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052 マジカルサイボーグ

 ソルドが叫び地面を蹴った直後、彼の立っていた場所に人間がひとり墜落してぐしゃ、とイヤな音を立てた。

 その犯人はもちろんデトロス・タイン。


「オイオイ! せっかく投げてやったんだから捕まえるくらいはして見せろタマ無し野郎が! ったく、次の志願者、前へ! いない? じゃあそこでグズグズしているお前だ!」


 走り出したソルドを追いかけるように聞こえてきたのはグレースーツの筋骨隆々エルフの怒鳴り声。

 怒りの中に愉快が滲むのを体現するが如く冗談のようなスピードで第二の犠牲者が投げつけられ、自分はああなるまいと文字通り必死に走る追っ手たちが続く。


「あのファンタジーサイボーグ野郎、どうやら人権意識ってもんが皆無らしいなっ!」

「ソルド、前っ!」


 令嬢の警告通り、全速力で疾走するサイボーグの行く手を複数の追手が塞ぐ。

 だが止まるわけにはいかない。


「ステラ、舌を引っ込めておけよ」


 ソルドは短く警告し脚部のスプリングを解放。

 ボロ板を張り合わせた小屋(バラック)を跳び越え、そのままの勢いで傾斜した壁に走行ルートを見出す。


「あなた壁も走れるの!? 本当に何でもアリね!」

「人をトカゲみたいに言うな。速度とローレンツ力で一時的に重力を誤魔化しているに過ぎん」


 バシバシと胸を叩かれつつ、ソルドは着地点を計算して壁を蹴る。

 通行人が比較的少ない道を選んだが、しかし、サイボーグが地に足をつけるまでの間にどこからか大量の刺客が湧いて出てきた。


「着地を狩ろうって魂胆か。なら……」

「いいえ、あなたは着地に集中してっ!」

「っ!」


 応答を考えている時間的な猶予はほとんどない。

 ソルドはほとんど反射的に腕を動かし、抱えていたステラがすぐ立てるよう姿勢を整えてやる。


 直後、着地。


「それっ!」


 サイボーグが四肢を使って着地の衝撃を殺す横で、黒ドレスの令嬢はタイミングよくその腕を飛び降りていた。

 転びそうになる勢いをそのまま体当たりに変換して着地を待ち構えていた刺客のひとりを弾き飛ばし、続いて覆いかぶさろうとしてきた敵の顔をメイスでぶっ叩く。

 数的有利を確信していた刺客たちは思わぬ反撃に一瞬怯み、そしてその一瞬が彼らにとって致命的。次の瞬間には姿勢を立て直したサイボーグによって斬られている。


「ど、どうかしらっ! わたくし、あなたのお役にっ!」

「無茶をするんじゃない! 後ろからもっとヤバイのが……もう来てんのかよっ!」


 ソルドは肩で息をするステラの腰を抱え、自らの身体で庇いながらその場から跳躍離脱。

 直後人間の身体をひき肉にするのに十分な重量の瓦礫が彼らの居た位置に着弾、倒れていた刺客たちごと新たな瓦礫の山を生み出した。


「おうおうチョロチョロ逃げ回るんじゃねえぞ悪魔坊主。俺はこれでも商売人だぜ? 背中を見せられると逆に追いかけて骨までしゃぶり尽くしたくなる」


 巻き上げられた砂煙を掻き分けて登場するのはグレースーツの筋肉エルフ、デトロス。

 何人もの成人男性をその腕で放り投げていたというのに、全く息が上がっていない。

 その余裕を態度でも示すつもりなのか、デトロスは咥えた葉巻の紫煙を深く吸いこんで、ゆっくりと吐いた。


「商売人か。だったら、交渉(ディール)にも応じてくれるってことでいいのか」


 言いつつ、ソルドはステラに怪我が無いのを素早く確認し、デトロスから隠すように立ちふさがった。


「ん? ああ。場合によるが……俺は交渉好きな方だぜ。ちょいと話してみるか?」

「ではまず結論から。あんたにもし俺たちをこの街から無事に出してくれる気があるなら、俺からは『お礼』を支払う用意がある。どこぞの詐欺師が溜め込んでいたものだが、全て()()の銀貨だ。一部は(きん)に変えちまったが、そっちも本物だって証明できるぜ」

「この街を出るまで、だけでいいのか? 街を出た瞬間に俺たちが身柄(ガラ)抑えても文句はねえ、と。となると……時間を金で買いてえ、ってところか」

「その見た目にしては賢いな、あんた。野暮用でね。数日放っておいてくれるだけでいいんだが」

「まあまあ魅力的な提案だな。もう二、三確認をする必要はあるが、お前がウチの店に来た時のことを聞く限りじゃ銀貨の件はそこそこ期待できる。何より、このままお前を追っていても効率が悪いからな。とっとと現金化できるのはありがたい」

「……だが、とでも言いたそうだな」


 表情を読まれたのを悟り、デトロスはわざとらしく神妙にしていた表情を思いっきり崩した。


「ああそうだとも、つくづく面白くねえ野郎だ! 交渉はナシなのさ、最初から。悪いな。この街じゃ……いや、俺のシノギじゃ信用が全てでね。小銭を拾って顧客からの信頼を失っていちゃあ商売あがったりなんだよ。分かるだろう?」


