035 埋め合わせ
「ソルド、わたくしお茶を淹れてもらえるお店に行きたい」
スタームァにソルドの腕を見てもらった翌日、ステラは起きるなり宣言した。
「急だな。何故?」
「どうしてもですわ。今日、どうしても、とってもお茶を味わいたいの」
「自分が置かれている状況を把握したうえで?」
「もちろん把握しているわ。今やわたくしの唯一の安心材料である護衛が相変わらず早死にしたがっていて、一方生きたいわたくしは謎の『どうでもいい』理由で襲撃を受けているってとこかしらねっ」
あーあ、これはやっちまったか。
ノンデリサイボーグでも流石に気づく。
昨日のやり取りが原因で、依頼人は完全に拗ねている。
「あんたが襲われる理由をどうでもいいと言ったのは、悪かった。あれは」
「別に。分かってますよ。どうせ『理由が何であれあんたを守るのが俺の義務だから、まずは自分の力を取り戻す方が先だという意味だった』とかでしょ」
「……」
「図星? ふん、あなたが時折口走る言葉の意味がほとんど分かっていないおバカなわたくしでも、これだけ一緒に居たらそろそろあなたが言いそうなこととか考えていることくらい分かるってことよ。あなたがどーしても自分の生に執着できないことも」
「……こうもお見通しだとやりづらいな」
「そう、お見通し。だからこのイライラは、ほとんど八つ当たりみたいなものなの」
ステラは自分が寝ていた布団を畳んで部屋の隅に寄せると、壁にもたれて座っているソルドの側ににじり寄った。
「自分を律しきれないなんて、情けない女だと思うでしょう? けれどわたくし、お父様とお母様が居なくなってしまってからここまでずっと頑張って、ちょっと疲れちゃった。恥ずかしい話、召使いの皆に手伝ってもらわずに自分ひとりで生活することすら初めてだったから。それに世間知らずだし。ずっと必死だったの」
「俺と会った時も怪しげな儀式の真っ最中だったみたいだしな」
「あなたの召喚に失敗していたら、きっとあの場で下衆たちに殺されていたでしょうね。でもそう、あなたがあの時来てくれた時からはあっという間だったように感じる。まず竜に殺されかけて、山賊に殺されかけて、詐欺師と対決して、ドワーフさんと会って、竜を退治して、ラクミスの領主様と会って……思い返すとなぜか楽しかったように感じる。大変だったけどね」
苦笑する少女。
十六歳にしては幼い貴族然とした顔立ちに、どこか達観したような表情が同居している。
「それで今日、起きてみてふとお茶が飲みたいと思ったの。すごく久しぶりに、思い出したように。きっとあなたがわたくしを安心させたせいでしょうね。眠らせていたワガママが目覚めちゃった」
「言うほど眠ってたか? ワガママ」
「こ、細かいことはどうでもいいでしょ、それこそ」
肩をすくめるソルドの前に、少女は仁王立ちして宣言する。
「あなたがなんと言おうと、今日はお茶を嗜みます。こんだけゴチャゴチャした街なんだから、一軒くらいはお茶を出している店があるはず。さ、エスコートしなさい。私の護衛さん?」
「……仰せのままに。お嬢様」
ーーーーー
「で、これがこの辺りのお茶、と……」
ステラはテーブルに置かれたカップに注がれた澄んだ緑色の液体をまじまじと見つめた。
ソルドの記憶を元にステラの求めるような茶を出す店を探すも見つからず、チンピラに絡まれたりタインルフェ商会の襲撃を受けたりしつつ足で探しても見つからず、諦めて帰ろうとしていた時に以前会った露天商の生体改造エルフに案内されたのが、今彼らが席に着いている店だ。
(もうまんま極東アジアの雰囲気だな……)
出てきた茶の色と妙な模様が木彫りされた店内装飾とを見比べて、ソルドはここではない世界に想いを馳せる。
この世界の文化がどうなっているのかは知らないが、こうもピッタリ一致するものなのだろうか?
