036 新武装実地試験(第一回)
「ぎゃああああああああああああっ!」
「指の一本潰されたくらいで大げさなことだなまったく。なあ?」
とある夜。
ガレット上層部、タインルフェ商会本部、その最上階の大部屋。
壁を隔てた向こう側から悲鳴が響き渡る中、葉巻を咥えた大柄な男は部屋の中央に跪く部下に問いかけた。
だが部下の反応はない。
引きちぎられた右耳から流れ出た血が自らの下に真紅の池を作るのを眺め、ただ震えるばかりだ。
「無能ほどやかましいのは困ったものだ。その点で言えば、お前は奴より有能と言える。だから耳は俺とお揃いにしてやったんだ、ありがたいよなぁ!?」
「はっ、はい! ボスにご一喝頂き、光栄です……!」
「素晴らしい。標的を殺り損ねたのを隠そうとしたのは頂けないが、自分が誰に仕えているのかはハッキリしているらしい。褒美をやろうじゃないか」
大柄な男は部下の腰からナイフを取り上げると、灰色のダブルスーツの懐から新しい葉巻を取り出してその端を切った。
魔力が注がれて過熱した刃が葉巻を熱し、スムーズに点火される。
「知っての通り、俺は葉巻が好きでね。中でも切りたては風味が違う。同じ命を燃やすにしても、ナイフより葉巻を燃やす方が圧倒的に価値がある。分かるよな?」
「その通りですボス……私もそうだと思います……!」
「良い返事だ。テメエのチンケな保身が俺に……商会にどれだけの損失を与えてたかを理解し、しっかり反省できたみたいだな。素晴らしい」
男はしゃがむと、右耳から血を流す部下の顎を掴んで顔を上げさせ、その口に葉巻を咥えさせた。
「だからこれは褒美だ。しっかり味わえ。高級品だからな、一服も逃すなよ」
「ふぁ、ふぁい!」
「よし」
涙目で頷く部下に笑顔で頷いて、男は言う。
「そうやって仕事も最初から真面目に取り組んでくれたら助かったんだがな」
男に躊躇は無かった。
真紅の刃を部下の残る左耳にあてがい、素早く切断する。
「~~~っ!!!」
「おお、俺の褒美を落とさなかったか。良い根性だ。おい! こいつの止血をしてやれ! ただし、俺の褒美を吐き捨てやがったらその時点で殺せ!」
男は立ち上がり、壁際に控えている他の部下たちへ怒鳴る。
「いいかテメエら、よく分かってねえ奴も居たみたいだからもう一度言ってやる。ここのボスは俺だ。テメエらに金を払ってんのも俺だし、テメエらに払う金を生み出す仕事を用意してんのも俺。だからテメエらのナメた仕事は、直接俺をナメてんのと同じなんだよ。分かったかァ!? 分かったらとっとと自分の仕事に戻りやがれ!」
男の叫びに部下たちは一糸乱れぬ声で応え、大部屋の複数のドアから一斉に出て行った。
大部屋には男と血だまりだけが残される。
「……ハァ。しかし、ワガママな顧客にも困ったもんだ」
男は無意識に自らの耳を……追放者の烙印として切られたエルフの象徴を撫でながら独り呟く。
「没落貴族のガキひとり仕留めりゃいいって言うから受けたのに、五人がかりでも傷ひとつつけられないバケモンが護衛しているだなんて聞いていないぜ全く。質より量、デケえシマを治めるにはピッタリのやり方なんだが、独裁はこうなると辛いよなぁ……」
ボリボリと頭を掻いた半耳の大男エルフは特別うまくもない安葉巻を床に吐き捨て、踏み消す。
「俺が直々に出向かなくちゃダメかね、こりゃ」
ーーーーー
スタームァがソルドの腕を見て数日たったとある朝。
ガレット最下層部、酸性の湖のほとり、人が殆どよりつかない浜にて。
「第一回! ソルドの新武装実地試験~」
わーぱちぱち、とひとりで盛り上がるトールに対し、肝心のソルドは真顔で、その傍らに立つステラは微妙な表情をしていた。
「あれ、なんかテンション低くない?」
「ある程度試験結果は見えているしな……ステラは相変わらず俺の寿命を魔力として消費するのが心配なんだ」
「だってそうでしょう?」
ステラは眉根を寄せてトールを睨みつける。
「もっと慎重に進めるものだと思っていたのに、あっという間にソルドの右腕を改造してしまうのですもの。本当に魔力消費量が適正かどうか、十分に検討を重ねたの?」
