045 悪趣味こそドレスコード
「ようこそお越しくださいました。ご用があればどうぞご遠慮なくお申し付けください」
「アハハ、ご丁寧にありがとー」
深々と頭を下げてきた女性店員に、トールはパタパタと手を振って笑った。
(なんか、思ったよりもあっさり入れたな)
高級感のある内装と高い天井を見つつ、ソルドは呆れに近い感情を覚えた。
ソルドの懸念と裏腹に、『タインルフェ護身道具』はドアに近づくだけですぐに中へと案内された。
身分の確認もなく、持ち物検査もなく、入り口に立っていた用心棒ふたりの隣を素通り。
セキュリティ意識が低すぎやしないかとも思うが、こんな治安の場所で厳密な検査などしていたらキリが無いということなのかもしれない。
ソルドの仮定を裏付けるように、店内にいるのは三種類の人間だけ。
露出が多く華美な衣装を身にまとった女性店員、入り口に立っているのと同様の用心棒、そして今のソルドやトールと同じような、育ちの悪さが丸出しの成金チンピラ客。
やや出来栄えが心配だったカモフラージュは、実のところ完璧だったと言えよう。
「とりあえず適当に見て回ろうよー。色々面白そうなのを置いているみたいだし!」
「……ああ」
わざとらしいくらいにテンションの高いトールにわざわざ合わせることはせず、ソルドはいつも通りの振る舞いに徹することにした。
経験則から言って成金は両方とも同じ属性というよりもこういう組み合わせが多い気がするし、何よりひとりくらいは自然体で居た方が怪しまれにくいだろうし。
というわけで、宝石とか時計みたいな風に陳列されたショーケース内の商品を適当に眺めてみる。
上層に店を構えているくらいだからラインナップも相応のものなのかと思っていたが、しかし、陳列の高級感に対して商品そのものは剣、槍、斧、弓……どれもやや俗っぽい。
商会の刺客たちが持っていたヒートナイフのようなチャチな感じこそしないものの、見せかけの高級感があるだけという武器ばかりだ。
「特段珍しい感じのしない武器ばかりだな」
「そうかな? さすが商会というか、どれも魔力を使う前提の武器ばっかりだよ。やっぱり命を削るのに躊躇しない思想が出ているよねー」
「それはそうだし、護身用の武器という建前に対しては性能が過剰気味には見えるが……」
「ほらこの刀なんかすごいよ。芯に純銀を使ったうえで強度も確保しているんだってさ。銀は魔力を伝達しやすいから魔力で刀身を硬化させるのもほとんどタイムラグなくできるし、魔力の消費も少なさそうだし」
言いつつ、トールはショーケースの外に出されていた刀を手に取り、軽く振って使い心地を確かめている。
直感的に店員が制止してきそうなものだが、ソルドの観察する限り、店員も用心棒も全く動かない。
わざわざ外に出してあったものなのだからトールの動きも当然想定されるというのは分かるが、にしたって一瞥も向けないのはここにある武器に大した価値は無いという証拠なのだろう。
「拳銃のひとつでも開発されているかなと期待していたんだが……少し夢を見過ぎたか」
「ピストルって?」
「火薬の爆発で鉄のつぶてを高速で発射する武器だ。大砲を手で持てるくらいに小さくしたものだと思ってくれていい。魔力の使い方を見るに誰かが似たような構造を思いついていても不思議じゃないと思っていたが、期待外れだったみたいだ」
「それを思いつけそうな奴が隣に居ることも、もっと意識して欲しいかも! ねえねえそのピストルってやつの要件というか仕様を教えてよ。再現できると思うけど」
「……そのうちな」
ソルドは言葉を濁した。
自分でも完全には理解できていない複雑怪奇な義体化技術を教えるのに比べれば、拳銃の仕様を教えるくらい簡単だ。
電子記憶を参照してそこに書いてあることを紙にそのまま書いてやれば、この女なら理解してあっという間に拳銃を製造できるだろう。
もしかしたら魔力技術と合流して、もっと便利な武器ができるかもしれない。
ただそれでも単純な仕組み以上のことを教える気にならないのは、それが単にリスクだからだ。
義体化済みの自分が敵の技術レベルを上回っているからこそ、これだけ大胆な行動ができているのだから。
(こいつが味方だと確定したなら話は別だがな)
ソルドが華美に着飾ったトールの顔を眺めていると、何かを察した風に目を見開いた彼女はニヤリと笑った。
