040 没落令嬢のモテ期(命の危機)
「ゴホッ、ゴホッ! ヴェッホ、ゴッホゴッホ、ア゛ー……」
「さっきの煙幕を吸いすぎたか。大丈夫か?」
罠が仕掛けられていた路地から離脱した後、静かなスラムの端にて。
ソルドはステラを地面に下ろし、煙に対するアレルギー反応でひどい状態になっているその顔をハンカチで拭った。
「だ、大丈夫。あなだば、平気なの……?」
「害を受けていないというわけではないがな。身体システムがアレルギー反応をカットしているから、あんたほど濁点多め涙多め鼻水マシマシにはならない」
「羨まじいゴホゴホゴホッ!」
「ったく、誰かさんが巻き添えもお構いなしに催涙成分入りの煙幕なんか使うからだ」
ため息を吐いたサイボーグが睨みつける先に立っているのは黒衣の襲撃者その人だ。
襲撃者は乱入してきた商会のボスことデトロスに煙玉を直撃させたのち、ソルドを先導する形でこのスラムまで連れてきたのだ。
「目と鼻くらいは潰しておかないと追ってくるよ、彼は。何せ身体に直接魔力紋を刻んでいる狂人だ。命を前借りして、頑丈な身体と傷の高速再生を手に入れているらしい」
「成る程な、蹴っても斬っても手ごたえが無かったわけだ」
「む、理解が早いね」
「理解しちゃいないさ。『自分が知らないエネルギーとその利用方法が存在する』って仮定して丸ごと呑み込んでいるだけ。魔力紋とやらも初耳だが多分俺の腕にも搭載されているのと似たようなものだろうし、案外魔法も義体化技術も遠くない位置にありそうだ。ま、今はそんなギーク話に花を咲かせている場合じゃないだろ?」
再び、サイボーグの右腕から展開した刃が黒衣の襲撃者に向けられる。
「あんたの真意は何だ。ステラを殺しに来たと言っていたが、その割には逃げろとも言ったり。あげく逃走を先導して、やっていることが矛盾しているぞ」
「……まあね。こうなってしまったからには説明するつもりだが、ここでは少々話しにくいな」
「何だ、今度は密室にでも誘い込むつもりか。俺としてはそんな見え見えの罠に掛かりに行くくらいなら、今ここであんたを始末してしまった方が合理的に思えるが」
「確かにそうだろう。何せ、君の戦闘能力は私の想定をはるかに上回っている。真正面からもう一度斬り合えば確実に私が押し負けるだろう……それを理解している私が、わざわざ怪しまれる提案をしている意味を考えてもらえるとありがたい」
黒衣のエルフは刀に手をかけず、背筋を伸ばしソルドの目を真っすぐ見つめて告げる。
「ステラ嬢を決して傷つけないと約束する。だから、私の隠れ家で話を聞いてほしい」
「……何をバカなことを」
ハァ、とため息を吐いて、ソルドはステラの方に目を向けた。
渡したハンカチをぐしょぐしょに濡らしたステラはウンウンと頷くと、大きく鼻をかんでから言う。
「分かった、一度だけあなたの言い分を聞いてあげる」
「おい、良いのか。こいつは襲撃してきたんだぞ。信用できない」
ソルドが口を挟むと、没落令嬢は今度は首を横に振った。
「確かに怪しいけれど、わたくしたちを助けてくれたのは事実でしょ。それに、どのみちわたくしたちはタインルフェ商会の襲撃に関する対策をしなくちゃいけない。この人は商会の息がかかっているように見えないし、何やら事情も知っていそう。ならばリスクを冒す価値もあるのではなくて? そのリスクだって、あなたがわたくしを守ってくれるなら無いようなものだし」
「……本当、ビビリのクセに変なところで肝が据わっているよな、あんたは」
サイボーグは再び大きなため息をつくと、展開した刃を仕舞った。
「アジトに案内しろ。妙な真似をしたら……」
「繰り返し脅さなくても分かっている、約束は守るよ」
言いつつ、黒衣のエルフはステラに向けて一礼した。
「ありがとうございます、ステラ嬢。早速隠れ家に向かいましょう」
「え、ええ。良いけれど、あなた名前は? 名前が分からないとやりづらいわ」
突如丁寧な態度となった黒衣のエルフに戸惑いつつも問うステラ。
対するエルフは「そうですね……」と少し思案して口を開く。
「では、エクス、とお呼び下さい」
「分かったわ。じゃあエクス、案内を」
「お任せください」
もう一度礼をした襲撃者のエルフことエクスはくるりと背を向け、スラムの中を足早に歩き出した。
「ソルド、行きましょう」
「……ああ」
ステラが追っていくエクスの一挙手一投足に目を光らせつつ、ソルドは思案する。
(Xねぇ。確実に偽名だろうが、さて……)
自らも偽名を名乗っていることは棚に上げて、いや、むしろだからこそ、傭兵サイボーグは戦闘モードを待機させたまま二人を追った。
ーーーーー
「えっ!? お風呂があるの! お、お借りしても……?」
「構いませんよ。ただ、湯が沸くのを待たないといけないですが。準備だけするので、リビングルームでお待ちになってください」
「はーい!」
スラムを抜け、路地とも呼べないような狭い道を抜けて、全身油とススにまみれて到達したのはガレット中層部の中でも上層部の方に近い小屋敷。
汚れて明らかに不機嫌になっていたステラはエクスから入浴設備があると聞いた瞬間から手のひらを返すように上機嫌になっている。
「……」
「どうしたのソルド? このお部屋の内装が気になるのかしら。結構特徴的よね」
