032 懐かしき汚染大気
「ひっ! あの人ツノが生えてる!」
「……」
「なにあの髪の色……絶対身体に悪いやつでしょ」
「……」
「あの格好、明らかに山賊か何かよね!? どうしてあんなに堂々と」
「ステラ、ビビっているのは分かるがせめて口に出すのはやめないか? 要らないトラブルを招くぞ」
ガレットを下層部へと下っていく道中にて、ソルドは先ほどからずっとやかましいステラに少し強めに警告した。
だが少女は彼の左手を握る握力をぎゅうっとさらに強めた上で、冷めたサイボーグの目を涙目でギッと睨みつけた。
「声に出すことでわたくしなりに不安を和らげているのに、どうして水を差すようなことを言うの!」
「だからトラブルになってかえって危険だと言っているだろう。確かに他の街じゃ見ないファッションセンスのやつばかりだが、ツノは多分そういうアクセサリーを皮下に埋め込んでいるだけだし、髪の色は染めてるだけだろうし、山賊みたいなのはまあこの街にはよくいるって話だ。何を不安がることがある」
「むしろ不安材料しかないけれど!? と、というかアクセサリーを皮下に埋め込むですって? そ、そんなことして大丈夫なの……?」
「なんだお嬢ちゃん俺たちの無事を気にしてくれてるのか!」
「ヒィッ!」
大声でわめくステラの声を聞かれたのか、露天商の男エルフが雑に絡んできた。
男は尖った耳に端正な顔とステレオタイプなエルフそのものという感じだが、その額は内部から金属か何かに押し上げられて角ができており、更には頬に金属リングを埋め込んで開けた穴から歯が覗いている。
そして、タンクトップの肩には当然のようにタトゥーも。
「ここらでは生体改造が流行っているのか」
ぶるぶると震えるステラを背に隠し、ソルドは露天商の男との間に割って入った。
「身体の芸術……俺らはそう呼んだことは無いけど、まあ見ての通り大流行中だぜ。興味がおありかい? 安全性の話だが、銀ベースの合金だからまあそんなに悪影響はない、らしい! 詳しくは知らねえんだ。というかあんちゃんの右腕も中々イカすじゃねえか。それどうやって動いてるんだよ」
「悪いが急いでいるんでな。この街にはしばらく居るから、右腕の話はまた今度だ」
「そうか、悪かったな! この辺りにゃワルも大勢いるから気を付けろよ!」
はいはい、と露天商をあしらい、ソルドは脚を止めているトールに先に進むようジェスチャーする。
「ソルドってホントにこの街初めて? さっきのには流石にアタシもちょっとビビったんだけど、やっぱり故郷に似ているから平気なのかい」
「あれくらいならかわいいもんだ。目や腕の数が増えていないだけ、見た目のインパクトも薄い」
「ほぇー。やっぱり身体が金属のやつは言うことが違うなぁ」
「ほぇー、じゃないわトールさん! やっぱり危険な場所だわ……ソルド? 周囲には常に目を光らせておいてね? それといきなり走り出したり、わたくしを置いて行くのはナシだから。本当にお願い。冗談ではなく、本当に」
「分かってるよ依頼人さん。命を賭して護衛させていただきます」
「命は賭さなくていい! 死なない程度に絶対にわたくしを守りなさい!」
「……努力はしよう」
理性を失う寸前のステラをあやしつつ、ソルドは深く息を吸って、吐いた。
胸いっぱいに広がるホコリと化学物質の匂い、そしてほのかに酸性の汚染大気。
街のそこかしこが不清潔で、ネオンのように怪しく光る看板が掲げられた裏路地からは悲鳴が聞こえ、明らかに現実とは違うものが見えている廃人が道端に座り込んでいる。
地獄そのものと言っていい世界。
だがこの世界で唯一のサイボーグにとって、不思議と居心地の良い空間だ。
(地獄の居心地がいいだなんて、俺は本当に悪魔ってことなのかもな)
皮肉な運命に、ソルドは思わず笑ってしまいそうになる。
そんなサイボーグの微細で怪しい表情変化に気づいてしまったステラはますます不安になり、彼の腕に纏わりつく力をますます強めるのであった。
ーーーーー
「で、あれが目的地の工房だね。たぶん」
中層部を出発してからしばらく下り続けた終着点。
トールが指差したのは街の最も下層、居住地の中でも更に端の、湖に面した工房だ。
少し先の方では鉄板がつぎはぎされた桟橋にボロ船が大小さまざま着けており、港町のような区画になっている。
「結局最下層まで下って来てしまったな。これなら最初から下層側に来た方が良かったんじゃないか?」
「そうしたいのはやまやまだったんだけど、好き勝手増築したせいで馬車がつけられる入り口が下層から消滅したらしいんだ。だから中層から下るのが最短経路だったのさ」
