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034 非科学的な力

 タインルフェ商会と名乗った刺客たちの行動は素早かった。

 紅く光る短刀を手に、全員がバラバラのタイミングで標的(ソルド)に向かってダッシュ。

 誰かの刃物が刺されば、例えそれ自体が致命傷でなくても標的の動きを鈍らせ隙を生む、その隙こそが致命的。

 標的を始末するのに慣れきった、合理的な殺人作業。


「生身が相手なら、だけどな」


 ソルドは密かに待機(アイドリング)していた戦闘モードを起動、最も接近していた刺客の腕を蹴り上げ、そのままかかと落としをその脳天に叩き込む。


「グッ!?」


 戦闘サイボーグの正確・精密な動きに人間の反射神経は追いつけない。

 頭部への硬く、重い一撃に、刺客のひとりはうめき声をあげて動かなくなった。


「まずは一人」

「ソルド! 他の奴も来てるっ!」

「分かっている」


 抱えられたままのステラが警告する通り、今度は二人の刺客がソルドの背中に迫った。

 二方向から、防ぎにくい角度の一突き。

 だがサイボーグは振り向くことなくそのうちの一人を後ろ蹴りで吹っ飛ばして排除、その勢いで振り向き、もう一人が突き出した短刀をステラを抱える肘と膝で挟み、止める。


 ジュウ、と布と皮膚が焼ける音が鳴る。

 だがソルドは捕まえた刃を離さない。


「なっ!? なぜっ」

「加熱の仕組みは後で調べさせてもらうとして……熱いのが平気な人間もたまには居るってことだ」


 ソルドは驚愕する刺客に言葉を手向けると、挟んだ短刀を取り落とさせてつま先でキャッチ、蹴りの要領でその切っ先を刺客の腹部へと突き刺す。


「女を抱えたままで……ナメやがって!」


 怒りのままに叫んだ刺客はうまくやった。

 ソルドが蹴りにくい位置まで接近し、かつ彼を壁際に追い詰めている。

 男の方は刃が通らなくても、抱えている標的は別。

 差し違える覚悟でもって、刺客は刃を突き出した。


「……は?」


 居ない。

 さっきまで目の前に居たはずの男が消えている。


「他の奴よりは殺し屋向きだったな、あんた」


 声がしたのは上の方。

 刺客は声の方を見上げ、自らに迫る膝を見たのが最後の光景だった。


 ソルドがやったのは単純なこと。

 脚部のリミッターを一時的に開放し壁に向かって跳躍、刃を避けた後、今度は壁を蹴って全体重を乗せた跳び膝蹴りを放っただけ。

 義体化によって強化された膝が刺客の顔面の骨を砕き、沈黙させた。


「さて、残るは……」

「ひぃっ、ひいいいいいいいいいいっ!」


 立ち上がったソルドが睨むまでもなく、刺客の最後の一人は悲鳴を上げて逃走。

 ソルドは近くに転がっていた鉱石ーーーおそらく近くの露店の商品か何かだろうーーーを軽くスキャンし、逃げた刺客の後頭部に向けて正確に蹴り飛ばした。


「ぎゃっ」


 ゴスッ、ばたり。

 逃げ出していた刺客の意識はそれで途切れた。


「排除完了」


 ソルドは呟くと、ずっと抱えていたステラを地面に下ろしてそのドレスについた埃を払って一言。


「替えの下着は居るか?」

「そこは大丈夫か? とか怪我は無いか? でしょ!? というかわたくしが怖い目に遭うたびにチビるような人間だと認識しているのであれば考えを訂正なさい! 今すぐに!」

「そんなことは思っていない。ただ、今回はいつもよりも幾分激しい戦闘になったからな。念のため確認しただけだ」

「無茶をした自覚があるだけ成長ってところかしらね! わたくしを抱えたまま飛んだり跳ねたり、あなたが強いのは分かりましたから次回からはもっと節度を保った戦闘をしてほしいところね!」

「善処する」

「ハァハァ……ひ、ひと通り怒ったら冷静になって来たけれど」


 ステラは辺りに倒れている男たちを見て唾を呑み込む。


「この人たち、わたくしを狙っていた」

「みたいだな。タインルフェ商会とか名乗っていたが……刺客を送り込まれる心当たりは?」

「無いですわそんなの。そのような名前の組織とウォルムハルト家に関りがあったとは聞いたことがありませんし、言いたくはありませんがこんなに落ちぶれたわたくしを襲うメリットなんか一つもない。人質に取ったって、誰に身代金を要求するっていうわけ?」

「今の『目的』で恨みを買った線は……ないな。ウォルクはただの詐欺師で、ドルエンは成金。こんな刺客を復讐に差し向けてくるようなお仲間がいるとは思えん」


 ソルドは倒れている刺客のひとりの胸からバッジをもぎ取り、懐に仕舞った。


「本当は一人起こして事情調査(じんもん)してやりたいところだが、増援を送ってこないとも限らない。とっとと鉱石を受け取って、スタームァのところに戻るぞ」

「あ、あなたやっぱりまだおつかいは続行するつもりなのね。よく分からないまま狙われているんだし、一回戻ってもいいんじゃ……」

「狙われているからこそ、だ」


 怯える没落令嬢に、サイボーグはフックアームをかちかちと鳴らしてみせる。


「あんたの身の安全を守るのが俺の仕事だ。今回は連中を排除できたが、奴らの雇い主がその気なら次はもっと厄介なのを送り込んでくるはずだ。いつまでもこんな腕じゃ、どこかのタイミングで必ず事故る」

