055 妥協はできない
「待て、ステラ」
冷静だが有無を言わせない声色に、サイボーグの後ろをついてきていた没落令嬢はぴたりと脚を止めた。
「どうしたの? スタームァさんの工房はもうすぐそこでしょう?」
「……先客がいるようだ」
「それって商会の……!?」
ぐっ、と前に出ようとするステラはソルドの手によって物陰に押し戻された。
二人が隠れている路地と工房は離れているが、間に遮るものが何もない。
「ひとまず様子を見よう」
ソルドは言うと、路地から少しだけ顔を出して電子義眼を望遠に切り替える。
電子義眼による望遠はレンズによる光学的観測で得られた観測映像を身体システムによる予測・補完で再構成する仕組みで、遠くなればなるほどその精度は低下する。
ほとんど最大距離望遠による工房の観測映像は安物のインスタントカメラのような画質だが、しかし、何が起きているのかを把握するのに十分。
工房の主は二人組のゴロツキにぼさぼさ髪を引っ張られ、殴られ、恫喝されている。
「やはりスタームァが襲われている」
「じゃあ助けに行きませんとっ!」
「待て」
「ぐぇ!?」
駆け出そうとして首根っこを掴まれたステラは潰れたカエルのような悲鳴を上げて停止する。
「何をするんですか!?」
「……あの男はこの街で銀貨より重要なのは信用だと言っていただろ」
「そ、それがどうしたんですか」
「規模もスタンスも異なるが商会とスタームァは同じ武器商人、いわば商売敵の関係だ。いつ因縁をつけられてもおかしくない相手に無策で居るとは思えない。おそらくこんな時のために商会をあしらうための工作くらいはしているはずだ」
「そうやって賢いふりをしてスタームァさんが殺されでもしたらっ」
「殺されない」
ソルドは断言する。
「殺されるならとっくに手遅れになっているはずだ。それが殴られるだけで済んでいるのが、あいつの工作が上手くいっている証拠だ。何より、あいつは俺の新しい腕を作ると約束した。無暗に死んで信用を毀損することなんかしないさ」
「……やけに買っているのですね。スタームァさんとは数日関わっただけですのに」
「これは単なる勘だが、ああやって己を貫き通しているような職人ってやつはしぶといんだ。どんな環境でも、どんな状況でも、バカみてえにこだわりやがる」
ソルドは旧知の頑固者の顔が浮かび、つい笑ってしまう。
あちらの世界で元気にやっているだろうか。
と、電子義眼が去っていくゴロツキどもの姿を捉えた。
スタームァはその背中に中指を立てている。
「よし、行くぞ。どうやら商会の連中を追い払えたみたいだ」
「ほ、本当に? スタームァさんは無事なんですか!?」
「ああ。面倒そうな顔をして顔の血を拭ってる」
「いったいどんな手を使ったのでしょうね……」
半信半疑のステラを連れ、ソルドは路地を出て工房へ。
赤く染まった手ぬぐいを桶で洗うスタームァはふと顔を上げ、周囲を警戒しながら近づいてくる二人を見て、再び桶に視線を落とした。
「おまえたちか。悪いが暴力はさっきずいぶん買い込んでしまった。平和的に頼むよ」
「減らず口が叩けるなら元気そうだな。どうやって商会の連中を言いくるめた?」
「所詮は寄せ集めのチンピラだ。少し殴らせてやって、暴力に恐怖する哀れな根暗が銀貨を差し出して命乞いをすれば満足する。この街じゃ銀貨なんぞロクに使えんというのにな」
「その銀貨の調達元は……」
ソルドが問うと、スタームァは洗った手ぬぐいで顔を軽く拭き、ふぅ、とため息を吐く。
「おまえが隠し持っていた銀貨を使わせてもらった。まあ元より工賃として頂こうとしていた分だ。先払いだと思ってくれ」
「まあ迷惑料もあるから銀貨を勝手に使うのは構わんが……連中はちょっと払っただけで満足したのか?」
「いいや。部屋を好きに漁らせたから、出てきた銀貨は全部持って行ったぞ」
「はっ、工賃も高くついたもんだな」
「そう文句を言うな。奴らにはおれが必要分を使ったあまりをくれてやっただけだよ」
「必要分……?」
「悪いが、おれは妥協ができない性質でね」
「っ!」
ソルドは息を呑んだ。
スタームァが気だるげに鍛冶用の金床を押しのけた床下、鉄板に隠された隠し倉庫から取り出したのは、銀色に輝く右腕。
「頼まれていたブツ、ってやつだな」
「……俺に今くっついている右腕をベースに改良するって話じゃなかったか?」
「言っただろう、妥協ができないって。おれはもう一本作っちまった方が良くなると思ったからそうしただけだ」
「こ、これ純銀、ですか? こんな量……いったいいくらかかって……」
目を丸くしたステラが銀の腕に触れようと手を伸ばし、我に返って手を引っ込める。
腐っても貴族の産まれがこの反応。
それも仕方ないことだとソルドは思う。
超高級の義体化装置がフェムトメートルの工作精度を出しているのを目の当たりにしてきたサイボーグにさえ、その義腕はもはや芸術品にすら見えるほどなのだから。
「工賃の心配は要らないぞお嬢ちゃん。さっき言ったとおりだ。元々貰う分は貰ってそのままチンピラにくれてやっただけだし、材料に使った銀は全部そこの男が持っていた銀貨を溶かしたものだ。何よりそれを作るの、面白かったしな」
「ソルド? あなたが持っていたというその銀貨、後でちゃんと聞こうとは思っていたんですけどちゃんと出所をお話しなさいね?」
「……一応ギリギリ合法だったとは思うぞ」
ソルドが没落令嬢からの冷たい視線を避けていると、スタームァが「さて」と腰を上げて言った。
「それじゃあ待つ理由も無いからさっそく取りつけてやろうと思うが、実はそいつは未完成でな。俺が取り付けてやれるのは99%までだ」
「残りの1%は?」
「まあ察しはつくかも知れないが」
スタームァは今までにないほど鋭い目でソルドを見た。
「どこぞの留学生が最後の仕上げをすることになっている。だからおまえたちにはあいつを無事に連れ帰ってもらう必要があったんだが、一緒じゃなかったみたいだな?」
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