「罠が無いか調べているんだ。今に炎が噴き出して手裏剣が飛んでくるぞ」
「エクスはきっとそんなことしないわ。そうでなければ、わたくしたちをここにおいてお湯を用意しに行ったりしないでしょ」
「まあそれはそうかもしれないがな……」
すっかり懐柔されてしまったステラの代わりに、ソルドは部屋の隅々までスキャンをかける。
確かに罠らしきものは検出されないが、それが逆に不気味ですらある。
(しっかしまあ、本当に何から何までチャイナタウンで見たような雰囲気だな……)
ステラも特徴的、と言っていたが、部屋の内装はソルドにアジアの文化を思い出させた。
どちらかと言えば西洋的だったこの世界にとっては異物感すらある東洋の気配。
街全体がアジアにかつて存在した巨大廃要塞スラムに似ているし、そうなれば自然と文化も似たようなものになるのかもしれないが、どうにも腑に落ちない感じだ。
「そんなに隅々まで睨みつけなくてもいい。特に仕掛けを仕込んでいたりはしない」
と、ソルドの思考にエクスの声が割り込んだ。
黒衣の襲撃者として現れたエルフは今や外套を脱いでいて、印象が大分変わっている。
というか、ある事実にソルドは思わず言及せずにはいられなかった。
「あんた、もしかして女だったのか」
「外套を脱いだからってすぐさま胸を見たのか? 悪魔だろうと男は皆一緒だな」
「……」
「冗談さ。最初から女だと割れていると何かと都合が悪くてね。もっとも、こんな枯れた声だからもうちょっと胸を潰していれば外套なんかなくても女だとは思われないだろうが」
ハスキーボイスではーやれやれ、と肩をすくめるエクス。
こいつ、本当に黒衣の襲撃者と同一人物か?
印象がコロコロ変わりすぎて、ソルドはますます不安になってきた。
「まあ座ってくれ。ステラ嬢、あなたも。湯が沸くまでの間に、簡潔に状況の説明をさせて欲しい」
促されるままにソルドとステラが席に着くと、エクスはテーブルを挟んだ向かいに座った。
ソルドが警戒するのを読んでいるのか、律儀にも両手を机に出している。
「それで、お話ししたい状況というのは……」
「端的には、襲撃について。もうお気づきでしょうがステラ嬢、あなたの身柄を狙っている者が居ます。それも、複数」
「待ってください、タインルフェ商会以外にも襲撃者が居るのですか!?」
「タインルフェ商会とあんた、ってオチじゃないよな」
ソルドが茶化すように口を挟むと、エクスは静かに首を横に振った。
「そもそもの話として、商会がステラ嬢を狙うのは金のため。ステラ嬢を殺すことが彼らの利益になるから刺客を差し向けている。逆に言えば、莫大な利益が見込めない限り部下を何人も使って貴族令嬢ひとりを追い回したりはしない……つまり、彼らに大金を積んで依頼するくらい、ステラ嬢を殺したいと考えている黒幕がいるということ」
「道理だな。金にならない殺しほど無益なものも無い。だがその黒幕は誰だ? 貴族の家系とはいえもはや家ごと没落済みの小娘に、大金を投じて追い回すほどの価値を見出すのは難しい気がするが」
「ソルド? 事実でも言い方というものがあると思うのですけれど」
「……私にも確証はありませんが、お伝えしましょう」
エクスはステラの顔に視線を移し、少し息を吸って、告げる。
「ステラ嬢、あなたの命を狙っている者は王城に居ます」
「……もしかして、とは、思っていました」
ステラは血の気の引いた顔で、しかし、どこか覚悟を感じさせる声色でそう呟いた。
「お父様とお母様が処刑された時、不自然な点が様々にあった。それこそ、王城に出入りするような誰かが裏で糸を引いているかのような。その者がウォルムハルト家に深い恨みを抱いていたのだとしたら、お父様とお母様だけでなくわたくしも殺してしまおうと考えるのは、自然な事にも思えます」
「……」
ソルドは黙って思案する。
ステラの両親を陰謀にハメた奴がいて、そいつがいまステラを殺そうとしている。
彼女の言う通り、筋は通っているように思えるが……。
「それで? あんたはどうなんだ、エクス」
脳裏に貼りついて剥がれない違和感をそのままに、ソルドはエクスに問う。
「もうそんなつもりは無いみたいだが、あんたも最初現れた時はステラを狙っていると言っていたな。それがどういう風の吹き回しで、風呂とベッドを与えようと思い至るんだ。罠に掛けようと思っていると白状してくれた方が、むしろ違和感は無いんだが」
「ソルド、まだあなたはそのような……!」
「大丈夫ですステラ嬢。そして、真実ではなくとも脅したこと、謝罪します」
エクスは静かに頭を下げた。
「私の目的はあなたの死を偽装し、あなたを狙う者の魔の手から守ることです」
「タインルフェ商会の刺客ね。それならソルドがわたくしの護衛を……」
「……商会と、商会に依頼した王城の黒幕。それだけではないのです。言ったように、あなたを狙う者は複数存在する」
「えっ」
顔を上げたエクスは困惑するステラの目をじっと見つめて続ける。
「現在の王政に反乱の兆候を見せている集団がいます。どうやら彼らもまた、あなたの身柄を確保しようと動いているようなのです」
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