「なんて無計画な街なんだ」
「なんであなたは楽しそうなのよソルド」
「まあまあ、とにかく目的地に着いたってことで……ごめんくださーい!」
トールが工房に向かって叫ぶと、外に開放されている作業場にごちゃごちゃと置かれた物品の陰からぬぅ、と長身の人影が現れた。
「……ようやく来たか、ラクミスの留学生」
呟くように言ったのはこれまたエルフ。
だが目元にかかるほどのぼさぼさ髪と荒れた肌、筋肉質で日に焼けた体躯はステレオタイプなエルフ像から離れすぎていて、ソルドはその者がエルフだと確信するのに少し時間を要した。
「師匠~、手紙での長い文通を経てようやく実際に会えたんだから名前で呼んでくださいよぉ」
「名前……」
「……まさか覚えていない?」
「…………で、その後ろのがジョージが押し付けてきた妙な男と、そのお付きの女か」
「あっ誤魔化した! 寡黙職人キャラで無理やり押し通るつもりだ!」
トールに師匠と呼ばれたエルフの男は彼女を無視してソルドの方をじっと見た。
サイボーグはとりあえず依頼人の出方を伺おうと思いチラ、とステラの方を見たが、彼の後ろに隠れた没落令嬢は微動だにせずとても自己紹介という空気ではない。
「あー、俺がソルド。今俺の後ろに隠れてしまっている、ステラ・ホライソニア・ウォルムハルトの護衛だ。あんたに用事があってな、この腕のことだ」
ソルドは右腕を掲げ、二本指のフックアームをかちかちと軽く動かして見せる。
師匠と呼ばれたエルフはそれを見てしばらく黙考したのちに言う。
「中々面白い物を着けているようだな。おれのところで面倒を見てやってもいいぞ」
「お、やったじゃんソルド。師匠がぜひその腕の仕組みを見せてくださいってさ」
「そう言ったようには聞こえなかったが……というかトール、腕を修理してもらう許可は取ってあるつもりだったんだが」
「師匠は実物を見るまでは判断しない主義だからね。まあアタシもジョージ様も師匠なら確実に興味を持ってくれると思ってたから、許可は取っていたようなものだよ」
「もし許可を取れなかったら?」
「だから許可は取れるって確信していたんだって。それ以外のことなんか考えてないよ」
ソルドは背後の没落令嬢が恐怖でひゅ、と息を呑むのを聞いた。
そして彼自身も、次にあのタヌキ野郎もとい性悪領主またはジョージ・ラクミスに会ったらありったけの文句を言ってやろうと誓った。
「……とりあえず前払い分の礼を渡しておこう。ここの相場を言ってくれ。銀貨ならある」
仕切り直しがてらソルドがそう切り出すと、師匠エルフは首を横に振った。
「この街じゃ銀貨よりも信用がモノを言う。信用があれば、銀貨は後からどうとでもなる。それはおれの工房だってそうだ。その腕を見せてもらえるのは光栄だが、まずはおまえを信用したい」
「要するに仕事をしろということか?」
「まあ、そうだな。結局それが一番手っ取り早いだろう」
師匠エルフは工房の方を指差して言う。
「おれの名前はスタームァ。寝泊りにはおれの家を貸してやるから、しばらく仕事をしてもらう。その方が、街にもすぐ慣れるだろうしな」
「え、師匠ってそんな名前だったの!? アタシにはずっと教えてくれなかったのにそんなにあっさり……というか、じゃあアタシの寝泊りはどこでするんですか」
「おまえ、ドワーフだよな。工房の隅の方で十分だろう」
「そんな! ドワーフだからって少しは乙女扱いしてくれても」
「どうせ寝るくらいならおれの技術を盗むという感じだろう、おまえは」
「やーん師匠! やっぱりアタシの一番の理解者ですね!」
「手紙の文面から受ける印象と全く違わないな……えっと、留学生」
「トール! いい加減覚えろ!」
スタームァとトールのやり取りにソルドは肩をすくめつつ、再確認の意味でステラの方へ視線をやった。
すると彼女の方も丁度言いたいことがあったようで、
「……スタームァさんの家に鍵ってついていると思う?」
「あの感じだと無いんじゃないか」
「決めた! ソルド、あなた絶対にわたくしから離れちゃダメ! というかわたくしがあなたについていくから! わたくしはこの街で最も安全な場所から動かないから!」
生体改造
ソルドの元居た世界にあった、生身の身体に金属や樹脂でできたアクセサリを埋め込む自己表現の一種。肉体や神経の置き換えや拡張を行わずにあくまでも通常の外科手術程度の範囲で行われるのがポイントで、義体化とは明確に区別される。要するにボディピアスとかああいうのの過激バージョン。
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