 ガハハ、と笑い、デトロスは葉巻でソルドの後ろに隠れているステラを指す。


「お嬢ちゃんの身柄は頂く。そういう話でやってんだ。俺に信用を売ってほしければ、最低でも銀貨じゃなくて銀山の権利を丸ごと持ってくるくらいはしてもらわなきゃ釣り合わない」

「……そんなに大事か? この女が」

「うん?」


 ソルドは力を抜き、肩をすくめる。


「俺も信用で飯を食ってる立場だ。あんたの言っていることは言葉以上に理解できているつもりさ。だからこそ気になるんだよ。この女は没落貴族の娘だ。両親は処刑されてつい最近までスラムに転がっていたような、人質にも使えねえただのガキ。俺はこいつから魂を貰うことになっているからこうして護衛しているが、あんたらは何だ? こいつに何の価値を見出している? まさかティーンの元貴族令嬢をファックするのに必死な変態が依頼人ってワケじゃないよな?」

「価値なんて知るかよ。俺はそのガキの身柄を抑えるのにかかるコストと依頼人が積んだ(カネ)を天秤にかけて動いているに過ぎん。信用ってのはそうやって積み上げるもんだ……なんてな。お前がすっとぼけるからすっとぼけてみたが、どうよ?」

「……」

「フン」


 デトロスは深く葉巻を吸い、再び吐く。

 それに呼応するように、グレースーツの下から魔力紋らしき光の模様が明滅した。


「その女にはどうやら王城の誰かさんが俺たちのようなクズを利用してでも手に入れたい価値があるらしい。まずそれだけ分かっていれば十分だ。仔細は身柄を抑えた後でゆっくり調べればいい。それからが本当の『交渉(ディール)』、そうだろ? 傭兵」

「……ああ、よく分かった」


 サイボーグは深いため息をひとつ吐き、顔を上げた。


「俺もあんたをぶっ倒したらゆっくり調べて交渉材料にしてやるよ、マジカルサイボーグ」

「来い」


 戦いの始まりは静かだった。

 右腕ブレードを展開したソルドはデトロスが構えるよりも早くその懐に入り込み、手始めに一太刀を浴びせる。

 魔力による硬化を利用した斬撃は、しかし手ごたえが薄い。


「オラァッ!」


 有効打を与えられなかったサイボーグを迎撃する膝蹴りが放たれるが、ソルドの臨戦判断サブルーチンは半自動でそれを回避、側面に回り込んで更に一太刀浴びせるが、やはり効果が無い。


(傷の高速再生……それだけでは説明がつかない。筋繊維の強靭化、皮下脂肪の粘性増加、なんでもやってそうだな)


 ソルドが思い浮かべたのはサイボーグ傭兵が義体化に際して選択肢に入れる防御力の強化。

 あちらの世界では科学力によって達成したそれらの改造は、この世界ではどうやら命の前借りによって実現可能ということらしい。


「どうした悪魔野郎! ボーッとしてると首を引っこ抜いちまうぞ!」


 グレースーツを赤く染めながら、それでも愉快そうに叫ぶデトロス。

 その振り回される腕を回避しつつ、ソルドはチャンスを伺う。


義体化(エンハンス)による防御力強化が、どうしてマニアックな選択肢になったか知ってるか?」

「あ? 何の話だ」

「分からないよな。なら分かるようにしてやる」


 ソルドが身を屈めた次の瞬間、ドッ、と。


「ぐっ!?」


 何かが衝突するような鈍い音と同時、それまで一切表情を歪めなかったデトロスの顔が苦痛に歪んだ。

 その胸には、サイボーグが右腕から展開したブレードが()()()()()()()()()


「答えは、皮膚や筋肉を義体化で強化しても、衝撃力で内臓を直接ぶっ叩かれたら無事じゃ済まないからだ。対装甲(アンチマテリアル)ライフルなんかが想像しやすいか? 貫通しなくたって、壁をぶち抜くレベルの衝撃力(ストッピングパワー)で内臓を叩かれたら人は死ぬ」

「……」


 ソルドは沈黙した巨体を蹴り転がす。

 無茶をしすぎて身体中のアクチュエータが悲鳴を上げていたが、とりあえずゴリラエルフを黙らせることはできたらしい。


「……クッ、ククククッ!」


 と、そんなことを思ってしまったからだろうか。


「嘘だろ……」


 面積を最小化した全力の突きで心臓を止めたはずの男の全身のタトゥー、いや、魔力紋が明滅する。

 その脈動はまるで鼓動そのもの。


自動蘇生(オートショック)搭載ってか……!」

「心臓を直接止めてくる奴が現れるとは。これだから世界は面白い……!」


 自動発動した魔術によって蘇生した大男は心の底から愉快そうに笑う。

 笑いながら、その手は素早くサイボーグの胸倉を掴んだ。


「まずっ……!」


 ソルドが我に返った時にはもう遅い。

 金属製の肉体の重量にも拘らず、投げ飛ばされたサイボーグは数十メートルほど地面にバウンドして滑り、停止。


「ソルドっ!」


 メイスを握りしめ、叫ぶ少女。

 そこに迫るのは暴れるサイボーグに怯んで身動きが取れないでいた、複数の影。

自動蘇生(オートショック)

義体化技術のひとつ。心停止や不整脈を感知した際に自動で電気ショックによる蘇生を行う。元々は一部の金持ちが不慮の事故による突然死を避けるために密かに開発させた技術だったが、ある大規模ハッキング事件の折に家電をハックされただけのはずのセレブが何人も心停止したために表の世界に姿を現すこととなった。


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