「面倒くさい長老みたいなことを……言ってみればこの試験がその検討の一環というか、実際に動かしてみないことには分かんないことも多いし」
「やだやだやだ! 動かしてみないと分かんないとか言ってソルドがいきなり寿命を使い果たして死んだらどうするの!?」
「流石にそうならないように計算はしてあるよ!」
「ソルド、あなたはどう思う?」
話を振られたサイボーグは正直に答える。
「どれだけ計算していても暴発とかそういうのでいきなり死ぬこともあるけどな」
「ほらぁ!」
「ほらぁ、じゃない! 試さないで実戦に放り込む方がどうかしているっての! ソルドも面白いからってステラをおちょくらないで!」
「俺はただ単に確率的には事故も起こりうるという事実を」
「確かにアタシたちは『絶対安全』とか言えないけども! 顧客を無駄にビビらせてどうするのさ」
「分かった分かった。ステラ、無茶はしないからひとまず見守っていてくれ」
「しょうがないですわね……」
「あんまり近くで見守られたら今度はあんたを巻き込んじまうかも」
「ひぃっ」
「だからビビらせないの!」
そんな感じで。
はじめる前からひと通り騒いだ一行は最終的にソルドを一番湖側に立たせ、そこから少し離れた位置にステラが、そのすぐ後ろからトールが見守る形となった。
「それじゃあ改めて確認するけど」
トールが手元の板にメモった項目を指で確認しながら言う。
「今日は右腕以外にも、ソルドの基本的な機能も改めて見るからね。とはいっても、脚の速さとか跳躍力とかはさんざん見ているから、ほとんど武装になっちゃうだろうけど。まずは今回特に触っていない左腕から!」
「はいよ」
ソルドは執事服の左袖ボタンをはずしてまくり上げ、腕部格納式ランチャーを展開した。
ガチャガチャと皮膚の下から漆黒の砲身が現れたのを見て、観察者ふたりは息を呑む。
「わー、こうやって展開する瞬間を見るとこう、胸の高鳴りを感じるね……」
「そうでしょうそうでしょう。アレこそわたくし自慢の護衛の必殺技。仕組みはよく分かりませんが、二匹の竜を倒している最強の武器ですわ」
「なんであなたが自慢げなの……ソルド! それはもう弾切れだとかって言ってたけど、普通の砲弾はやっぱり飛ばせないの!?」
「一応やってみるが、多分無理だぞ。専用弾薬が必要なんだこいつは」
ソルドは足元に置かれた金属球を拾い上げる。
腕部格納式ランチャーのサイズに合わせて作ったもので、要するにただの大砲の弾。
それを試しに装填して、湖に向かって構える。
が。
「……やっぱり無理だ。アレは電磁加速専用の本体にこれまた専用の炸薬を乗っけた特殊な弾だったからな。シンプルな金属弾だと身体システムが弾として認識すらしない」
「滅多に使わない切り札だったって話だしね。というか冷静に考えると、腕の中に火薬をずっと載せておくのって危険じゃない?」
「そう。大変危険だったので、ああして右腕が丸ごと千切れる羽目になったの。強いのはいいけど、危ないのは勘弁してほしいですわね」
「まるで保護者みたいなコメントを……もう一回撃てるようにするなら左腕も改造が必要そうだね」
がりがり、と板にメモったトールは「じゃあ次、本命!」と叫ぶ。
「再建した右腕を試そう! びっくりギミックも仕込んであるからさ!」
「びっくりって……この状態だとどうなるかは想像つくぞ」
ソルドは右腕を掲げてみた。
皮膚で覆われていない骨組みに、必要最小限機能するだけのパーツがついているだけなのは今までと変わらず。
ただようやくフックアームを卒業して五本指に戻ったほか、腕部格納式の隠し武器ギミックも復活している。
そして何より……怪しげな魔法陣のようなものが、そこかしこに刻印されているのが見えた。
「ギミックを作動させてみて! 教えた通り唱えれば魔法陣に魔力が流れ込んで作動するはず!」
「ホ、ホントに大丈夫なんでしょうね!?」
「九割がたは大丈夫のはず」
「一割を引いたらどうするつもりなの!?」
「おーい、やるぞ?」
ステラにガックガクに揺さぶられているトールからグッドサインが出たのを確認したソルドは言われた通り、教えられた呪文らしきものを唱えてみた。
