033 おつかい、あるいはパシリ
「オラッ金出せなんだそのふざけた右腕ででででででででっ! あ、頭が、割れる!?」
「ただでさえ少ない脳ミソを派手にぶちまけたくなかったらもう二度と俺たちに関わらないと誓え」
「誓う誓う誓う! だから離して!」
「OK。次は殺す」
「ひいいいいいいいいいいいっ! ば、化け物ぉっ!」
ソルドが助けを請うチンピラのこめかみに食い込みつつあったフックアームを緩めてやると、チンピラは持っていたナイフを捨てて入り組んだ路地のどこかへと走り去った。
「成る程。この腕、ふざけた見た目に反して挟むことに関してはかなり便利だな。元の指より器用さが落ちているんだから、それくらいのリターンはあってしかるべきなのかもしれないが」
「何を一人で納得しているの。悪党が居なくなったなら教えてよね」
「ああ、悪いな。もう安全だ」
「まったくもう……」
ソルドが安全の確保を告げると、その背に隠れていたステラは彼の横に歩み出てため息をひとつ。
「疲れた」
「了解。たしかあの辺りに座れそうな場所が」
「そうじゃなくて! ここ数日の全てに疲れたって言ってるの!」
きょとん、とするサイボーグの前に立ちふさがって癇癪を起した没落令嬢は、しかしすぐに周囲の視線を気にして彼の隣に戻り、その腕をがっしりと抱いた。
「そこら中から酸っぱいにおいがするし、お料理もヘンな味がするし、お風呂もロクに入れないし、身体を拭くための清潔なお水を探すのにも一苦労だし、マットレスは硬いしカビ臭いし……何よりゴロツキが多すぎる! ここに来てから三日経つけど、これまでに何回襲われたか分かる!?」
「ああ。確か今の襲撃で丁度五回目、今日に限れば二回目だな」
「ダルい返答をするんじゃないの! わたくしが言いたいのは、気が休まる暇がないってこと!」
「そうなのか? 俺はむしろあんたが思ったより順応しているように感じていたぞ。腹を下したり、病気になったりするかもしれないと心配していたんだ」
「し、心配してくれるのは嬉しいけど、わたくしこれでもしばらく浮浪者に交じって暮らしていた経験があるから。不本意ながらお腹を壊したり、アレルギーを起こしたり、ストレスで毛が抜けたりなんかはひと通り経験済みなんだからね」
「その時は襲撃されなかったのか」
「かろうじてね。ぼろきれみたいな服を着て、頭巾で髪を隠して、他の浮浪児に混ざって目立たないようにするのを徹底していたから」
「確かに。思い返してみれば、初めて会った時のあんたはまさにストリートのガキって感じのみすぼらしさだったな」
「思い出させないでよ。とにかく、わたくしのことは一旦いいの」
ステラはチンピラが落としていったナイフを足で道のわきに避けつつ言う。
「わたくしの気が休まらないのはあなたのせい、というか、スタームァさんのせい。あの人、あなたに頼みごとをしすぎでしょ? ずっと商品とかお金を持って行ったり来たりしているから、むやみに目立っているの。そりゃ襲撃もされるってわけ」
「一番目立っているのは多分スタームァの荷物じゃないと思うが」
「ええ。もちろんあなたのこの右腕も目立っているでしょうね」
「……確かにな」
いいや、この世界で唯一化学繊維製の防刃ドレスを着ているあんたが一番目立っているんだぞ。
という言葉を呑み込む程度のデリカシーくらいは、ソルドにもある。
「というわけで、ちゃっちゃと持って帰っちゃいましょうよ。近道とかできればいいんだけど」
「ここからならそこの階段を少し登って、路地を抜けて降りた小広場を右に曲がったところにある酒場を通り抜けるのが早いな」
「……あなた、もしかしてもうこの辺りの地形が頭に入っているの?」
「一度通れば電子記憶に記録される。あとは通行人にタグ付けして使っているルートを解析させてもらったりな。俺たちが入って来た中層部より下の主要な通路は大体把握できているはずだ」
「相変わらず何を言っているかよく分からないけど、覚えたってことね……なんだかあなたならそのくらいは出来そうと素直に信じてしまえるというか、今更驚かなくなってしまっている自分にビックリ」
「成長著しくて良いことだな」
「でしょ? その皮肉癖にも慣れる一方なのが悩みの種。ほら、次のトラブルに目をつけられる前に戻りましょ。今日の分が終わりだって言うなら、あとはスタームァさんの家に引きこもっていれば少なくとも安全にいられるわけだしね」
