046 見合った対価
「これは……クロスボウか?」
ソルドは陳列されている武器のひとつに視線を落とす。
あくまでもソルドの知る歴史においてクロスボウはヨーロッパで開発され、中世ではその簡単な操作性と驚異的な殺傷能力から『悪魔の武器』と名指しされていた。
この世界の文明水準は(個々の技術の発展具合に多少の差異はあれど)十四世紀あたりに近く、その意味でクロスボウはとっくに発明されていてもおかしくない。実際、ソルド自身も竜化したドルエンを討伐する際にクロスボウを巨大化した兵器を使用している。
「お客様。ご興味がおありでしたら、実演もできますよ」
「ん、ああ。じゃあ頼む」
ではなぜそんな平凡な武器がここに展示されているのか。
ソルドに声をかけた女エルフのコンパニオンがそれを実演してみせる。
「このクロスボウには最新の技術が用いられていて、魔力を流すと自動で弦を引くのです」
そう言ったコンパニオンが軽く構えたクロスボウは少し発光し、歯車のような機構を回転して弦を引いた。
そのまま慣れた手つきで装填された矢は銃弾とほとんど遜色ない初速で発射され、ブースに設置されていた試射用の的に突き刺さる。
「この通り、私のような鍛えていない者でも簡単に射撃可能! 農民に持たせれば誤射を避ける簡単な訓練のみで強力な兵士に出来るのです! お客様の兵でもぜひご検討を!」
ソルドは静かに頷きつつ別のブースへ移動し、似たようなやり取りを繰り返して他に展示されている武器がどのようなものかを軽く見て回った。
例えば、ねじれた槍先がドリルのように回転して敵の傷を悪化させる槍。
例えば、火薬を取り扱う知識が無くても魔力を供給するだけで発射できる大砲。
例えば、人に抱かせて一定時間が経過すると起動する人間爆弾。
それらの武器には明らかに共通する要素があった。
「どれも禁止級の武器ばかりだ……!」
人間爆弾のブースを見終わったあと、トールは静かに、しかし少し興奮気味に口を開く。
「ソルドは知らないかもしれないけれど、ドラゴシルヴァの法律では魔力を使用する仕掛けのある武器を使えばそれは魔術扱い。剣やナイフみたいな護身武器の範疇に収まるもの以外の魔力武器は許可された魔術師以外製造・売買が許されていないし、剣とかでも王政の気分次第じゃそもそも護身武器と認められないこともあるくらいリスキーな存在なんだよ。そんな代物を、こんなに堂々と売っているだなんて……!」
「しかも大量購入が前提の営業だったな。武器の性能自体も、素人民兵を使って訓練された兵士を仕留めるのに特化している……つまり商売相手は貴族だのマフィアだの、私兵を抱えられるくらいの権力者」
「だよね。でも私兵に配って王政にバレたりしたら反逆罪で確実に処刑されちゃう……!」
「すなわち買い手は反逆罪をいとわない。逆に言えば、それが目的の奴がここで武器を買っているってわけだ」
ソルドの脳裏をよぎったのは、エクスが匂わせている王政に反乱する勢力の存在。
商会が王政の依頼でステラを狙っているという話が真実なら、奴らはその裏で王政に弓を弾く存在にも武器を流す二枚舌の商売をしている可能性もある。
(この感じなら数年以内に内紛でグチャグチャになるだろうな、この国は)
思い出されるのはクソッタレの大企業同士が己の商圏を拡大するために起こした文字通りの戦争と、それに巻き込まれた連中の死体が転がっているストリートの匂い。
むせかえるほどのキナ臭さにソルドが顔をしかめていると、トールがその腕をくいくいと引っ張った。
「ソルド、ちょっとそこらの用心棒の気を引いていられる?」
「何か見つかったか」
「あそこの従業員口、たぶん鍵がかかっていない。出入りしているのはコンパニオンじゃなくて商会側の交渉員だ。『商談』のための資料を持ったやつが出てくるのを三人は見たから、上手くいけばステラを狙う理由を突き止めるヒントくらいは手に入るかも」
「事務所に潜入するのか? 首尾よく運ぶとは思えないが」
「大丈夫大丈夫、実は秘密兵器もあるのだ。ジャーン」
トールは懐から細長いひものようなものを取り出した。
見ればそれは胃の中身を覗く時に使うカメラのように細く、うねうねと動いている。