「だから早く右腕を直したいってことね……」

「そうだ。スタームァは大概頑固だからな、とにかく文句を言わせない状況を作ってこっちの要求を通すのが、ああいう手合いと付き合うコツなのさ」


 ーーーーー


「商会か……そりゃまた、厄介なのに目をつけられたな」


 スタームァは工房に戻って来たソルドから目的の鉱石が入った袋を受け取りつつ、ぽつりと言った。


「師匠ぉー、商会って何?」

「この街の商売を仕切っている、と本人たちは言っているがな。いわゆる犯罪結社ってやつだ。元をたどればそこの湖で取れる魚を売り捌いていた漁師の組合(ギルド)だったらしい」

「ふぅん。それに襲われたって、ステラってもしかしてハイパー不良娘なのかい?」


 トールに問われ、ステラはため息を吐く。


「そんなわけないでしょう。わたくしにもソルドにも、襲われた理由に見当がつかないから困っているのです」

「理由か。商会の行動原理は(カネ)だ。お嬢ちゃんの首に懸賞金がかかっているとか、どうせそういう理由だろうな」

「け、懸賞金!?」


 目を丸くしたステラが不安げにこちらを見てくるので、ソルドが話を引き継ぐ。


「俺としても、何故ステラが襲われるのかという点はひとまずどうでもいい。それよりも約束の方を果たしてもらおうか。ステラを守るためにますます必要そうなんでな」

「そうだな、おまえはしっかり働いてくれている。それに丁度、おれ自身でやりたかった作業が落ち着いたところだ。見てやるから、そこの台に右腕を乗せろ」

「おっ、アタシにも見せてね。その鉄の腕、どういう仕組みなのか未だによく分かってなくてさ」


 ソルドが言われたとおりに腕を見せると、スタームァは顔を近づけてその構造を観察し始めた。


「基本的には人間の腕の構造を真似しているだけか。健在な方の腕も見せてくれ」

「左腕か? どうぞ」

「強度が必要な部分は金属で、筋肉は知らん材料だが……」

「あんたに理解できるかは分からないが、解説してやろうか?」

「いいや。おれはおれの方法で理解する。話しかけないでくれ」

「……分かったよ職人さん」


 ソルドが呆れたのを察知したのか、トールが「まあまあ」と言って笑った。


「師匠は手紙でやり取りしている時からこんな感じだったからね。代わりにアタシが話し相手になってやろうじゃないか」

「別にお喋りがしたいわけでは……いや、待てよ。ステラ、さっき拾った短刀、出せるか。鉱石を入れていた袋に入っている」

「ああ、あの紅く光ってたやつね。いつの間に拾ってたの?」

「タインルフェ商会のバッジを取ったあと、欲しくなってな」


 言われた通り、ステラは袋から短刀を取り出した。

 ソルドが戦った時は赤熱していたそれは、今や鈍色に戻り輝きを失っている。


「トール、こいつが商会の連中が使っていた刀なんだが、戦った時は高熱を放っていた。どういう仕掛けか分かるか?」

「あーこれか。知ってるよ、噂で聞いていただけだけど」


 トールは短刀を手に取ると、柄の部分をしげしげと眺める。


「前提としてなんだけど、ソルドは魔力って知ってる?」

「おとぎ話に出てくる摩訶不思議な力だな。非科学的で、実在しない」

「そういや前にも似たようなことを言ってたね……言ってしまうと、魔力ってのはあるんだな、これが。ただ目に見えないし、普段は命ある者の身体の中に溜め込まれていて取り出せない」

「もしかしてそのヒートナイフはその魔力を身体から取り出して発熱しているって言うんじゃないだろうな」

「おお、大正解。ソルド、お前はもしかしたら魔術師の素質があるかもよ?」


 ぱちぱち、と手を叩くトールに、ソルドは顔をしかめた。


「あれ、まだちょっと疑ってる? アタシ的にはソルドの腕や脚もきっと魔力で動いてるんだろうなーって思っていたんだけど」

「……まあ、竜が飛んでいるような世界にこれ以上科学的な整合性は求めないさ。だがその話を呑み込むと、生物を直接エネルギー源として利用できるということになる。そんな便利なシロモノが、どうしてもっと広く使われていないんだ。俺ですらこれまで見た文明を一歩前進させるだけの方法をいくつか思いつくくらいなんだが」

「それは、結構単純で当たり前の話でさ」


 トールは苦笑して言う。


「魔力を取り出すってのは、寿()()()()()()()ということなんだ。この街でたまに見かける光る看板も、この熱くなる短刀も、全部魔力を供給する生き物の寿命を燃やしているんだ。そんなのめちゃくちゃ長寿じゃなきゃ思いつきもしない。そして、エルフたちは百年余りも寿命があるのに死を極端に恐れる種族でもある。魔術師にしたってほとんど全員エルフのクセに、日夜いかに少ない魔力で最大の成果を得るかを考えているって聞くよ」

「だからか。この辺のエルフがマッド、なんて言われてんのは」

「そういうこと。マッドエルフの異端性は森を棄てたことじゃない。看板や刀なんていうくだらないモノのために()()()()()()()ことなんだよ」

「……思ったより好ましい連中に思えてきた」

「それなら良かった!」

「良かったって、何が、ですの?」


 黙って話を聞いていたステラが割り込むと、トールは「あー……」と気まずそうにして続けた。


「ソルドの腕の修理だけど、多分、師匠はマッドエルフの技術を参考にするつもりだと思う。つまり、ソルドの腕は寿()()()()()()()()()()()()()になると思うんだけど、それでいい、よね……?」

ヒートナイフ

ソルドのいた世界でチンピラがよく所持していた武器のひとつ。柄に電源がついていて、刀身を加熱する。義体化した相手にも刃が通るという触れ込みだったがぶっちゃけ大して効果がなく、むしろ度重なる焼き入れで刃がなまるだけの粗悪品ばかりだった。超痛そうなので、威嚇効果だけは絶大。


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