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50/60

050 その気になれば特定くらいは

 コンコンコン。


「……!」


 ソルドが情報収集をしてきた次の日の朝。

 アジト内で朝食を摂っていた三人の手は、何の変哲もないノック音によって完全に停止した。


「お客様もいらっしゃる、わけ、ないですよね。ここ……」


 いつもであればどこか抜けた発言をすることもあるステラも真顔でアジト入り口のドアを見つめる。

 どこもかしこもゴチャついたガレットの街の中でもスラム街を抜けた奥にあるこのアジトのドアは入り組んだ路地の奥にあり、ピンポイントでここを訪ねられる人間はほとんどいないと言っていい。

 そしてもしそんな者がいるのだとしたら……。


「ソルド」

「ああ」


 エクスに声をかけられるよりも前にソルドは右腕ブレードを展開しつつ、素早く、しかし静かにテーブルを倒してその陰にステラをしゃがませた。


「じっとしていろ」


 ステラが黙って頷くのを確認し、サイボーグは扉を開けに行ったエクスのカバーに回る。

 足音を立てないように扉の前まで移動したエクスと目くばせし、三秒の静かなカウント。


 そして、次の動きはまさに一瞬。


 鍵を開けたエクスは引き戸を開けつつ片手でそこに立っていた人物の胸ぐらをつかんで部屋の中へ投げ入れ、続くソルドが倒れたそいつに馬乗りになり口を塞いで制圧……してから、苦笑した。


「もごっ、もごごっ!」

「やはり敵か!?」

「……いいや、知り合いだ」


 ソルドが手を離すと、作業着を着た訪問者はぜぇぜぇと息をして言う。


「酷いじゃないかソルド! お前の腕を治しているのが誰なのか忘れてしまったとでも言うのかい!? せっかく情報共有のためにえっちらおっちら来てやったというのに!」

「まさかロクに場所を教えたわけでもないアジトの位置を特定する奴がいるとは思わないんだよ、トール。しかもいきなり訪ねてきやがって。何の用だ」


 ソルドがその上から退くと、トールは立ち上がってぱっぱと埃を払い、にや、と笑った。


「良い知らせと悪い知らせ、それにステキなお知らせ。どれから聞きたい?」


 ーーーーー


「初めまして。アタシはトール。ソルドの身体を治す主任技術者だよ」

「……」


 静かに握手を拒否するエクス。

 何となくわかっていたが、トールのノリが苦手らしい。


「ソルドは昨日何していたとかは全部話してあるんだよね?」

「昨晩の内に話した。だがそいつは俺がアジトの場所とか全部話したせいであんたが来たと思って怒っているんだろう。まずはそこから弁明してくれないか?」

「成る程な。いや何、簡単な推理でね? 上層部用のパイプを拝借するってのは中層部あたりのスラム街ではよくある手でしょ。それでも風呂に入れるほどの設備を作るとなると位置が限られるし、煙とかであたりをつければあとは怪しい人影の出入りが無いかを監視していればいいってワケ」

「……ほらな。君が迂闊だから位置が割れたんだ」

「今朝がたステラに美味いメシを食わせてやるんだと外に繰り出したのは何処のどいつだったかな。確かエルフで……」

「い、今はだれの責任とかいいじゃない。トールさんの話を聞きましょうよ」


 エクスと責任を押し付け合うソルドの言葉に、その膝に乗ったステラが居心地悪そうに割り込んだ。

 少女の唇の端には、彼女が所望した朝食のジャムが少しだけくっついたままだ。


「それでトールさん。昨日たくさん武器を見てきたというのはソルドから聞いているけれど……情報は何か集められたの? その、わたくしを狙う王城の者が誰なのか、とか。王政に反抗する勢力の情報とか……」

「そうそう、昨日は追われてたから情報の共有がまだだったんだよね。結論から言えば、エクスさんだっけ? そこのお姉さんが言っていた通りで、ステラを追う命令を出しているのは王城からの流れなのはほぼ確定でいいと思うよ。しかも、特定の貴族の恨みを買ったというレベルじゃないみたい」

「と、と言うと……?」

「んんとねー、『タインルフェ護身道具』は『タインルフェ商会』の武器商売部門なんだけど、本家ほどじゃないにしろ用心棒の派遣とかもやってんのよね。いわゆる傭兵業というか。で、そこの注文書というか、どんな人間をいつまでどこに配置、というアレの資料の中にあったんだよね。緊急、って書かれた紙が」


 唾を呑むステラの表情を省みることなく、トールは自分の話したいペースで続ける。

 まるで怪談話だ。


「その緊急の紙に書いてあったんだ……『院』からの案件につき、商会本体に最優先で応援の人員を寄越せ、というのが。日付はアタシたちがここに来るよりずっと前。ソルドとあなたが銀山に居たくらいの時かな? 本当はもっとたくさんに人を集めて、本格的な『人狩り』の遠征に出るつもりだったんだよ彼ら」

