。テメエは商会から技術を盗んだだけじゃなく、例の悪魔にその情報を横流ししてんだろ? フツーならぶち殺す以外に無いが、ボスの温情で生け捕りの指示が出てるから殺してねえんだ。分かってんのか?」
「温情? いやいや、フツーにアタシの技術と知識が目当てでしょ。お前らのボスは金儲けに関しては徹底的でドライだ。生かしてくれるつもりなのは一応ありがたいけど、あのご大層で退屈な野望のためにだけ生きるなんて死んでもイヤ」
「ボスの悪口を言うんじゃねえ! 俺らが八つ当たりされるだろうが! その歯ァ全部へし折って喋れないようにしてやるっ」
地面に横たわる少女の顔面へ向けて、刺客が渾身の蹴りを放つ。
「っ!」
思わず目をつぶったトールだが、しかし、いつまでたっても痛みが来ない?
「……?」
薄目を開けると、何やら煙が立ちこめていてよく見えない。
ただただ何かがどさっ、と落下する音が連続するだけ。
「っ!」
だが目の前まで迫ってきた赤い液体を見て、トールは状況を理解し、身体を起こして後ずさる。
換気性の悪い路地でもないので、人為的に張られた煙幕は見る見るうちに晴れていき。
その後に残っていたのは首を落とされて絶命した刺客たちと、血だまりの中に立つフードのエルフ。
「え、エクスさん、ですよね? 助けてくれた……?」
「期待するな。私もここのクズどもと変わらない」
刀に付着した血を払い、エクスは冷たく告げる。
「ステラ嬢が君を必要としている。だから助けるだけだ」
エクスは白銀に光る刀身を残る追手に向けた。
だが相手の反応は待たない。
「て……」
言葉のひとつもロクに発せさせないまま、振るわれた刀が首を落とす。
それはもはや戦闘というよりは作業。
手際よく、無慈悲に、鮮やかな血の華が次々開花していく。
血と脂で刃が鈍ろうとも構わず。
処刑人が振るう刀はその場にいた刺客の全員を静かに殺害した。
「……」
トールは逃げるのも忘れ、血の海に立つエルフを見た。
返り血を浴びず、ただ足のつま先だけを紅く染めた女の表情は、無。
殺しに慣れているという表現は生ぬるい。
その姿はただ殺戮を命じられて実行しただけの幽霊のようだった。
「あーあーバカでクズでもタダでは雇えないんだぞ? こんなに大勢殺しやがって」
そして、むせかえるほどの鉄錆の匂いが漂う通りに遅れてやってきたのはグレーのスーツを着た男。
「テメエは何なんだ? 王城の手先でもなければ、反逆者の連中でもない。むしろ俺たちは腐っても同胞じゃねえか。なのに現役を引退した処刑人サマが趣味でも人殺しとは、仕事と趣味は分けておくのが楽しく生きるコツって聞いたことねえのかよ」
「私は楽しく生きるつもりはない」
デトロスがくだを巻くのを、エクスは言葉で一刀両断しながら刀を構える。
「ステラ嬢の不利益になるものを全て排除する。そのために人殺しとして生きると決めた。だから、キサマもいい加減排除させてもらおう」
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