「アタシももちろん分かっているよ。この店はここにあるだけじゃなくて、もっとすごいものを隠しているハズだって」
そんなことは思ってないが、とソルドが大真面目に返答する前に、ニヤニヤ顔のドワーフ女はサイボーグの手をくいくいと引っ張って店の端に視線を向けた。
ショーケースの陳列が途切れ、がらんと空いた空間。
ソファと小さなテーブルが置かれた商談スペースのようだが肝心の商談をしている人間は皆無であり、壁際にひとりの用心棒が立っているだけ。
……いや、正確には、用心棒は扉の隣に立っている。
シンプルすぎて目立たない、まるでそれが目的であるように設計された扉。
従業員通路か、あるいは。
「ソルド、見てて」
と、トールが小声で言うとほぼ同時、扉に近づく者がひとり。
服装はソルドと大して変わらない、趣味の悪い成金丸出しのファッション。
だが姿勢や歩き姿がゴロツキのそれではない。
背筋を伸ばし、静かに、しかし足早に移動するのがクセになっている……ソルドが幾度となく見てきた、大企業のお偉いさんと同じ所作だ。
その男は扉の近くの用心棒に近づくと何やら短い言葉を交わして扉の奥へ。
ソルドが素早く周囲を確認すると、店内の他の誰もその出来事には注目していない……いや、店員たちが連携し、不用意な注目が集まらないように視線を誘導しているらしかった。
「あの扉、怪しいと思わない? 絶対あの奥に秘密のショールームがあるに決まってるでしょ」
「合言葉で入れる『お得意様』専用のフロアか、成る程な」
「さっき入っていった人もしばらくその辺の商品をみるフリしてたから、合言葉さえ知っていればアタシたちでも通してくれそうだよね。けど合言葉を探るようなことをしていたら怪しまれてしまうだろうし、どうしたものかな……」
「それなら問題ない。行くぞ」
「え、ホントに? どうするつもり?」
ソルドはトールの問いに答えずゆっくりと、そして堂々と歩いて扉の方へ。
企業の連中がやるように、少し怒っているような表情を付け加えつつ。
「お客様、この先は従業員用の通路で、入れません。商談であればそちらのスペースで伺いますが、いかがなさいますか」
案の定、用心棒はソルドが近づくなり一歩進み出て暗に追い払おうとする。
横に居るトールが思わず息を呑んだのが分かるが、ソルドは間髪入れずに口を開いた。
「七番の商品について、明日の相場が聞きたい」
「お客様の見解を伺っても?」
「銀貨百二十枚」
「……奥へどうぞ」
用心棒が扉を開け、ソルドは軽く礼をして中へ。
そこは確かに通路だったが奥の方にリフトのようなものがあり、女性店員がひとりニコニコ笑って立っていた。
「ちょ、ちょっと! どうして合言葉が分かったの!?」
後に続いて入ってきたトールが、扉が閉まるのを確認してからバシバシとソルドの背中を叩きつつ小声で言う。
「俺たちの前に入った客がいただろ。あいつのやり取りを真似させてもらっただけだ」
「結構距離離れてたよね? よく聞こえたな……というか合言葉が個人個人で違う可能性もあったじゃん。賭けに出たってわけじゃないよね」
「まさか。店内に入ってから聞こえた音を分析にかけて、先客のやり取りと一致する表現を探した。そしたら全く同じことを言っている奴が俺たちが入店した直後に居たと分かった。それだけだ」
「に、人間業じゃない……!」
「俺は人間だ」
などとやり取りをしているうちに店員の元へと着いたソルドたちは、店員が魔力を流して起動したリフトで上へ。
トールが「魔力昇降装置……! 王城にしかないって聞いてたのに!」などと驚いているのを横で聞きつつ、数十秒で上の階へと到着した。
それはひと目でわかる異様な光景。
下の階のハリボテ的な高級感を捨て去り、ひたすら合理に走ったような売り場には明らかに質感の異なる武器が並ぶ。
それがドレスコードだとでも言わんばかりに成金趣味ファッションで統一されている客は、その所作で全てゴロツキと全く異なる本物の金持ちだと分かる。
何より目を引くのは、売り場の中央に鎮座している巨大な檻。
「それではごゆるりとおくつろぎください」
頭を下げた店員がリフトごと下の階へ戻っていったのを確認したソルドは苦笑する。
「どうもくつろぐって感じの空間には見えないけどな」
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