「香りは……お茶と全然違う。これ本当においしいのかしら?」
「別物のように言っているが、一応それも茶だ。俺のいた場所じゃ緑茶と呼んでいた。流石に合成食品じゃないだろうから、あんたら貴族が普段から飲んでいた紅茶と同一の植物から抽出しているはずだが。味の方は……」
安全性は分析済みだが、ソルドは念のため同じポットから注いだ緑茶を先に飲んでみる。
「ああ、知ってる味だ。少なくとも毒は入っていない」
「そ、それっておいしくないってこと?」
「飲む前に教えて欲しいか?」
「いいえ。せっかくだし、自分で見極める」
キッ、と覚悟の眼差しとなったステラは恐る恐る緑茶を口に運んだ。
火傷しないよう少しずつ啜って、口の中で少し味わってから飲み込む。
「……苦いわ」
そしてがっかりを隠さずにカップを置いた。
「苦いのは嫌いか?」
「まあ好きではないというか、期待していたものではなかった、ってところかしら。わたくしはお茶……紅茶を飲むつもりでいたから」
「店を変えるか?」
「いいえ、もう歩き回って襲撃を受けたくはないし。お店の方も親切にしてくれたし、このまま楽しんでみる」
ステラはふぅとため息をつきつつ、緑茶と一緒に出された茶菓子を口に運んだ。
ちなみに、茶菓子は店のサービスだ。
どうやら普段からタインルフェ商会のみかじめ料請求に煮え湯を飲まされている店らしく、露天商のエルフがソルドたちの『所業』を話したら向こうの方からサービスさせてくれと申し出てきたのだ。
完全無料となると逆に信用できないので、ソルドが商会の刺客の懐からかっぱらった財布を丸ごと店員に押し付けて、最も高級な茶を出せと伝えたらこうなったのである。
「あら、このお茶菓子は不思議な風味ね? 凄く甘いけど、さっぱりしているというか」
「その茶が苦いだろ? 両方を組み合わせて楽しむものらしい」
「それを先に言いなさいよ! あっ、確かにこれならこのお茶もおいしい! お砂糖は入れずに、香りと苦味を楽しむものなのね。これはこれで好きかも」
打って変わって上機嫌となったステラはしばし緑茶を楽しんだ後、ふぅ、とため息をついて上目遣いにソルドを見た。
「……あなたの右腕、治したら命を縮めてしまうのよね」
「そういう話だったな」
「正直他の方法が無いか考えたくなるなぁ……大体、命を消費しながら使う道具ってよく分からないし」
「まあイメージはつきにくいだろうな。でもほら、この席の上にかかっているランプなんかも多分その魔力で動く道具っぽいぞ」
「えっ!? うわ、本当だ。普通のランプかと思ったのに……」
ステラが驚いていると、通りかかったウェイトレスが彼女の真横の席のランプが暗くなっていたのを回収し始めた。
ウェイトレスが回収したランプの底部に手をかざすと、ランプは数秒で再び明るさを取り戻し、席に設置し直されて、何事も無かったかのように次の客が席へと案内された。
「あ、あんなにあっさり命を?」
「程度の問題なんだろう。ああした瞬間に寿命が半分になるというワケでもないんじゃないか」
「とはいえ、でしょう。はぁ、本当にとんでもないところにやってきてしまったわ……」
ふるふる、と首を振ったステラは、どこか恨めしそうな視線をソルドに向けた。
「そもそもの話、あなたの身体は元々どうやって動いているの。その右腕が動いている仕組み、わたくしはまだ全然理解できていないのですけれど」
「俺だってエンジニアじゃないから『どうやって』動いているのかを完璧に説明はできないぞ。ただ確かに言えるのは、魔力ならぬ電力で動いているってことだな」
「でんりょく?」