「魔力で動く微細作業用の『指』だよ。ピッキングしたり、窓のカギを隙間から開けたりできる。実践投入は初めてだけど、上手くいくはず!」
「……ここまで付き合わせておいてなんだが、トール」
「何?」
ソルドは自身を見上げるドワーフのキラキラした瞳を覗き込む。
「連中に見つかったらタダでは済まないぞ。商会は粗悪人材の寄せ集めかもしれないが腐ってもマフィアだ。ナメた真似をすれば女子供であろうと容赦なく拷問するし、殺すと思うが」
「もしかしてアタシがステラ嬢のためにリスクを背負って動く理由が分からないから信用できないって言うつもり? リスクに見合った対価が無さそうってことでしょ」
「……」
「ならば答えましょう。リスクに見合った対価は商会の武器開発情報そのもの。ソルド、お前はアタシがジョージ様のところから派遣された留学生だということを忘れたのかい?」
小声で言いつつ、女ドワーフはにやっと笑う。
「貧乏貴族の家系はいつだって火の車だ。万が一の『備え』だってなるべくお金をかけたくはないのさ。ああもちろん、ジョージ様が反乱を企てているかは別としてね?」
「そんな野望があるならこんなにお喋りな奴を派遣しないんじゃないか」
「さて、どうでしょう。言葉を尽くしたってお前を納得させられる証拠なんか出せないから、いったんこれくらいでいいかい?」
相変わらず余裕たっぷりのトールにやりこめられ、ソルドは大きなため息を吐く。
「……俺の負けだ。どうにか連中の注意を逸らしてみよう」
「そう言ってくれると思ってた。タイミングは任せる。でもなるべく自然によろしくねっ」
トールは嬉しそうに笑うと、数秒で軽薄な表情を作り直してから「じゃあ、お互いに気になるのを見てから集合しましょ! ダーリンっ」と言って目的のドアの近くのブースへと歩いて行った。
「さて、気を引けと言われると……」
ソルドは辺りを見回す。
やはり一番気になるのは中央に設置された大きな檻だ。
檻の手前に武器らしきものは展示されていないが一応何かのブースになっているようで、人当たりの良さそうな若い男のエルフが資料らしきものを携えてニコニコと笑っている。
(とりあえずアタリをつけないことには始まらないな)
雑念を思考から追い払ったサイボーグが近づくと、資料を持った男エルフはニコニコと笑ったまま「ようこそお越しくださいました!」と会釈した。
「私共は魔力紋を使った強化兵士を案内させていただいております。ご興味がおありで?」
「魔力紋……人間に刻むことで身体能力を強化するとかいう」
「さようでございます。僭越ながら解説させていただきますね」
ソルドが机の上の資料から盗み見た情報を元にテキトーなフックを出すと、男エルフは大喜びで引っかかってくれた。
「魔力紋を兵士に刻みますと、兵士自身が何の操作をしなくても吸い上げた魔力を魔術発動に適した状態へと変換して効力を発揮します。いわば自動発動する魔術です。私共が提供しているのはお客様もご存じの通り、筋力や反射を強化する魔力紋でして。ベーシックですが強力ですよ」
「ベーシックなもの以外にも開発はしているのか?」
「さすがお客様、ご慧眼でございます。現在実験段階ではありますが傷の再生を早めたり、知力を高めたり、あるいは人心掌握技術が向上する魔力紋なども開発しております」
「フッ、そこまで来るとサイボーグと何ら変わらんな」
「サイ……?」
「いいや、何でもない」
魔術とやらで人体を改造した存在は何と呼ぶのだろう。
ソルドはくだらない思考を再び脳の奥へと押し込める。
「そうだお客様、本日このままここに居て下さればいいものが見られますよ」
「いいもの?」
「デモンストレーションを行うのです」
エルフ男は背後の檻を指差した。
「もうすぐです。あそこの檻で、強化兵士と竜のマッチアップをやるのですよ」
「……へえ、そりゃあ良いタイミングだ。今日の俺はラッキーだな」
「でしょう!」
ソルドの笑みの意味を解していないエルフ男は営業スマイルを全開にした。
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