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051 正義の鉄槌(物理)

 バギッ、バギッ! と。

 アジトの入り口の方から破壊音が鳴り響く。


「おいおい随分と動きが早いな」

「君らがどれだけ暴れたのかは知らないが、今度こそ『殺らなきゃ殺られる』という気迫を感じる。一体何をした?」

「秘密兵器っぽいのの相手を少々。ところで秘密の脱出路はもちろん用意してあるんだよな。正面玄関から穏便に出て行かせてはくれなさそうだぞ」

「こっちだ」


 素早くフードを纏ったエクスに導かれて一行は部屋の奥へ。

 埃っぽい倉庫の奥の棚をずらすと、隠してあった扉が出現した。


「普段は塞いでいるが、この裏口と屋根裏から外に出られる。ソルド、君はステラ嬢を連れて裏口から! 私とこのドワーフは屋根から……」

「いや、やめておく。あんらも屋根に上がるなら早くしろ」

「なっ……私が信用できないと!?」

「信用できないのもそうだが俺はちょっと耳がいいんだ。向こう側で待ち構えている連中のヒソヒソ話が聞こえちまうくらいには、な」


 ソルドはエクスがずらした棚を素早く倒して裏口を封鎖。


「チイッ!開けろコラァ!」

「隠れてんじゃねーぞ!」


 直後、棚が倒れる音で作戦の失敗を悟った刺客たちの怒号と手斧が裏口の扉を突き破り始めた。


「というわけで俺たちは別で脱出させて貰う。行くぞ、お姫様」

「えっ、わっ!」


 サイボーグは残りの連中の返事を待たず、没落令嬢を抱えてきた道を引き返す。


「エクスさんたちと別れちゃっていいの!? というかお部屋に戻ったって、どうやって外に出るつもりなの!?」

「もちろん考えがある。ほら、ついたぞ」

「ここって、お風呂……?」


 ステラが呟くのに頷きつつ、ソルドは風呂の壁の一部を蹴りと拳で手早く破壊した。

 木製の薄い板が割れた向こうに、シダ植物のツタのように壁を這う熱パイプが出現する。


「この熱パイプは上層部に熱した湯を送っているみたいでな。このアジトじゃ上層部の連中が贅沢して入っている風呂とか暖房とかのエネルギーを『拝借』して使っていたわけだ。まあ案外、それがアジト特定の原因になっちまったのかもしれないが」

「……あなたのことですもの、今さら原因を振り返るのが目的ではないでしょ。まさかここから脱出するとか言わないよね」

「ご名答。こんなけったいな仕組み(システム)を作ったら当然手入れ(メンテナンス)が必要になる。ちょっと狭苦しいが、人間が通り抜けられるだけの隙間と足場があるのさ」

「あまりの熱に陽炎が揺らめいているように見えますけども!? 一歩間違えば乙女の柔肌に一生癒えない焼き印を押されてしまいそうな雰囲気がしていますけども!?」

「んー、まあ理論上大丈夫だ。前にここに来た時にひと通りスキャン済み。あんたがビビッて余計に手足を振り回さなければ余裕を持って通れるさ」

「こっ、こんな今にも熱い空気が噴き出してきてしまいそうな地獄の迷路でビビるなって方が無理よ!」

「そう。だからほら、こうしてじっとしてろっ」

「わぶっ!?」


 ソルドは両手で抱えていたステラを自分の身体に抱きつかせるように移動させた。

 衣服越しに密着した少女の鼓動が早まっていくのが計測できたが、心臓発作のリスクは許容範囲内。

 手足がはみ出している部分も計算に入れ、ソルドは慎重に壁とパイプの隙間を下りて行く。


「あ、熱い! 熱いです! こんなところを通るなんて正気じゃないっ!」

「熱いのは我慢してくれ。言っておくが、あんたが触れている空気よりも俺が掴んでいるパイプの方がよっぽど激熱だぞ。卵くらいなら焼けるんじゃないか?」

「そんなものを掴んで平気なんですか……?」

「まあ戦闘モードの応用で痛覚を遮断……やせ我慢すれば問題ない」

「途中まで分からない言葉で喋っていたのにわざわざ分かるように言い直したでしょ!?」


 ちょうどソルドの右手の皮膚が焼けてジュッと音が鳴り、ステラは「ひぃいい痛そう……!」と小さく叫びながら彼に抱きつく腕の力を強くした。


「痛いが死ぬよりはマシだ。それと、他人の痛みには今のうちに慣れておけよ」

「ど、どうしてですか」

「あんたが貰った武器だ。そいつで敵をぶっ叩くと凄まじい激痛が走るとトールも言っていただろ。それに怯んで手加減しちまったら殺されるのは俺たちだ。殺されちまったら『目的』もクソもない。そうだろ?」

