047 今日を生きるための闘争
「皆さん、中央の檻にご注目ください。間もなく新世代魔力紋の実戦ショーを行います」
決して大きくはないはずなのによく通る声でのアナウンス。
エルフ男の言う通り、デモンストレーションが開始するのだ。
「まずは戦士の入場です。本日魔力紋を身体に刻み、その革新的な性能を披露するのは……元・王城の護衛騎士にして名うての傭兵、ナーダラ!」
アナウンスが呼んだ戦士がどこから出てくるのか、ソルドは軽く周囲を見渡したがどこにもそれらしき入場口はない。
(となると……)
ソルドは天井に目をやる。
会場中央に設置された檻は巨大で、柵が天井から直接伸びている形。
そして柵に囲われた天井はいつの間にかぽっかりと開いていて、数秒もしないうちにひとりの男が飛び降りてきた。
ダァン! と檻の中へ着地した男……アナウンスに紹介されていた戦士ナーダラは筋肉質なエルフで、乱雑に巻かれた腰布の他には何も着ていないし持っていない。
代わりとばかりにその身体中を走っているのは炎症の跡が痛々しい幾何学模様。
文字通りの刺青のように見えるそれが今回のデモンストレーションの主役、魔力紋だ。
「タインルフェ護身道具が開発した魔力紋を刻めば、常人には決して不可能な怪力を得られます! 鉄板を素手で曲げるくらいならこの通り!」
アナウンスの声に合わせ、戦士ナーダラは天井の穴から投げ込まれた鉄板を易々と折り曲げて投げ捨てる。
その際身体に刻まれた魔力紋が発光しているのを見て、ソルドは自分やエクスの刀身を輝かせていた力の正体が魔力であると気がついた。
(あの魔力は寿命を変換したものだったはず。それに義体化していない身体であんな風な怪力を扱えば、骨や筋肉に相当な負荷がかかっているはずだ。十中八九金のためだろうが無茶をする)
ソルドが今度は檻の中で俊敏さのアピールのために三角跳びなどを披露し始めたナーダラを呆れ半分・憐み半分で眺めていると、彼が退屈していると嗅ぎ取ったのか魔力紋販売のエルフ男が「こうやって眺めてみると地味なものですけれど、我々の魔力紋は本当に強力なんですよ?」と営業トークを再開した。
「お客様は竜を実際に見たことは?」
「すでに死んでいるものだけなら」
「であれば、生きている時の恐ろしさも十分に聞いたことがあるでしょう」
ソルドがついた嘘に気づかないまま、エルフ男は続ける。
「竜は恐ろしい魔物です。形や大きさに差異はありますが、どれも強靭な顎、鋭い牙と爪、硬い鱗を持ちます。大型のものは炎を吐くのも珍しくない」
「そうらしいな」
「人間には決して慣れず、せいぜい銀を使って簡単な『芸』を仕込むのが精一杯です……が! なんとですね、私共は魔力紋を応用して竜を操る研究も行っているんですよ!」
「……ほう?」
人に慣れず、制御不能の竜を操る。
誰かさんが得意とする技術だ。
依頼主の箱入り没落貴族娘は馬のように竜を駆っていたが、この男が言う竜の特性が一般論なのだとすれば、彼女の操竜技術の方が特別だということになる。
(とするとステラを狙う連中の目的は……いや、結論には早い。もっと情報が欲しいな)
と、思考を巡らせていたソルドの表情から敏感にも興味を嗅ぎ取ったエルフ男は「お客様なら必ずご興味をお持ちだと思っていましたよ!」と得意げになった。
「弊社の研究チームは秘密主義でして、中々教えてくれないんですがね。竜が銀に惹きつけられる特性と魔力紋による恒常的な鎮静魔術発動の合わせ技で、竜をある種の催眠状態にするのだとか。完成すれば巨大な飛竜でさえ意のままに操れますよ! 兵と一緒に配備すれば、最強の騎竜部隊の構築だって夢ではありません!」
「恒常的な魔術発動ねぇ。だがそんなことをしたら凄まじい勢いで寿命を削るだろう。エルフのあんたにはピンと来ないかもしれないが、俺のとこの連中には短命の人間も大勢いる。連中に俺のために竜を操って死ねと言ったって、何割が言うことを聞くのやら」
「ご心配はもっともです。おっしゃる通り、魔術の行使には生命力の消費が不可欠です。ですが、それこそが魔術の本質的な強みでもあるとは思いませんか?」
「強み?」
「失礼ながら、例え話をひとつ。魔力は生命力から生み出されますが、逆に魔力を生命力に変換することもできます。この理屈があるので魔術師などは傷を癒せるわけでございますが……冷静に考えれば生命力をただ早めに消耗しているだけにも見えますよね。魔力で生み出せる生命力は、その魔力を生み出すために使った生命力より多くなることは無いと学者も言っているそうですから」
「第二法則ってやつか」
「そうですそうです、お客様は博識でございますね。循環魔力の第二法則」
ウンウンと頷くエルフ男。
ソルドは熱力学第二法則のことを言ったのだが、どうやらこの世界にも似たような法則があるらしかった。
「ではなぜ、結果的に生命力を多く消耗してまで傷を癒すのでしょう?」
「……今日生き残るため、か?」
「左様で! こんなにも聡明なお客様に得意になって語ってしまって、いやはやお恥ずかしい。となれば私めがお伝えしたいことも、お客様にはお見通しかもしれませんね」
営業トークが止まらないエルフ男はソルドにずい、と寄ってニッコリと笑った。