「その標的は……わたくし」

「その通り。この『院』ってのは何だろうね? 貴族院? その上の元老院? 分からないけど、王城で『院』とか言ったらもう大臣レベルの話っしょ? だからもう王城の連中全員疑っといた方がいいかもね」

「……」

「王城の連中については分かった」


 ステラがすっかり縮み上がってしまったので、ソルドは少し話を逸らしてやることにした。


「他の連中についての記述はなかったか? 反政府勢力……要は革命派みたいな連中もいるとかって話だっただろ」

「資料の中に直接名前は出て来ていなかったね。ただ他の連中に出し抜かれるな、とは繰り返し出てきた。エクスさんの情報の通り、他にもステラ嬢を狙っているやつが居るってこと自体は確定だね」

人気者(モテモテ)だな、うちの依頼人(クライアント)は」


 身体に縋りついて動かなくなってしまったステラの背中をさすりつつ、ソルドは苦笑する。


「さて悪い話しばっかり続いてもアレなのでいい話しもしましょうか? まずはソルド、君の右腕ですが……なんと! そろぼち完成します!」


 医者でありエンジニアでもあるドワーフ女は今日一番の笑顔を見せる。

 結局それが一番したかった話らしい。


「技術的に難しいとかなんとかって話じゃなかったか?」

「スタームァさんも言ってたでしょ、閃きが大事だって。昨日アタシが盗……参考にした資料の中にこれだ! っていうのがあったんだよ。ソルドが以前に言ってたステキなアイデアあったじゃん、アレをそのまま実現できちゃうよん」

「……そりゃいいな」

「テンション上がって来たでしょ。師匠は集中するとスゴいから明日の朝にはできてるんじゃないかな。工房に取りに来るのは大変だけど、頑張って来てくれたらスピード仕上げしてやる」


 にひひ、と笑うトール。

 続けざま、「そうだ!」と手を叩いて背負っていたリュックをごそごそと漁り始める。


「ステラ嬢にプレゼントがあったんですよそういえば」

「わたくしに?」

「そう。戦う力を持たぬ哀れなお姫様に健康で文化的な最低限度の武力をプレゼント。じゃじゃーん」


 取り出したのは小ぶりなメイス。

 見るからに軽そうで、打撃部分には普通だとあまりないくらい小さな棘がたくさんついている。


「魔力武器だけど、消費量はあんまり大きくないから安心して。相手が痛がるように念じてぶっ叩けば、その小突起の全てから神経信号をかく乱することだけを目的とした魔力流が発生して、生身の人間なら一瞬で失神するくらいの痛みが発生するようになってるんだ」

「それって武器というより拷問器具か何かではありませんか!?」

「まあ確かにパクったカタログにはそういう風にも書いてあったけど……まあ細かいことはいいじゃない。ほい」


 ぽん、と手渡されたメイスをステラは落としてしまうのではないかと心配になるくらいあわあわと受け取った。

 どうしよう、と膝上から見上げてくるステラを見たソルドの感想としては、彼女が元々ソルドが着ていたスーツだった黒いドレスを着ているのもあってか、思ったよりも様になっているな、という感じ。


「最悪、俺に投げ渡せ。そいつで敵を思う存分いたぶってやる」

「た、頼みましたよ本当に」

「大丈夫大丈夫、敵にチョット掠ればいいんだから。ぶんぶん振り回しているだけでも効果あると思うよ」


 ふぃー、と額の汗を拭うトール。

 立地の関係で、この部屋はあまり涼しくはない。


「話はひと通り済んだか、ドワーフ」

「トールだっての。でもそう、大体共有できたかな」

「なら君は帰れ。私たちもこの拠点を引き上げなければ」

「え、ここを出て行くの? 外に出たら危険なんじゃ……」

「ここももはや外と同じくらい危険なのです、ステラ嬢」


 エクスはぴしゃりと言い放った。


「この場所はもはや特定されていると考えて良い。その証拠にこの女……トールがここにたどり着いてしまった」

「えーなんかそれだとアタシが悪いみたいじゃん」

「悪いとか良いとかではない。技術的に可能であれば、好ましくない相手にだって同じことというだけです。それに昨日ソルドたちが暴れてからずっと街が活気づきすぎている。おおかた、商会のトップのあの男からまた()が入ったのでしょう。今すぐにでも出る準備をしておかないと、すぐに襲撃が……」


 ドオッ! と。

 爆発音がエクスの言葉を遮った。

 部屋の外、スラムの方から悲鳴が上がり、怒号が混じる。


「……止めなかった俺も悪いが」


 ソルドは肩をすくめる。


「そういうことは、思っても口にしない方がいいんだぜ?」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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