「そう、ですけれど……」


 さらに強い力でぎゅっ、と抱きつかれるのを感じたソルドはふっ、と笑った。


「優しい優しいお姫様? あんたが抱きついているのは人殺しのクソ野郎で、あんたがぶっ叩く相手もマフィアのクソ野郎だ。どれだけ悲鳴を上げても全部ウソ。痛がったら有利になると知れば、そういうクソ野郎はいくらでも痛がるってだけの話さ」

「……」

「その証拠としては何だが、実は俺の右腕は交換後から痛みを感じていないんだ。さっき焼けたのも右手だったから、実はやせ我慢すらしていないのさ」

「それを先に言いなさいよっ! もう! わたくしのせいで大やけどをしたんじゃないかって……」

「暴れるな暴れるな。俺は平気でもあんたみたいなピチピチ肌のお姫様だと普通に火傷するからじっとしてろって」

「ふんっ」


 ああ、こいつをおちょくるのはどうしてこんなに楽しいのだろう。


(痛がれば有利なら痛がる。けれど痛がらない方が有利ならどれだけ痛くても痛がらないのも、俺たちみたいなクズ野郎の特徴なんだぜ。箱入り貴族の没落令嬢サマ)


 サイボーグは痛覚を遮断した右腕から発せられる警告メッセージをすべて無視しつつ、灼熱のパイプ迷路を慎重に、素早く下りて行く。


 そして数分後、熱パイプのメンテナンス通路を降りきって、二人はスラムの端にある古びた広場の脇の路地に出てきた。

 古びた柵には「熱遮断前に入るな」と薄汚れた警告看板が引っかかっていて、その周辺にはついさっきまで多くの路上生活者が居たであろう痕跡が残されている。


「ここで寝泊まりしている方も多かったでしょうね……温かいから」

「流石元路上生活令嬢は分析が鋭いな」

「一応、誉め言葉と受け取っておきましょうか?」

「そしてその路上生活者どもは蜘蛛の子を散らしたようにひとりもいない、と。ということは……」


 ソルドがそっと広場の方を伺うと、まさにさっきまでここに居たのかもしれない路上生活者たちがタインルフェ商会の刺客たちに暴力を伴う尋問を受けている所だった。

 尋問の内容は当然ステラに似た女を見なかったか、というもの。彼女はアジトに来てから外に出ていないため、ずっとこの熱パイプのメンテナンス通路に陣取っていた彼らが知るはずがない。

 路地のもう反対側の方は刺客の数こそ少ないが、ソルドが通ったことのない道のため無理やり押し通った先で追い詰められてしまう危険がある。


「こっちにもすっかり手が回っているな。どうする? 総合的に考えれば、多少迷うリスクを取ってでも広場から離れる方に動いた方がいい。多少の地形的な障害は俺の運動能力で超えられるし……」

「ソルド」


 没落令嬢の意見はその一言に全て含意されていた。

 彼女の手にはトールから譲り受けたメイス。

 そして視線は意味のない拷問を受けている哀れな連中に向けられている。


「気高い精神だこと。あんたみたいなのが一番早く死ぬんだぞ」

「わたくしは死にたくありませんが、あのような蛮行を見過ごすほど腐ってもいませんわ。どうせあなたが守ってくれるのでしょう? なら、気持ちよく生きたいとは思いませんか?」

「……ハァ」


 ソルドは深いため息を吐いた。

 そんなの決まっている。


「痛ってえええええええええええ!? 何だぐほっ」


 数十秒後、ボロ切れを纏った男に蹴りを入れていたタインルフェ商会の刺客は突然の激痛に地面へ転がり、その顔面にさらに追撃を叩き込まれて失神した。

 それを見下ろすのは黒いドレスを見に纏った少女。

 恐怖と後悔と興奮と高揚とが混ぜ合わされた至福の表情で手にしたメイスをぱしぱしと弄ぶ。


「こ、これが弱き民を守る、正義の鉄槌(ノブレスオブリージュ)ってやつですわ……!」

「正当化した暴力の快楽に酔いしれているところ悪いがとっとと行くぞっ!」


 ソルドは残りの刺客の意識を奪いつつ叫ぶ。

 その視線の先には、グレーのスーツを着た大柄な男。

 距離にして百メートルは離れているというのにこちらを向いているバケモノから逃れるべく、サイボーグは護衛対象の少女を抱え上げた。


「あのバケモン、直々にあんたを殺る気だっ!」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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