「傷を癒せば明日を生きられないが、傷を癒さなければ今日を生きられない。それならせめて今日を生きる方が良いでしょう? 兵士にしても同じことです。命を燃やして竜を操った者だけが家族の明日を、未来を、掴み取れる。これこそが魔術の本質的な強みと言えます」
「成る程、個人的には好きな考えだ方だ。人生を長引かせるのを何よりも至上とするエルフが語るには、いささか刹那主義的すぎる気もするが」
「だからこそ『異端』と言われるのです。森の中で朽木と変わらぬ生活をするなら、薪として炭になるまで燃える方が面白い」
ふぅ、と一息ついたエルフ男は檻の方へ向き直る。
「お客様が聞き上手なものですから、喋りすぎてしまいましたよ。いやはやお恥ずかしい。ですが、退屈なイントロもそろそろ終了です。もうすぐあの檻に竜が投入され、本格的に魔力紋の強さをお見せできます……ほら、来ます!」
エルフ男が指差すのは天井の穴。
ソルドの耳がそこから聞こえる肉食獣の息遣いを聞き取った瞬間、それは檻の中にドサリと落とされた。
「キュアアアッ!?」
起き上がった竜が鉤爪のついた翼を広げ、デモンストレーション中の戦士ナーダラを威嚇する。
硬い鱗にカラフルな羽毛、牙のある嘴、翼と脚の鋭い爪。
見た目に一番近いのは始祖鳥の復元模型だろうか。
大きさはステラが乗って操っていたのとほぼ同等だ。
「さあ、本日のメインとなる対戦です! 檻の中に現れたのは獰猛な竜! 獰猛な個体で、ここまで輸送するまでに二人の人員が犠牲となっています!」
アナウンスの紹介に会場がどよめく。
一方でソルドから見ると、竜はどちらかといえば怯えているように見えた。
ここまでのデモンストレーションで汗だらけのナーダラを見て情けなく鳴き、腰が引けている。
翼にも怪我があるようで、上手く動かせていない。
ソルドは実際に見たことは無いが、かつて人類は室内で鳥を買う際に飛んで逃げないように翼を機能不全にする『羽切り』とやらを行ったらしいが、恐らく同様の細工だろう。
だが箱入り貴族が殆どの客たちには威力抜群だ。
半ば悲鳴のようなどよめきが広がっていく中、会場スタッフらしき若い女エルフが檻の近くまで桶を持ってきた。
檻の中から手を伸ばしたナーダラはその中に入っていた粉を掴み、身体に塗りたくる。
汗にまみれた身体があっという間に白い輝きに覆われていき、竜がだんだんと静かになっていく。
「銀粉か」
「あれで竜を挑発するのです」
ひと通り銀を塗り終えた戦士ナーダラは両手を広げて観客にアピールしたのち、竜に向き直る。
そして彼は広げた両手を上に掲げ「がおっ!」とふざけて吠える。
「ギュアアアアアアアアッ!」
竜が応じて悲鳴のような咆哮と共に飛び掛かった。
「戦闘開始です!」
アナウンスがカァン! とゴングのようなものを鳴らす頃には、檻の中では既に生き残りをかけた血みどろの殺し合いが始まっている。
ナーダラが身体に銀を塗ってからの竜の興奮具合は凄まじく、先ほどまで怯えていたのが嘘のように積極的な攻撃を仕掛ける。
牙、爪、嘴、翼に尾。
全身を使って敵を傷つけようとするその動きには野生動物の狩猟本能だけでは到底説明できない『殺意』が宿っている。
「オラァッ!」
一方で戦士ナーダラも負けてはいない。
魔力紋によって得た怪力と反射神経に加え、腐っても騎士崩れ。
体術だけでなく、戦闘によって破損した柵を折り取って獲物とし、竜の頭を砕き、翼を折り、目を潰す。
鉄板を曲げていた事からわかるように、騎士崩れの戦士はその気になればいつでも檻から出られる。
もしかしたら、竜にしても同じことかもしれない。
だが、彼らの目に映るのはただ血を流すお互いの姿。
明日ではなく今を生きるための闘争は数分続き、竜の絶命によって決着がつく頃には檻の周りに血と羽が飛び散る凄惨な状態になっていた。
「決着! 普通の人間であれば倒せない竜を、ナーダラは魔力紋の力で見事殺して見せました!」
アナウンスが熱を込めて叫んだことで、会場内の恐怖が拍手と歓声に変わる。
「ね、ね! すごいでしょうお客様! あれが弊社の魔力紋! 最強の兵隊があなたのモノになりますよ!」
「……それはどうかな」
興奮に満ちた空間で、しかし、ソルドは独り冷静に見ていた。
「ぐっ、うぐ……!」
檻の中でうめく男。
戦士ナーダラは勝利の拳を突きあげていたがその息は苦しそうで、全身からは血がドバドバと流れている。
咳き込み、立っていられなくなり、膝を突く。
会場の誰も異変に気付かない。
ソルドの電子義眼にだけ、檻の中の男の上がり続ける体温が映っている。
そしてぎらり、と。
ナーダラの体表面で硬質の何かが輝いた次の瞬間。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
檻の中で咆哮し、男は立ち上がった。
それはもはや人間のモノとは思えない、本能の底から恐怖を呼び覚ます声。
再び静まり返った会場は、男が素手で檻を破って外に歩み出たことでパニックへと変貌した。
リフトの方へ客が殺到する中、サイボーグの冷たい電子義眼が檻から出た男の変質した目と見つめ合う。
男の身体は、竜の鱗で覆われ始めていた。
ハァ、とため息を吐き、ソルドは数秒前に暖気していた戦闘モードを起動する。
「これがデジャヴってやつか」
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