「雷の力さ。嵐の時にゴロゴロピカピカしているアレをとっ捕まえて、金属の身体の血液みたいに使っているんだ、大雑把に言えばな。で、俺の身体は電力を食った物とか筋肉の動きから取り出す技術が詰め込まれていて、普通に生活してりゃ電力には困らない」
「じゃあ魔力なんか使わずに、その電力で治せばいいのに」
「そううまくはいかないさ。電力で俺の身体を動かすには他にも高度で精密な前提技術が必要になる。この世界の技術レベルが追いつくのはどんなに早く見積もっても五百年後だろうよ」
「だからって腕を使うだけで寿命を削ってしまうだなんて……わたくしはあなたが居なくなったらどうしようもないというのに……」
なんか、ステラが泣き出しそうな気配がする。
危機を察知したサイボーグは「まあでも」と口を開く。
「スタームァの話を聞く限り、俺の腕を丸ごと切り取って取り換えるという方針じゃなさそうだからな。あくまでも電力で動いているいまの腕をベースに、魔力で動く部位を補助的に再建するって感じだろう」
「……つまり?」
「ただ暮らしているだけで寿命をガンガン消費するわけじゃないはずだってことだ、合理的に考えて」
確信はない。
だが、今はこう言っておくべきだろう。
「俺は誰かさんに呼び出されて地獄から出てきた悪魔だからな、そう簡単に死にやしないさ」
ソルドが右腕にくっついたフックアームをカシャカシャと動かして苦笑すると、ステラは少しだけ笑った。
「こういう時だけ都合よく悪魔を名乗るなんて、ずっと自分は人間だって言うくせに」
「それにアレだ、個人的にはかなり楽しみにしているんだ」
「やっぱり命削り中毒だから……」
「違う違う。もっと普通の感覚だ」
「普通?」
「いいか? あんたにはピンと来ないかもしれないが、俺はどちらかと言えば好きで義体化した類の男なんだ。右腕を失ったのは確かに痛手だったが、これは新しい義体化をするチャンスでもある。しかもだ、どこの企業のものでもない、得体のしれない町工場の意味不明な胡乱魔術を腕にぶち込むんだ、文字通りの魔術をだぞ。こんな経験できる奴はそういない。だから楽しみで仕方が無いんだ。実際どうなると思う? 魔術ってくらいだからな、パイロキネシスとかサイコキネシスくらいは期待できると俺は思うんだが」
「……ソルド」
「なんだ」
「あなた、エンハンス中毒だって言われたことない?」
「惜しいな、進化中毒だと言われたことはある」
「いや、多分それエンハンス中毒と違わないでしょ」
くすくすと笑うステラ。
我ながらお姫様のご機嫌取りが上手くなったものだ、とソルドは心中で胸を撫で下ろした。
緑茶
ソルドの居た世界の一部地域で飲まれていた茶の一種。健康を意識する大企業のトップ等は本物の茶葉から抽出した緑茶を好んで飲む傾向にあった。そのせいで合成の緑茶にも健康的なイメージがついていたが、実際のところ特別健康に良いわけではない。まあ、薬物スレスレな成分を多量に含有した他の嗜好品飲料を飲むよりかは遥かに健康と言えるかもしれないが。
胡乱魔術
ソルドが元居た世界でうさんくさい技術を指すスラング。『ネットにつないでおくだけで自動的に金を稼ぐ機械』とか以外にも『目が合った相手を魅了する電子義眼』とか『時間が止まったと錯覚するほど素早く動ける身体システム』とかもコレ。たまに本物があるという噂も。
進化中毒
義体化がもたらす圧倒的な身体性能の向上に取りつかれ、無茶な義体化を繰り返す人を指す言葉。最終的に生身の箇所がほとんど残らないところまで行っても人権は維持されるため、愛玩義体に人権を与えようとする活動家たちはよく彼らを引き合いに出して持論を展開している。
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