口調だけは強いが、相変わらずソルドの腕にくっついたまま言うステラ。
確かにビビりではあるが、見た目に反して割とたくましいところもあるよな……などと、ソルドはこれまた口には出さない方がいいだろうと判断した言葉を喉の奥に仕舞いこんだ。
ーーーーーー
「きょ、今日中にもう一件行けって……もうお昼もだいぶ過ぎているのに。戻ってくる頃には夕方なんじゃないの?」
「愚痴を言っても仕方がないだろ」
ソルドはあからさまに不機嫌になったステラをなだめる。
結局ソルドたちがおつかいの完了報告に戻ると、荷物を受け取ったスタームァは更に一件のおつかいを依頼してきた。
彼が調達を依頼していた鉱石か何かを店から受け取って来い、とのことだった。
「わたくしもうとっても疲れた! 今度こそ本当に疲れた! ソルド、おぶって!」
「鉱石を受け取るためのカバンがあるから無理だな」
「じゃあ抱っこでもいい!」
「正気か?」
「しょ、正気。お姫様のように抱えてよ。護衛なんだから」
「……了解、了解」
ステラはストレスが溜まっているせいなのか、素の性格がコレなのかは知らないが、いつもよりもわがままで意固地になっている。
少し懲らしめる意味も込めて、ソルドはご要望通り、ステラをお姫様抱っこの形で抱え上げた。
「お、おお……思いのほか、しっかりめに恥ずかしい感じね……」
「降りるか?」
「い、いいえ! このままで。わたくしは疲れているから。うん」
少し顔を赤くしているステラはやはり意固地になっている。
ソルドは周囲の人間にもよく見えるように『お姫様』を高めに抱えながら歩き出した。
「スタームァの工房で待機していても良かったんじゃないか。トールも居るし、比較的安全だと思うが」
「あなたそれでもわたくしの護衛!? 比較的じゃなくて、絶対に安全な場所に居たいのわたくしは。人の目があったって、あなたが居ないんじゃ安心できないの。だからあなたには着いていく。これは決定事項よ」
「了解、依頼人さまのご意向とあらば……」
「皮肉のつもり? 言っておくけど、あなたはあなたで危険を避ける努力はしてよね。わたくしはあなたなら絶対にそこらのゴロツキには負けないと信じているけれど、リスクは取らないに越したことは無いんだから」
「リスクは避けるべき、全くその通りだ。スタームァはこのパシリが終わればようやく俺の腕を見ると言っていたからな。その後しばらくは家に引きこもっていてもいいはずだ」
「素晴らしい。引きこもり生活がこんなに甘美な響きになるだなんて思いもしなかった。ふかふかのベッドと清潔なお水が十分にあればもっと最高だったけどね。何にせよ早く終わらせて帰りましょ」
「……」
「ソルド? どうしたの急に脚を止めたりなんかして。まさか……!」
「ああ、そのまさかだステラ。お客さんのお出ましだ」
「なっ! 今日だけで三回目!? どうなってんのよこの街は! 早くやっつけてよね!」
「もちろんそのつもりだが……どうやらいつもの連中とは違う感じだな」
ソルドは言いつつ、自分の周囲を見渡した。
襲撃者は五人の男、強面だが全員耳が尖っていてエルフだと分かる。
このゴミゴミとした街には似合わない仕立ての良い服を着ていて、胸には五角形をした金色のバッジ。
そして、その手には刃が紅色に輝く小刀が握られている。
「え、何……何なのこの人たち。ただのゴロツキじゃ、ない?」
「明らかに組織的に動いている連中だな。ジャパニーズマフィアがこんな感じだって聞いたことがあるが……まさかこんな世界にまで勢力をのばしていただなんてな。それともブッダだか何だかのお導きで、死んでこっちの世界に転生でもしたか?」
「我々はタインルフェ商会の者だ」
襲撃者のひとりが言う。
「その娘の身柄を、こちらに引き渡していただきたい」
「えっわたくし!?」
「一応聞いておくが、嫌だと言ったら?」
「……タインルフェ商会の流儀に則り、『誠意』を見せてもらうだけだ」
「成る程。悪いがこの女は渡せない。俺の大事な依頼人なんでな」
「そうか」
タインルフェ商会と名乗った襲撃者は少し息を吐くと、端的に告げる。
「殺せ」
「ステラ、しっかり掴まっておけよ」
「ちょ、このままで戦うの!? ウソでしょおおおおおおおっ!?」
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