049 子供じみた理由未満の何か
「もう一度いきます。動きをよく見て、ギリギリで動くのが肝心です。三、二、イチッ!」
「えっちょっとフェイントはもがっ!?」
「敵が毎度毎度同じタイミングで行動するはずがないでしょう。動きをよく見ろと言いましたよね」
「確かに言っていましたけどぉ……あっ、ソルド! 戻ってきたのね!」
タインルフェ護身武器を離れトールとは解散して隠れ家に戻ってきたソルドは、ステラがエクスを相手に何やら格闘技の真似事のようなことをしている所に出くわすこととなった。
元襲撃者に抱きしめられるような形で捕獲されている没落令嬢は彼の顔を見てぱっと表情を輝かせる。
「……あんたらは一体何してんだそれは」
「エクスに護身術を教えてもらっていたの。狙われているのがわたくしである以上、最低限自分の身を守れるようになっておいた方が良いと思って!」
「護身術ねぇ」
サイボーグが冷めた視線を向けると、エクスは静かに頷いた。
「ステラ嬢の向上心に応えさせてもらった。私の知る技術の全てを伝授するにはあまりにも時間が足りないが、まずは最低限、一対一で容易に捕獲されてしまわないように」
「鬼ごっこの逃げ方講座か。いいね」
「……」
ソルドの皮肉をエクスは肯定も否定もしない。
だから考えの根底はおそらく同じ。
(敵は多数いるって前提なのに、一対一の話からって……最低限とは言うが、何の意味もありはしない)
要するにエクスはただ、没落令嬢の思いつきに付き合ってやっていたのだ。
ステラはおそらく、訓練すれば生まれてからロクに喧嘩さえしたことのない自分でも戦えるようになると本気で考えている。
エクスもそれは分かっていて、だからとりあえずそれっぽいことをして満足してもらおうというハラだったのだろう。
事実としてステラは「いい汗かいた」とばかりに満足げだ。
お嬢様の願いにはほぼ完璧な形で答えていると言えよう。
「ねえソルド? どうかしら。これで少しはわたくしのことを認めてくれる気になった?」
「……どういうことだ」
と、呆れ半分のサイボーグの元へ没落令嬢はトコトコと歩いてくると得意げに言った。
「あなたの考えていることは分かっているのよ。要はわたくしひとりでは何もできないと思っているのでしょう。確かに、あなたにはわたくしの護衛になってもらう契約をしているのは事実。けれどわたくしだって、ダテに修羅場はくぐっていないのよ」
シュッシュッ、とシャドーのマネをしながら笑うステラ。
「だから遠からず、あなたがいなくても平気になる。心しておくといいわ!」
その言葉に深い意味はない。
そんなことは分かっている。
「そうかい」
だが、今日に限っては。
冷鉄のサイボーグは、なぜか冷静ではなかった。
「……っ!?」
音もなく。
少女の首筋に、サイボーグの右腕から展開した刃が押し当てられる。
「契約は終了か? なら、代価は今すぐ支払ってもらおうか」
「え……え……?」
サイボーグのこれまで聞いたことがないくらい低い声に困惑するステラ。
その目には涙が浮かんでいる。
「……悪い」
ソルドはそれを見てようやく我に返り、ブレードを仕舞ってステラを放した。
静かにへたり込んだ少女を置いて、ソルドはふらふらと歩き出す。
「あれ以上やっていたら、私が君を殺していたぞ」
「やれるものならやってみろってんだ、クソ……シャワー借りるぞ」
すれ違いざまエクスに吐き捨てながら、ソルドは浴室に向かった。
ーーーーー
「ハァ……」
ソルドは沸いた湯を頭から被りながら長いため息を吐いた。
我ながら情けなさすぎる。
ある種の嫉妬心なのだろうか。
ステラの言葉がそういう意味ではないことは分かっていたはずなのに、自分の腕が信頼されていないように感じてしまった。
(ここにきてしばらく経つが、感情制御のメンテなんかできるはずもない……暴走気味なのはそのせいだろうな)
感情制御とはいわゆる心の義体化だ。
脳内に分泌されるホルモンを制御し、感情を無くすのではなく、必要に応じて感情を引き起こすシステム。
冷静にいるべき場面で冷静を保ち、怒るべき場面でアドレナリンを一気に放出する。
人殺しにあって損は無い機能、その機能不全。
(こんなことなら脳まで義体化しておくべきだったか)
自己嫌悪しつつ、同時に笑えてくる。
こんなことなら、とは。
誰が突然異世界にテレポートしてワガママな貴族のガキのお守りをする事になると想定する?
まして自分は人殺し。
その中でも……
「ソルド……お話し、できる?」
と、ソルドの思考は今最も優先すべき音声に割り込まれて中断した。
扉の向こうから、ずいぶんとしおらしくなった声がする。
「……なんだ」
「その、ごめんなさい。わたくし、きっとあなたのことがあまり分かっていなかったのね」
「……」
「あなたは命懸けでわたくしの言うことを聞いてくれて、守ってくれる。これまでのどんな時でもそうでしたわ。だからわたくしのさっきの態度が、あなたへの侮辱になってしまったのね。ごめんなさい。わたくしはただ、あなたにばかり負担をさせるようではいけないと思って……」
「……分かってる」
「え?」
「そんなことくらい分かっている。今朝方に俺を追い出したのも『秘密特訓』で強くなって俺を驚かせてやろうとか、大方そんなところだろ。いかにもあんたが考えそうなことだ」
「では……」
「俺が大人気なく拗ねている理由か? 気にするな。ガキよりも下らない、理由未満の何かだ。こっちの世界に来てから何かと調子が悪くてな。ついに頭も壊れ始めたということさ」
「……それだけペラペラと喋れているなら、頭が壊れているようには見えませんけれどね」
くすくす、と笑うステラ。
(立ち直りが早い分、あちらさんの方が俺より大人らしいな)
などと自嘲するソルドに「それで……身体の方は平気なのですか?」と問うステラ。
「格好を見ればわかります。またたくさん戦ってきたのでしょう? 怪我をしているなら、治療して差し上げようかと思って……」
「あんたはいつのまに医療の心得もつけたんだよ」
「実は……今日、エクスさんに少し」
「あいつ何でもできるな……俺じゃなくあいつだけでいいんじゃ無いのか?」
「いいえ! わたくしにはソルド、あなたが必要です。わたくしの『目的』を遂げるために、あなたが必要なのです」
「……そうかい」
ソルドはふぅ、と息を吐く。
わざわざこんなことを言わせて、我ながら意地が悪い。
「とにかく治療はいらない。確かに傷もいくつかあったが、トールに協力して貰って対処済みだ」
「……トールさんと一緒に行動していたんですか?」
「ああ。言っていなかったか。今日は」
バン! と。
何の躊躇もなく、浴室の扉が開け放たれた。
「ソルド! 身体を見せなさい! あの女に一体何をされたんですか!?」
「ちょっ……! あんた急に一体どうした!?」
「子供じみた理由未満の何かってことにしておきなさい! さあ、観念しろ!」
結局、その夜に関しては。
ムキになったステラが自らの手で包帯を巻くまで、ソルドは着衣を許されないまま過ごす事になったのだった。
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