039 力のエルフ
殺しの宣言をするや否や、だった。
姿を隠したわけでもなく、フェイントを仕掛けたわけでもなく、葉巻を咥えた大柄の男はただ真っすぐに突進した。
両の手に握った三又の武器を突き出し、ソルドを串刺しにせんとする。
対するソルドも迫る凶刃に対して構えた。
ガギャッ! と。
直後、衝突する金属音。
「ソルド、だったよな? 君はステラ嬢を連れて逃げろっ!」
そして黒衣の襲撃者が叫ぶ。
男の突進を止めたのはソルドの怪力ではなく、白銀の刃だった。
「逃げろ? 意味が分からないな。あんたは俺たちを殺しに来たんじゃなかったのか」
ソルドは苦笑しつつ黒衣の背中に問う。
対する襲撃者の声には焦りが滲む。
「細かいことはいいっ! 私が食い止めているうちに……」
「誰だか知らんが、邪魔だっ!」
「ぐおっ!?」
新たな襲撃者も、攻撃を受け止められてただ黙ってはいない。
まるで子供を突き飛ばすが如く。
葉巻の男は自らの攻撃を受け止めた黒衣の襲撃者をいとも簡単に吹っ飛ばす。
「何だ先客か? 悪いがお姫様はウチの商会で獲ることになっている。邪魔しないでもらおうか」
「なっている、って……俺たちはそんな契約に一度たりとも合意した記憶が無いんだがな。お引き取り願おうか、ゴリラ野郎」
「あ? 俺たちが獲るって言ってるだろうが。ぶっ殺すぞ悪魔野郎っ!」
その言葉は脅しなどではない。
葉巻の男は言葉と同時に釵を振り下ろし、ソルドはそれを左腕から展開した砲身で受け止めた。
ギリギリと擦れ合う音が路地に響く。
「フン、噂に違わん怪力だな。竜を単独で殺したのも本当か?」
「だから何だ。俺はあんたの名前も知らないし、今こうして殺し合っている。茶でも飲みながら自己紹介をする時間をくれないとお互いのことを永遠に分からないままになるぞっ!」
ソルドが渾身の力で放った前蹴りが腹部にヒットし、葉巻の男は数歩後退。
だが男は「まあ、それも一理あるか」と、ズレたスーツを直しつつ笑った。
(……普通の人間なら内臓を破裂させるくらいの力だったはずだが)
サイボーグの生存本能が危険信号を発し始める。
目の前の男には何か『仕掛け』があるようだが、それが分からない。
チラ、と横を見れば、吹っ飛ばされてダウンしていた黒衣の襲撃者が起き上がろうとしている。
逃げろ。
襲撃者が放った言葉がソルドの脳の奥で主張を強めていく。
「俺はデトロス・タイン。エルフ失格の落伍者どもの面倒を見てやる傍ら、この街でちょっとばかり大きな商売をさせてもらっている。本業は漁業と運送業なんだが、最近じゃもっぱら『道具』の販売と街の治安を守る『警備』に精を出しているんだ。よろしく、悪魔の兄ちゃん」
「タインルフェ商会の大ボスってところか。よくもまあそんなお偉方が直々に前線までやって来たな。まともに動かせる部下も居ねえのか」
「フッフッフ! お前は分かってて言っているだろう。使えん連中ばかりでな、まあ所詮はこんなところに流れ着くような人材だから多くは期待していなかったけどよ、せめて荒くれを自称するなら殺しのひとつやふたつ、スムーズに決めてきて欲しいもんだ」
デトロスと名乗った大柄の半耳エルフは葉巻を深く吸い、吐く。
「お前のところに行ってぶっ殺してこいと何回も命令したんだが、全然本気で取り組みやしねえ。呼び出して喝を入れてやっても全然成果を出さない。だから俺が直々に現場に出向いて激励しようってわけよ。これで俺が先にお前をぶっ殺したら、あいつらは全員首を切らないといけないな」
「それで連中やたら必死だったわけか。文字通りの必達、できなければ文字通り首切り。まったく、企業務めはこれだから……」
「お褒めに預かり光栄だ。さて、それでどうする?」
デトロスは葉巻を投げ捨て、踏み消して言った。
「大人しくお姫様を引き渡すなら、お前を殺さずにおいてやってもいいぞ」
「最近俺のところに来る連中はそれしか言わねえがお前が原因か。だが答えはひとつだ」
言い終わるとほぼ同時、行動は既に終了している。
ソルドは脚部に仕込まれたバネ仕掛けを解放して一気にデトロスとの距離を詰め、右腕の仕込み刃でその胴を袈裟斬りにした。
白銀が煌めき、グレーのスーツに鮮血が滲む。
「ぐっ!?」
「依頼人に手は出させないし、俺もあんたなんかに殺されるつもりは無い。死ぬのはあんたの方だ、ゴリラ野郎」
膝を突いた大柄エルフの首筋に、サイボーグはとどめの刃を突き立てる。
ーーーその直前だった。
ドッ、と。
ソルドの胸を衝撃が突き、通常の人間の何倍もの重さがある金属の身体を大きく後退させた。
「がっ……!? 何が、起きた?」
「くく、ああ痛え。これは良い痛みだ!」
静かなる歓喜の声に狂気が滲む。
釵でソルドの胸を突いたデトロスはグレーのスーツが自分の血で染まっていくのを指で触り、湿った赤で指先が染まるのを見て笑った。
「あ、んた、まだ動けるのか……!」
「まだ? いいや何を言っている。戦いは血を流してこそだろうが」
デトロスは二振りの凶器を構え直す。
「命を燃やすこの感触、興奮するなァ! よぉし段々ノッてきた。悪魔の兄ちゃんよぉ! 俺と存分に殺し合おうじゃねえか!」
その目に爛々と光るのは狂気。
死の匂いに滾る瞳がソルドを射抜かんばかりに見つめる。
「何だこのイカレ野郎は……!」
「おい聞いているのか! だから逃げろと言ったんだっ」
戦闘狂の登場に思わず怯んでしまったソルドの腕を誰かが引っ張った。
ステラではない。
黒衣の襲撃者が、彼に正気を取り戻させようと呼びかけていた。
「あんた、いったいどういうつもりで……てか逃げるも何も、退路を塞いだのはあんただろ!」
「ロープは偽装だ! 今すぐステラ嬢を抱えろ、上に逃げるぞ!」
「……妙なそぶりを見せたら容赦しねえぞ!」
気になる点は多すぎるくらいだが、言い争いで無駄な時間を消耗している場合ではないと直感したソルドは路地を塞ぐ荷物の陰に隠れているステラを素早く抱え上げた。
「えっ何!? ソルド、もう終わった?」
「何で目も耳も塞いで縮こまってんだあんたは! 逃げるぞ!」
「だって怖いからって何あの男!? え!? どういう状況!?」
「跳ぶぞ、舌を引っ込めておけっ!」
ソルドは跳躍のために屈んだが、もちろんデトロスはそれを黙って見てはいない。
「逃げるなぁっ!」
狂気を瞳に宿した大柄のエルフは以前よりも速く突進する。
「お前はこれでも喰らっていろっ」
「むごっ!?」
だが黒衣の襲撃者が一手速い。
炸裂した煙玉が、辺り一帯の視界を奪った。
今日はちょっと短いですがご勘弁を!
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