「……右腕展開」
ガショッ、と。
左腕のランチャーが展開するのと同じような音がして、右腕の中からブレードが飛び出した。
見物しているトールから「おっ動いた!」と歓声が上がる。
「どうよ! とりあえず剣を仕込んでみたんだけど」
「特に違和感はないな」
「ソルド生きてる!?」
「見ての通りだ」
「よ、良かった」
安堵のため息を吐いている没落令嬢の後ろからトールが手を振る。
「なんかその辺の木とか斬ってみて!」
「了解」
「切る瞬間に魔力を流すのを忘れずに!」
「……魔力の流し方は気合でしかないんだよな?」
「そう。師匠は感覚を覚えるしかないと言ってた」
いよいよ魔術らしくなってきたな、とソルドは肩をすくめつつ、右腕のブレードで手近な低木を切りつけてみる。
最初はコツを掴めず枝を撫でるだけだったが、確かに気合を入れてみるとその瞬間にブレードが硬化し、スパスパと枝を切断できるようになった。
次第に魔力を流す感覚を掴んだソルドは臨戦判断サブルーチンを更新し、魔力の流し方を身体に覚えさせた。
「おお、すごい上達速度! 完璧じゃん」
「……まあ確かにいいんだが」
「アレ、思ったより微妙な反応」
「俺が元居た場所にも似たものがあったんだが、これだと突き刺す動作は出来ても斬る動作にやや難があるんだよな。それにこれだと展開部から返り血だのなんだのが流れ込んできちまうから整備性にも難がある。腰に刀を差していた方がいいな」
「ぐぬ、思ったより手ごわい意見を……」
「それに腕部格納の武器の最大の強みは奇襲性だ。出来れば見せたら相手を倒せる、必殺の一撃になるようなものが望ましい。それで戦闘を終了できるなら整備性にも目をつぶれる」
「ぐぬぬ」
ソルドが淡々と述べる条件にトールは頭を抱える。
「あっ、奇襲とか必殺とか言ってますけど中で爆発するようなのはダメですわよ! 危ないから!」
さらにステラからもダメ押しが。
「贅沢な注文を……まあ腕の見せどころではあるけど」
「ところでトール、斬る瞬間に魔力を流すのは何故だ? 感覚的にはブレードの硬度が増していたような気がしたが」
「お、流石。気づいたね」
トールは少し嬉しそうに指を立てて言った。
「そのブレードに使われている金属は魔力が流れると硬化するんだ。普段からカチカチじゃないから割れにくい。細かいことを言うと、金属側というよりは魔力側の性質でそうなるってことらしいよ。最近の学説だと」
「剛性と靭性を両立できる、つまり分子間力を一時的に高めるような仕組みか……組み立てた部品同士を一時的にでも強力にくっつけられるか?」
「できるとは思う。そのブレードにも部分的にそういう仕組みが使われているし」
「なら……良いことを閃いたぞ。トール、ちょっといいか」
「ん?」
ソルドはトールに近づいて耳打ちした。
「……!」
トールが目を見開く。
「それ、素敵だ……!」
「だろ?」
「よし、今日の試験は終わり! さっそく帰って改良をおっとっと!?」
ぐい、と。
トールとソルドの間に割って入ったステラは両者を押して引き離した。
「部品だか何だかをくっつけるのは勝手ですけど、あなたたちはくっつきすぎ。はしたないわ」
「……自分はソルドにずっとくっついているのに?」
「わたくしはソルドの主人だからいいの!」
キャンキャンとわめいたステラはソルドを見上げて言う。
「その内緒話、わたくしにも聞かせなさい」
「いいが……多分聞いても分からないぞ?」
「いいから! ほら!」
耳に手を当てて待機モードになったステラに、肩をすくめたソルドはトールに言ったのと全く同じ内容を耳打ちする。
「……」
「……」
「……?」
「だから言っただろ分からないって」
「わ、分からないことを話していたってことが分かったからいいの! もうっ」
「あ、おいっ」
肩をいからせて歩み去ろうとするステラをソルドは足早に追いかけた。
ひとり取り残されたトールはふぅ、とため息を吐く。
「ああまで分かりやすい娘、このご時世だと逆に貴重ですよなぁ……」
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